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【Case:14 山奥の神社】7








「よし、拳銃は大丈夫そう」


 ここで壊したら始末書ものである。ひとまず安心し、上に着ているウインドブレーカーを脱いでホルスターを外し、さらにTシャツを脱ごうとした。


「待て待て待て!」


 すぐに脩から待ったが入った。俐玖は手を止めてそちらに目をやる。


「何?」

「何、じゃない。何脱ごうとしてるんだ」

「急に宗志郎みたいなこと言わないでよ」

「来宮さんじゃなくても言うだろ!」


 要するに、男の前で服を脱ごうとするな、と言いたいらしい。それはもっともであるが。


「いや、濡れて冷えるし……脩は私のこと、何とも思ってないでしょ」


 シャツを脱いだら上にウインドブレーカーを着るつもりだし。俐玖はそう考えたのだが、脩は違ったようだ。どん、と背後の壁に手をつかれた。


 これが噂の壁ドン、と感心していると脩に真剣な声で言われた。


「前にも言ったよな。君はもう少し危機感を覚えるべきだ。何とも思ってなくても男の前に服を脱いだりするな。男は単純な生き物なんだよ」

「え……っと」


 いつもより低い声で脅すように言われ、俐玖は面食らう。そう言えば、宗志郎にも似たようなことを言われた気がする。


「それに、今の言い方では君が俺に気があるように聞こえる」

「えっ」


 今の言葉のどこからその結論に至るのか全く分からなくて、俐玖は目をしばたたかせる。きょとんとした俐玖に脩が顔を近づけた。耳元でささやかれる。


「そうやって都合がいいように解釈するものだ」


 その言葉自体と言うよりも、耳元で低くささやかれて腰が抜けた。しゃがみこむ俐玖に合わせて脩も膝をついた。囲われている感が強くなってさすがの俐玖も身をすくませた。やたらと危機感をあおられる理由が分かった気がした。去年の夏の騒ぎで、身に染みていたはずなのに。


「特に、今の俺は俐玖のことをいいな、と思っているから」


 何とも思ってないなんて決めつけるな。そう耳元でささやかれて俐玖は羞恥に震えた。これが男の色気というものか? はっきりと俐玖への好意を感じ取れる言葉に、どうすればいいかわからない。


「……本当に耐性がないんだな」


 いつもの口調でちょっとあきれたように脩が言った。俐玖は涙目で彼をにらむ。


「からかわないで」

「からかったつもりはない。本気だ」


 大真面目に言われ、俐玖は沈黙した。ふいに寒気を感じて身震いした。濡れた服が張り付いて体温を奪っているのだ。


「俺がいったん外に出る。終わったら呼んでくれ」


 脩が一旦宮の外に出た。俐玖は中のシャツを脱いで、肌着に着ているキャミソールも脱いだ。こちらも濡れているのでやむを得ない。さすがに下着を脱ぐ勇気はなかったので、そのままウインドブレーカーを着てファスナーを上げた。宮の扉から外に顔を出す。


「ごめん、いいよ」

「ああ」


 外はまだ雨が降っていた。脩もウインドブレーカーを着ていたが、その下のシャツがやはり濡れたようだ。俐玖の声掛けを聞いて中に入ってくる。


「というか、ここって、やっぱりあれだよな?」

「うん……」


 いろいろあってスルーしていたが、あれだ。尚がたどり着いたという神社だろう。脩は外で俐玖を待っている間に写真を撮ってくれていた。


「まあ、これが後で残っているかは別問題だな」

「だね……」


 改めて宮に中を見ると、当たり前だが祭壇がある。祀られているご神体は見ることができない。封印がなされ、箱に納められている。


「……開けるのはまずいよね?」

「神を恐れぬ所業だな、俐玖」

「この世界に神はいない」


 どこかのアニメの主人公が言っていたようなことを述べ、俐玖は手を触れずに祭壇をのぞき込む。脩は写真を撮りまくっていた。俐玖も一応撮っておく。


 とはいえ、言ってみただけで本当にご神体を開けてみるつもりはない。いや、見てみたい気もするが。


「……これは本物だと思う」

「さっきと言うことが矛盾してないか?」

「いや、この世界に神はいないよ」

「俐玖、キリスト教徒じゃないんだっけ」

「私自身は無宗教だよ」


 ドイツ生まれだが、特段信仰している宗教はない。


「ただ、神として祀られる存在があることは確かだと思う。それは確かに、神に近いのだと思う」

「……? どういうことだ?」

「ええっと……」


 何度も言うが、俐玖は超常現象の専門家ではない。宗教学を治めているわけではない。どちらかと言うと詳しいのは超能力に関することで、うまく説明することができないのだ。


「日本の八百万の神々、と言う考え方は理にかなっている……と言えばいいのかな。絶対的な一つの神というのはいないと思う」

「ああ……なんとなくわかった気がする」


 感覚的な問題なので説明が難しいが、脩もなんとなく察してくれたようだ。もちろん、人の信仰を否定するわけではないが、俐玖はそう言う考えだ、と言うことである。


 脩の言うように矛盾しているように聞こえるが、人が信仰することで力を持つということもあると思う。日本の八百万の神々などもそうだろうし、この宮に祀られているものもその一種だと思った。


「それで……どうする?」


 そうだね、と俐玖は首を傾げた。


「私の直感だからちょっと怪しいけど、悪いものではないと思うんだよね」

「それが必ずしも人間にとっていい、とは言い切れないのが問題だと思うが」

「そうだけど、正直、これを排除するのは難しいと思う。物理的に破壊するのは不可能ではないと思うけど……今の私たちのように、山で迷った者を助けている、と言うような気もする」


 正確に言うと俐玖たちは迷ったわけではないが、山をさまようことになったので結果的に同じことだ。


 宮の中を調べまくり、調べることがなくなった。ちなみにスマホは圏外だ。


「やっぱり位相がずれているのか?」

「そうかもしれないね」


 とはいえ、山の上なので単純に電波が届かない可能性もある。そもそも、この集落自体もキャリアによっては電波が通っていないらしい。


 調べることもなくなったので、宮の扉を開けて外を眺める。雨はもうしばらくやみそうにない。電波が通じていないので、天気予報を見ることもできない。おなかがすいてきた気がする。腕時計を見ると、もう昼近かった。俐玖は膝を抱えて顎をそこに乗せる。


「俐玖、来週末にはアメリカだったな」

「ん? うん」


 姉の恵那の結婚式がアメリカであるのだ。俐玖は一週間の休みを取っている。


「なら、アメリカから戻ってきたら、一緒に食事でも行かないか」

「どうして?」


 俐玖は素で聞き返したのだが、脩からの返事がなくて顔を上げた。驚いた表情の彼と目が合う。


「……何?」


 むっとして眉を顰めると、脩は「いや……」と小さく首を傾げた。


「絶対にもてるのに、俐玖に恋人ができない理由がわかったな、と思って」

「はあ?」


 モテたことがあっただろうか、とかツッコみたいところはあるが、それより恋人ができない理由が気になる。今の会話のどこでわかったのだろう。


「同じような反応をしてきたんだろうな、と思ってな。……デートに誘ったつもりだったんだが」

「えっ」


 俐玖は目をしばたたかせた。脩が苦笑気味に俐玖を見つめている。


「……デート? 食事に誘うのが?」

「ディナーでもランチでも、それこそお茶でもいいが、体のいい誘い文句だよな」

「……」


 言われてみてちょっと納得してしまった自分がいる。デートだと言えばデートなのだ。別に、イチャイチャすることだけがデートではない。女性同士の友達が二人で出かけることも『デート』という文化があるくらいだ。これは芹香がたまに言っているので俐玖も知っている。


「たぶん、今みたいに『どうして?』とか、『誰と?』とか言ってきたんじゃないか」

「……言ったことはある」

「やっぱり」


 脩は笑っているが、たぶん、俐玖の天然かつ残酷な返しに、声をかけてきた男性陣は引いてしまったのだろう。まあ、うまく二人で出かけることに成功しても、俐玖はデートだと認識していないのだが。


「で、一緒に食事に行かないか? お茶でもいいが」


 再度尋ねられ、俐玖は本当にデートに誘われているのだと気づいた。みるみる頬が熱くなる。


「い、行く」

「じゃ、何を食べたいか考えておいてくれ」

「うん……」


 朗らかに言う脩に、こいつ、断られると思ってなかったな、とにらみつける。脩は「なんだ?」と首をかしげるだけだ。そう言えば、脩には俐玖が彼に気があると察せられているのだったか。なら、彼が断わられるなんて思うはずがない。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


懐かしいですよね、この世界に神はいない。地デジに切り替わったころにやってたのは覚えてる。

ところで、ウインドブレーカーって標準語なんだろうか。


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