【Case:14 山奥の神社】9
俐玖と脩が戻ってきた時点で昼をだいぶ過ぎていたのだが、鹿野が戻ってきた時間はどちらかと言うと夕方に近かった。
「おかえり、鹿野」
「……出直した方がいいか?」
鹿野がそんな冗談を言う程度には部屋の中があれていた。資料をひっくり返し、調査報告書をまとめていたのである。
「適当に資料どかしてください。そこにおにぎりありますよ」
脩が超高速でタブレットに入力しながら言った。
「あっ、やっぱり写真がエラー出る」
「映ってるけど、コピー不可ってことね。役所に戻ったら出力してみよう。鹿野さん、記録したロードマップ、転送してください」
「お前たち、自由すぎないか……?」
かなり困惑しながらも、鹿野は自分が調べた箇所をマッピングしたロードマップを送ってくれた。
「鹿野、何か見つけたか?」
ひと段落したところで宗志郎が尋ねた。俐玖も一旦パソコンから離れてまんじゅうをかじる。
「隣の山で石碑のようなものは見つけたが。鞆江と向坂が例の神社に入ったと聞いたが」
それを聞いて戻ってきたが、すでに鹿野は隣の山を走っていたため、この時間の帰還となったそうだ。
「入りましたよ。お宮の中で起こったことを追体験してきました。俐玖が」
まんじゅうを咀嚼している俐玖の代わりに脩が答えた。口の中のものを飲み込んで、俐玖はざっくりと状況を話した。
「鹿野はどう判断する?」
「どう、と言われても、俺は専門家ではない。来宮の判断に任せる」
丸っと丸投げした。鹿野はこういうところがある。現場での判断力は確かなのだが、こうした総合的な判断はできる人に任せる、という面がある。それはそれでいいのかもしれないが。
「俺たちの力ではどうすることもできない。その神社もとい宮も悪意のあるものではない。よって、排除等はできない」
「……俺に聞く意味、あったか?」
鹿野はとりあえずのツッコみを入れてため息をついた。
お宮については、俐玖が上げたような対処療法で対応することになった。明日、規制線だけ張って撤収することになる。夜、一人で布団に入ってから、そう言えば銃が必要な場面に出くわしていないな、と思った。汐見課長の読み違えだったのだろうか。人はこれを振りと言う。
翌朝、さすがに前日いろいろありすぎで半分眠りながら朝食を食べていると、にわかに外が騒がしくなった。
見てきます、と席を立ったのは脩だった。いろんな意味で話を聞いてくるには彼が適任だ。コミュニケーション能力は大事である。
その脩はすぐにもどってきて言った。
「俐玖、出番」
「?」
首を傾げた俐玖だが、話を聞いてすぐに外に出た。
「もしかして、課長が銃を持って行けって言ったの、これのせい?」
ライフルを確認しながら俐玖がぼやくと、宗志郎から「どうだろうな」と適当な返事が返ってくる。
「確かに、事件で使うとは言っていないからな」
宗志郎がどうでもよさそうに言うと同時に、電話をかけていた脩が戻ってきた。
「役所からも警察からも許可が下りた。発砲していいそうだ」
とてもいまさらであるが、一応許可をもらった。なんとなれば、これから猪を撃つのである。
朝の騒ぎは、猪が納屋の中に入り込んだために起きたことだった。俐玖は納屋にある小さな窓から猪を狙う。隣で猪の位置を確認していた鹿野が「いいぞ、確認した」と軽く手を上げる。
「いつでも、鞆江のタイミングで撃て」
「ヤー」
拳銃では威力が足りないためライフルを出してきたが、これは正確に言うと狩猟用の銃ではない。まあ、黙っていれば誰も気づかないと思うが。
少し曇ったガラス越しに猪の姿が映った。間髪入れずに引き金を引く。のどかな田園風景の中、銃声が響き渡った。
「どうだ?」
「当たった。一応、中を確認しようか」
ガラスを一枚ぶち破ってしまったし、納屋の中は血まみれの可能性が高いが、仕留めることはできた。俐玖はライフルに安全装置をかけて仕舞うと、今度は拳銃を取り出した。
「鹿野さん、開けて」
拳銃を構えてドアの前で仁王立ちしつつ、俐玖は鹿野に頼んだ。脩でもいいが、元軍人の鹿野の方がこういう時は頼りになる。
「開けるぞ」
そう一言述べてから、鹿野は納屋の戸を開けた。俐玖は警戒して引き金に指をかけたままゆっくりと中を確認する。一頭の猪が倒れているほかは、農機具がいくつか入っているだけだ。
「一発か。さすがだな」
「角度が悪かったけど、うまくいってよかったです」
後ろから声をかけてきた鹿野に俐玖は肩をすくめてそう言った。今、役所の方から産業振興課の鳥獣害対策の係が来るので、処理についてはそれ待ちだ。
「お姉さん、狩人か」
納屋の持ち主の年配の男性が驚いたように言った。俐玖は一瞬ピンと来なくて、「かりゅーど?」と首を傾げた。
「ハンターのことだ」
鹿野に助け舟を出されて、俐玖は「ああ」とうなずいた。うまく脳内で漢字変換ができなかったのだ。
「そうですね」
「若いお嬢さんなのに、珍しいなあ」
世の中、女性ハンターは珍しい。なので、俐玖が狩猟免許を持っていると驚かれることが多い。俐玖の場合、狩猟免許がおまけなのだが。
「それだけの腕があれば、警察でも軍でも重宝されるんだが」
と、退役軍人。
「スカウトされたことはあるけど、私にそこまでの根性はありませんよ」
スポーツ射撃で十分だ。
「俐玖」
宗志郎が駆け寄ってきて今後の予定を告げられた。
「俺は向坂と規制線を張ってくる。お前と鹿野はここで産振のやつらを待て。あと三十分はかかるそうだ」
「わかった」
俐玖と鹿野がうなずいたのを確認し、宗志郎は本当に脩を連れて行ってしまった。
「前から気になってたんだが」
鹿野が二人を見送りつつ、尋ねた。
「鞆江は向坂と付き合ってるのか?」
「はい?」
「違うのか」
鹿野からそう言う話が出てくるとは思わなくて驚いた。同時に、よく見ているな、と思った。
「仲がいいから、てっきり」
「……麻美とだって仲がいいですよ」
「そうだが、鞆江と向坂はお互いにあまり遠慮がないだろう」
「……」
本当に、よく見ていると思った。年が近いのもあり、確かにお互いにあまり遠慮はなくなっていたかもしれない。俐玖の方が学年的には一つ上であるが、早生まれであるため生まれ年は同じだ。そして、俐玖が帰国子女であることも関係している。ヨーロッパなら、俐玖と脩は同じ学年だ。
「……まあ、仲がいいのはいいことなんじゃないか」
俐玖が黙り込んでしまったので、鹿野はそう言って無理やり話をまとめた。俐玖はお宮で、脩にデートに誘われたことを思い出していた。俐玖がデートと認識して、デートを受けるのは初めてである。何を言っているのかわからないかも知れないが、そう言うことなのだ。
ため息をついた俐玖を、鹿野は不思議そうに眺めたが、何も言わなかった。
そうしている間に産業振興課の職員が到着し、ともに猪の処理をしている間に、規制線を張ってきた宗志郎と脩も戻ってきた。俐玖たち四人は撤収することになる。ちなみに、俐玖が乗ってきたバイクは鹿野が乗って帰ったので、俐玖は脩が運転する車に宗志郎とともに乗ることになった。
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