【Case:14 山奥の神社】6
夜ぐっすり眠って起きてくると、男性陣はもう起きていた。と言っても、宗志郎は半分眠っている。不在の脩はロードワークに行ったらしい。鹿野は庭で筋トレをしていた。
俐玖もライフルを保持するためにそれなりのトレーニングはするが、ここまでストイックではない。しばらく鹿野を眺めていると、彼が俐玖に気づいた。
「おはよう」
「おはようございます」
「眠れたか?」
「私は割と、どこででも眠れますから」
布団が変わっても枕が変わっても隣に誰かいても眠れる気がする。男子部屋は成人男性が三人なので、ちょっと寝るときは狭いのだと昨日、脩が言っていた。
俐玖はぐっと伸びをして簡単なストレッチを始める。山を歩くので、軽く準備運動だ。
「鞆江、組手の相手をしてくれないか」
俐玖のストレッチが終わるころを見計らって鹿野が言った。俐玖は「え?」と首をかしげる。
「私が? 相手にならないと思いますけど」
退役したとはいえ、鹿野は元軍人だ。しかも、陸軍の特殊部隊にいた。俐玖が軍に入ったとしても、狙撃部隊だっただろうし、明らかに業種が違う。
「CQCの心得はあるんだろう」
「多少は……でも、格闘技をしていたわけじゃありませんから」
「別にかまわん」
「ええ~……」
そう言いつつ、俐玖は鹿野の相手になることにした。
「これから山歩きなので、手加減してくださいね」
「当然だ」
手加減してしかるべき相手だと思われている。それはそれで腹が立つ気がする。俐玖は半歩足を引いて重心を低く構える。
「はっ!」
不利な俐玖が先に仕掛ける。遠慮はない。俐玖が本気で攻めてもさばききれるくらいの実力差が、鹿野とはある。拳がいなされ、蹴りは避けられる。受け止められても、大した衝撃にはならないだろう。むしろ、近づきすぎるとあっという間に決着がついてしまう。
俐玖の攻撃をいなす形で鹿野が相手になる。俐玖も鹿野の攻撃をよけるが、これは格闘技がどうこうというよりも、反射神経の問題だ。
しばらく稽古をつけられているような応酬が続いたが、鹿野が俐玖の繰り出した拳をつかんだ。俐玖はとっさにまずい、と思ったが、そもそもの筋力に違いがある。がっちりとつかまれた俐玖は、そのまま投げられた。
しかも腕一本で! なかなかの衝撃である。
実際の衝撃は、うまく受け身を取ることで流した。鹿野がうまく投げてくれたのもある。
勝負がついたところで、周囲の見物人たちから拍手が上がった。いつの間にか見物している人がいたのだ。裕斗とか、脩とか。ちなみに、裕斗の姉の麗那はすでに高校に行ってしまった。
「きれいに投げられたな。ケガしてないか?」
脩が俐玖を引っ張り起こしながら体を確認する。若干の羞恥心を覚えながらも「鹿野さんがうまく投げてくれたからね」と答える。
「さすがにうまい受け身だった。ありがとう」
鹿野が生真面目に礼を言う。
「正直、向坂よりもよかった」
「悪かったですね」
どうやら昨日は脩が鹿野の相手をしたようだ。宗志郎ができるわけがないので納得ではあるが、脩への酷評が意外である。
「昔柔道はしたことがありますけど、鹿野さんの相手になるわけないじゃないですか」
「お前は剣を持っていた方がいいと思う」
「話聞いてください」
微妙に成立していない会話に俐玖は苦笑する。確かに、脩は剣道をしているので剣を持たせておいた方がいいのかもしれない。
土の上に倒れてしまったので俐玖はシャワーを浴びて着替えることにした。一階に降りて少し遅い朝食をとる。
「皆さん、すごく動ける人なんですねぇ」
民宿の主人の妻である絢子がのんびりと言う。と言うことは、もちろん裕斗と麗那の姉弟の母親であるが、あまり二人とは似ていないように見える。しいて言えば、息子の裕斗とは似ているだろうか。
「では、俺はもう一つ奥の山に行ってみる」
「迷わないようにな。あと、野生動物に気を付けてくれ」
「わかっている」
鹿野と宗志郎がそんなやり取りをして、鹿野はオフロードバイクで出かけていく。俐玖と脩は歩きで山登りだ。
「向坂はともかく、俐玖は大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「体力あるな、お前も」
少々呆れられながら、俐玖と脩も宗志郎に見送られて山に入った。今回は俐玖も拳銃を持っているが、脩も刀を持たされている。
「ちなみに、脩は刀で猪とか熊を斬れるの?」
「斬れるわけないだろ」
だよねぇ、と俐玖は肩をすくめた。脩は真剣を持たされているが、居合で何度か使ったことがある程度だそうだ。
「私だって拳銃で熊を撃ったことはないなぁ」
「……大丈夫なのか、俺たち」
「逃げる時間くらいは稼げるといいね」
そんな不毛な会話をしながら山を登っていく。少し疲れてきたところで休憩を取った。
「おとといと同じ道?」
「ああ。君となら違う結果が出るかもって、来宮さんが」
「そうだね」
対照実験は大事だ。
ふと空を見上げると、雲がかかっていた。朝は晴れていたはずなのだが。
「雨降る予報だっけ」
「降水確率、二十パーセントだった気がするが」
思わず、二人は顔を見合わせた。
「下山した方がいいかな」
「かもな……」
二人とも、この山に慣れているわけではない。天候が悪くなる前に下山すべきと言う意見が一致し、二人は来た道を戻り始めた。二人とも健脚であるため、そんなに高くない山の八合目付近までは来ていた。
慌てて下山し始めたのだが、その前に雨が降ってきた。ぽつっと顔に雨粒が当たる。
「降ってきた!」
「急ぐぞ!」
先導していた脩がはぐれないように俐玖の手をつかむ。焦っている間に雷が一つなり、雨が強くなってきた。
「わっ!」
濡れた草に足をとらえ、俐玖は転びかける。手をつないでいた脩が気づいて引っ張り上げた。
「気を付けろ。……って、あっ」
脩にしては珍しく、ちょっと間抜けな声を上げている。しかし、脩の視線の先を見て、俐玖は納得した。
「お宮、かな」
鳥居もある。俐玖と脩は再び顔を見合わせて。
「……行こう」
脩が俐玖の手を引いた。屋根があるので、少なくとも軒先で雨宿りができる。
小さな宮だった。木の引き戸は鍵がかかっておらず、中に入らせてもらうことにした。中は見る限り、土足厳禁のようなので靴を脱ぐ。
「うわぁ。靴もぐっしょり」
「一応防水のはずだが、意味なかったな」
俐玖も脩も履いてきたスニーカーが雨でぐっしょり濡れていた。それくらいの強い雨だった。靴下も脱いで水を絞る。二人ともバックパックにタオルや替えの靴下くらいは入っているが、着替えはない。
登山用のウインドブレーカーを着ている二人だが、俐玖はショルダーホルスターに拳銃を入れている都合上、前のファスナーを空けていたのだが、おかげで中に来ていたTシャツも濡れていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
俐玖はいろいろなものをかじった程度に経験しています。その中で長く続いているのが射撃。




