【Case:14 山奥の神社】3
脩が俐玖の持ってきた装備を見て引いている頃、宗志郎が帰ってきた。簡易的な会議室になっている部屋のドアをためらいなく開けて、
「ああ、やっぱり表のバイク、俐玖のか」
「一応公用車なんだけどね。おかえり」
そう。あのオフロードバイクは公用車なのである。何なら市の名前も入っている。どういう状況を想定したのかよくわからないが、災害などで道路状況が悪い場合を想定したのだと思われる。
宗志郎は紙の資料を大量に持っていた。データで抽出されたものもあるが、この中から必要な情報を探すのか、と思うとげんなりする。
「俺は役に立てなさそうなので、外を見てくる」
「待て待て待て。その前に情報共有だ」
さっさと離脱しようとする鹿野を止め、宗志郎は鹿野を座らせる。全員がそろったので、認識を合わせておきたいのだろう。
「俐玖はどのあたりまで状況を把握してるんだ?」
宗志郎に尋ねられ、俐玖は「脩から大まかなことは聞いてるけど」と答える。
「お前、どう思う? 神社はあると思うか?」
「……あると思う。この集落に入った時、境界線を越える感覚があった。私たちはすでに、『あちら側』の領域に足を踏み入れかけているのかもしれない」
「領域、か」
「課長は位相がずれているのかもしれない、と言っていたけど」
ページが一枚ずれている状態、と言えばいいだろうか。同じような世界で並立して存在しているが、ページが違うためにそうそうたどり着けない。そんなところ。
「つまり、探し続けるしかないってことだな」
宗志郎がため息をついた。きっかけがあれば簡単にたどり着ける可能性はあるが、それまで歩き回ることになる。女性の俐玖より体力がない疑惑のある宗志郎はつらいだろう。基本的に彼はお留守番だ。
「来宮さんは何か収穫があったんですか? 資料を探しに行っただけじゃないですよね」
脩が宗志郎に尋ねると、彼はそうだな、とうなずいた。
「『たどり着けない神社』というのは、いくつかの民間伝承が変遷しているものだ」
「っていうことは、実際にあった可能性が高いんだね」
「そう言うことだ。それを、ここから探し出さなければならない」
と、持ってきた大量の資料を示されて、さすがの俐玖もうんざりした。資料を読むのは苦にならないが、さすがに限度というものがある。
「昨日、向坂が住民に聞いて回った言い伝えもまとめてある」
「後で見る」
そういうコミュニケーションが必要なことは、脩に割り振られているようだ。俐玖でもそうする。俐玖も含めたほか三人はコミュ力に不安がある。
簡単に役割分担を決めて、本当に鹿野はバイクで出て行った。一応許可は取ってきてあるので、山中の道なき道をバイクで走るのだろう。残った俐玖と脩は宗志郎の資料探しに付き合うつもりだったが、宗志郎本人が待ったをかけた。
「待て。俐玖は集落の中を一通り見てきてくれ。向坂、案内してやってくれ」
「わかりました」
脩が快諾する。脩たちだって昨日来たばかりなのだから、この集落に詳しいわけではない。宗志郎が脩を俐玖に同行させるのは、別の思惑があるのだろう。まあ、俐玖としても集落は見て回っておきたい。
「……じゃあ、ちょっと準備してくる」
俐玖は一度自分が借りた部屋に戻って着替えた。バイクに乗るための格好だったので、もっとラフな格好に着替えた。と言っても、スラックスにブラウス、さらにショルダーホルスターをつけてから気づいた。拳銃、あっちだ。
上にジャケットを羽織り、隣の部屋に戻る。あまり変わっていない格好を見て、宗志郎に「着替える意味あったか?」と言われた。
「一応、心持の問題?」
そう言いながら拳銃の入ったケースのロックを外して一丁取り出す。もう一つが入っていないのは、鹿野が持って行ったからだ。弾倉と安全装置を確認し、ショルダーホルスターに収めてジャケットで隠した。
「……何?」
じっと脩に見られていることに気づいて俐玖は動揺する。脩は顎に手を当てて首を傾げた。
「いや、その肩にかけるタイプ? のホルスター、ドラマとかでしか見たことなかったが、使ってる人、いるんだな」
「ああ、腰につける人が多いもんね」
ショルダータイプは体格を選ばないし、銃を隠しやすい。日本も銃刀法の例外が拡大されてはいるが、まだ厳しいところがある。
「あと、なんというか、え」
すぱん、と脩が宗志郎に頭をはたかれた。新聞を筒状にしたものを手に持っていて、それではたいたらしい。
「パワハラですよ」
「うるさい。俺がパワハラならお前はセクハラだ」
過保護な宗志郎に俐玖は苦笑した。俐玖も脩が何を言おうとしたか察している。さすがに男性に言われたことはないが、女性同士で話していると、そう言う会話にもなるものだ。宗志郎が心配するほど耐性がないわけではない。
「まあ同僚の女性に言うことじゃないかもしれませんけど、俐玖が鈍いのは来宮さんたちが無駄に過保護だからと言うのもあると思うんですよ」
「ぐっ」
心当たりがあるのか、宗志郎が言葉に詰まる。俐玖は俐玖で「過保護だとは思うけど」とうなる。
「疎いのはわかってるけど、鈍いかな?」
「聡くはない」
先ほどまで口論をしていたはずの宗志郎と脩が異口同音に言うので、俐玖はむっとした。
「お前、そう言うところだぞ」
「俐玖がもう少し聡ければ、恋人の一人くらいはできていただろうな」
「ええ~……」
俐玖だって男女のあれこれに興味がないわけではないし、結婚願望だってある。そう言われると、自分をちょっと見直した方がいいのだろうかと思う。
「ほら、もういいから行ってこい。俐玖は向坂から離れるんじゃないぞ」
宗志郎が二人を追い出しにかかる。宗志郎のそう言うところが過保護だと思うのだが。俐玖は肩をすくめると脩とともに外に出た。天気は良く、外で農作業をしている人がちらちらと見える。
北夏梅市は中心街はにぎわっているが、周辺に行くとそうでもない。まだ昔の暮らしが残っている場所もある。要するに、田舎なのだ。小学校は近くにあるが、一学年につき一クラスしかないし、二十人を割っている学年もある。中学校は少し離れた隣の地区と同じ校区になっており、スクールバスが出されていた。高校に行こうと思えば、本数の少ない市営バスに乗る必要がある。高校に行くくらいになると、もっと町中に下宿する子も多いそうだ。
「家から学校が遠いって不満だったけど、ここに比べると俺は贅沢だったな」
「同じ市内でもこんなに違うものなんだね」
俐玖自身も、高校は隣町から通っていたから遠いな、と思っていたが、同じ市内であるはずなのにここから高校に通う方が遠い。どういうこと。
歩いていると、脩に声がかかる。どうやら昨日だけで随分打ち解けたようだ。そのコミュニケーション能力がうらやましい。
「脩君、今日は美人さん連れてるねぇ。恋人?」
「同僚ですよ。でも、美人でしょう」
なぜか脩がどや顔である。ついでに別に美人ではないと言いたいが、そう言うのは不毛だともうわかっているので黙っておく。
「おう。美男美女だな」
別のおじいさんにも言われてさすがの脩も苦笑した。
「同僚ってことは、神社のことを調べに来たのか」
「ええ、まあ。彼女は学者ですし」
脩が住民たちと話をしている間、俐玖は周囲を見渡していた。緑に囲まれた土地。土地神が暴れるようなことがなさそうなくらい、調律されている。
「……いいところだね」
「おっ、あんた、わかってるね」
脩と話していた比較的若い、と言っても壮年の男性がニヤッとして言った。脩は慌てたように俐玖をかばうように立つ。
「確かにいいところですよね。昨日、星空がきれいで驚きました」
するっと脩が話をそらした。だろう? とおじさんたちが盛り上がる。
「やっぱ明かりが少ないからなぁ」
「ちょっと不便だけどな。車がないとどこにも行けないし」
「そこもいいんだろうが」
低い笑い声が上がる。やはり、土地に問題があるようには見えない。人は明るく朗らかであるし、地脈も乱れていない。俐玖が感知できないだけかもしれないが……。
それからも住民に話を聞きつつ、集落を回る。田舎と言っても、結構大きな集落のような気がする。
「どう?」
「集落自体には何もない気がする」
二時間ほど歩き回り、さすがに疲れたしおなかもすいたので、昼食を取るのに民宿へ戻った。この民宿は、言っておけば昼食も用意してくれるらしい。賄いだけど、と言われたが、ありがたい。この辺りは食事をする場所も少ないのだ。
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