【Case:14 山奥の神社】4
「宗志郎、ご飯にしよ」
すごい勢いで資料をめくっている宗志郎の視界を物理的に遮り、資料から引き離す。経営者の奥さんが作ってくれた昼食を食べながら情報交換だ。ちなみに、鹿野は帰ってきていない。
「俐玖、どうだった?」
漬物を取りながら宗志郎が尋ねる。味噌汁をすすった俐玖は首を傾げた。
「うーん、土地自体には問題ないかなぁって。やっぱり、山の方だと思うよ」
「だよな。俺が見る限りでも、何かあるとは思えん」
首を左右に振って宗志郎がため息をついた。
「しかし、あの広大な山を探すのか」
「宗志郎は足手まといだから置いて行くよ」
「ぜひそうしてくれ」
本人も足手まといになる自覚があるらしく、宗志郎は俐玖の辛辣な言葉にすぐに同意した。ただめんどくさいだけかもしれないが。
「来宮さんの方はどうでした?」
資料にあたっていた宗志郎に脩が尋ねた。と言っても、作業時間は一時間ほどだ。流し読みしただけで、大したことはわかっていない。
「午後からはお前たちに付き合ってもらう」
「山の方にも行きたいんだけど」
「明日にしろ」
宗志郎に一刀両断されて、俐玖は肩をすくめたが反論はしなかった。何かしらの手がかりを探してから実際に山に入る方が現実的だとわかっている。とにかく山の中を探す、と言うことは昨日から鹿野がやっているのだから、それで見つかるのであればもう見つかっている。別方向からのアプローチが必要になると思ったのだ。
三人が食事を終えてのんびりティーブレイクに入ったころ、鹿野が帰ってきた。
「おかえり。お前、どこまで行ってきたんだ?」
「もう一つ向こうの山だ」
何気なく尋ねた宗志郎に鹿野の淡々とした返事があった。聞いた宗志郎本人も「お、おう」とうなずいた。
「お疲れ。何か見つかったか?」
「いや……」
だろうな、と俐玖も思った。おそらく、鹿野では神社にたどり着ける要件を満たしていないのだと思う。
「鹿野は外から目印の役だな」
「わかっている」
係長と主任と、役職は違うが宗志郎と鹿野は一歳違いだ。この年になると、ほぼ同い年である。俐玖と脩みたいなものだろう。と言うわけで、この二人は結構気やすいやり取りをする。
鹿野が食事を終えてから、彼も巻き込んで四人で資料を読み込んだ。鹿野は宗志郎や俐玖が示した箇所をタブレットで読み込んでいく。
「集落の端にいわゆる八幡神社があったよね」
「ああ。あれとはまた別だよな?」
「そうだね。あの神社もこの地域を守っているけど、民間伝承に残っているのはあれではない」
俐玖と宗志郎が時々意見を交わしながら、必要な文書を選別していく。途中から、鹿野はもちろん脩も無言で書類を読み取り始めた。
「来宮さん、俐玖。さすがに休憩入れましょう」
四時近くになり、さすがに脩が待ったをかけた。階下から、民宿の子供の帰宅の声が聞こえたのである。
声をかけられて、俐玖は資料から目を上げた。止め時がわからなかったのだが、疲れている気がする。ぐっと伸びをした。それを見た脩が苦笑する。
「お疲れ。お茶飲むか?」
「飲む」
脩が温かいお茶を入れてくれた。と言っても、ティーバッグだが。俐玖なんかより気の利く人だと思う。
「俺も鹿野さんもこの手のことにはさっぱりなんですが、何かわかりました?」
脩の言葉は宗志郎向けだ。俐玖はもぐもぐとおやつを食べているので。
「祀られているのはミイラだ」
「即身仏ってことですか?」
「それ、仏様だから寺だぞ」
「あ、そうか」
脩が即身仏を知っていることにも驚いたが、仏とついている通り、通常、寺にあるものだ。何故なら、厳しい修業を積んだ僧侶が行きつくものであるので。
「正確に言うと、ミイラの一部かな」
右腕だ。なぜそう言うことになったのかわからないが、時々ある現象ではあるのだ。
「さらに正確に言うと、右腕のミイラと言われているもの、かな」
口をはさんだのは俐玖だ。女性である俐玖の口から出た言葉だからだろうか。脩がぎょっとした表情になった。
「……意味が分からん」
「時々あることだな」
顔をしかめた鹿野に、宗志郎はしれっとして言った。そう。時々あることなのだ。不思議かもしれないが。
「というか、言われているものってどういうことだ? 本物の腕のミイラじゃないってことか?」
脩がなかなか穿った質問をした。しかし、これに対する回答を俐玖も宗志郎も持たなかった。
「どうなんだろうな」
「伝承では山の神の右腕らしいけど」
「どういう伝承なんだよ……」
宗志郎と俐玖の突き放したような言葉に、脩が困ったようにツッコみを入れた。
「まあ、たまに聞く民間神話だな。山の中で迷子になった村人が、不思議な子供に出会って、その子供を助けた。子供に導かれて村人は山を下りることができたが、子供はその時には姿を消していた。実はその子供は山の神で、親切にしてくれた村人を導いてくれた。それに気づいた村人が山の神を手厚く祀ったところ、その村を守る者として自分の分身を与えた、っていう伝承だな」
「それが右腕?」
「分身が右腕なのか……」
「私が読んだ中では切り落とされたって言うやつもあったよ」
「いや、それこそどういう状況?」
脩と鹿野が混乱しているのを見て、俐玖は苦笑を浮かべた。俐玖が読んだものは、戦いで腕を奪われた男が村人に助けられ、その地位を回復した。助けてくれた礼にその村人に守護を与えた、というものだ。
「来宮さんの言った話の元になった話か?」
「そうかもね」
脩の問いに俐玖は落ち着いて答えた。ウェットティッシュで手についた大福の粉をぬぐう。
「俐玖、口にもついてる」
「ん」
苦笑気味に脩につっこまれ、俐玖は一度鏡を見に行った。なるほど。口元をぬぐって部屋の中に戻った。資料からはこれ以上何も読み取れないと言うことで結論が出た。
「だから、神社を探し当てるしかない」
「宗志郎が探せば見つかるんじゃない?」
宗志郎は引きが強い。運が悪い、とはまたちょっと違うのだが、変なものを引き寄せる。それから行くと、宗志郎の方が引き当てやすい気がするのだ。
「いや、初日に歩いてみたが、何もなかった」
宗志郎の体力を考えるとそんなに歩き回っていない気もするが、すでに試した後ではあるらしい。
「なら、そんなに悪いものではないのかもね」
そもそも、相談自体が『ありえない神社にたどり着いて、もしかしたら本当に存在するのかもしれないと思って不安になった』と言うことなのだから、変なものではないのかもしれない、と俐玖は思う。
しかし、それではやたらと武装させられた説明がつかない。俐玖たちが持っている銃も、いざと言うとき使えと持たされた刀も、汐見課長が持たせてくれたものだ。
汐見課長は勘が鋭い。課長がいると判断したのなら、俐玖が持ってきた武装は必要なのだ。
「明日、お前と向坂で山歩きだな」
「了解」
宗志郎の指示に、俐玖と脩は同時にうなずいた。ちなみに、鹿野もオフロードバイクで散策である。宗志郎は残って集約されてくる情報を精査する。適材適所だ。
「俐玖、向坂から離れるなよ」
「それ、もう聞いたよ」
同じことを何度も言い聞かせる宗志郎に、俐玖はため息をついた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
俐玖は言われるほど自分は世間知らずではない、と思っている。




