【Case:02 分祀の社】3
結局、その日のうちには報告が来なかったので、一度引き上げることにした。この頃は残業に厳しいのだ、と幸島が笑った。ニュースで見たことはある。
翌日、来宮ではなく、佐伯が調べ上げたらしく、教えてくれた。
「もともと、あそこは田畑だったわけね」
体育館や学校を作るとき、まとまった土地が必要なる。そのため、墓場や田畑をつぶすことが多い、と聞いたことがある気がする。学校の下に墓がある、という噂が多いのはそのためだ。と、脩は聞いたことがあった。
「いや、違うわよ。もともと田畑だった場所に集合住宅、団地ができて、時代とともに人が減って、十五年くらい前に体育館になったわけね」
サクサクと佐伯が説明してくれる。ちなみに、体育館ができる前のことについて実際に調べたのは来宮らしい。だが、分祀について詳しいのは佐伯だし、そもそも来宮はこの日、出張でいなかった。
「何かあれば俐玖に言え」
と言いおいて朝から県庁に出かけて行った。お疲れ様。
「で、分祀されたのはこの団地の時。安全祈願のために社を立てて、わざわざ分祀したそうよ。壬生神社って、家内安全の権能がなかった?」
「あった。それがそのまま体育館になっても残ってるんだな?」
「そういうことね。撤去したという記述はないわ。霊を分けてもらったのなら、戻さないといけないもの」
佐伯と幸島のやり取りを聞きながら、どこかで聞いてことのあるような話だな、と思ったら、世界的に有名な魔法ファンタジー児童書のラスボスだ。霊を分ける。魂を分ける。霊は魂なのだろうか。その疑問については鞆江に聞いてくれ、と言われた。
「その分祀したのを戻していないから、どこかで不都合が起きてるってことだな? まあ、権能と体育館、という使用目的が一致していないのかもしれんけど」
「そういうのって関係してくるんですか」
驚いて尋ねると、佐伯が「あるわねぇ」と言って笑った。
「知覚できる現象が起きるのは珍しいけれど、たまに見るわよ。普通は、最近体調が悪いな、とか、忘れ物が多いな、とか、ものがよく落ちるな、くらいの影響だけど」
なるほど。実被害を確認できる規模のものは珍しいのだ、と言うことはわかった。
「そこまでわかれば簡単だ。分けた霊を戻せばいい。正式な手順でな」
「ですね」
幸島と神倉がうなずきあった。脩はよくわからないが、それで解決するらしかった。こちらで資料が確認できたので、壬生神社には年代を伝えれば、あちらの資料も出てくるだろう。
だが、そう簡単にはいかなかったらしい。神社の方の資料が喪失していた。そして、現在壬生神社の神主を兼任している宮司は、分祀をしたことがないらしい。幸島がカッと目を見開いた。
「まじか。まあ、時代が下がってるから仕方がいのかもしれないけどさ。神倉、できる?」
「俺、神職じゃないんですけど。陰陽師(仮)ですよ。佐伯さん、どうですか?」
実家が神社だという佐伯に、神倉は話を振る。佐伯も困ったように首を傾げた。
「できなくはないけど、私、巫女よ」
「巫女と神主って違うんですか」
いや、違うのはわかるが、違いが判らないのだ。
「そうねえ。神職を補助するのが巫女なのよね。だから、普通は分祀とかの神事を主導することは少ないの……っていうのが、現代の巫女ね」
「確かに、伊勢の斎宮とかも巫女ですもんね」
「向坂君、ちゃんと知ってるじゃない。私はそちらに近いわねぇ。鞆江ちゃんに分類させれば、霊媒になるらしいけどね」
違いが判らん。とにかく、佐伯は本職巫女だったわけで、神事自体は行えるそうだ。そこら辺の臨時巫女とは違うわよ、とのことだ。最も、結婚したことで巫女は引退している。やっぱり巫女さんは未婚でないといけないのだろうか。
「そこ、話は終わったか? 佐伯、行けそうか?」
「壬生神社の方が許可をくれるなら、やってもいいわよ」
「よし、じゃあ話を通してもらおう。ついでにデータ取るのに撮影していいか?」
「言うと思った! いいわよ」
こだわらずに佐伯が許可した。ざっくりした性格の、姉御肌の女性だ。年少にあたる藤咲や鞆江、日下部が慕うわけである。補助には神倉が指名された。神道をある程度理解しているからだそうだ。
「それなら、鞆江でもよくないですか。未婚だし」
やっぱりそれも関係あるのだろうか。潔かった佐伯に比べ、神倉はごねた。日下部も未婚であるが、どちらができそうかと言われれば、確かに鞆江の方ができそうではある。
「だってあの子、根っこは外国人なのよね……」
ドイツ生まれのドイツ育ちだもんな、と脩は納得した。おそらく、日本人的な感覚が合わない、ということだろう。
と言うわけで、佐伯が神事を行い、神倉が補佐をする。幸島はその監督で、脩は後学のために見学だ。壬生神社にも許可をもらい、準備が一日もかからずに終了した。
そして、脩も見学したのだが、何が起こっているかよくわからなかった。神官の格好をした佐伯が、何やら祝詞を上げていたのはわかったが、それで神事が終了し、分けられた祭神が壬生神社に戻った、と言われてもピンとこない。実際には、箱に収められた祭神の一部が壬生神社に戻ることで、分祀が解除されるようだが。これでひとまず大丈夫、という佐伯に聞いてみると、片づけをしながら答えてくれた。
「神社や宗派によって、いろいろやり方はあるみたいだけど、うちの神社はこの方法だったってことね。ま、一応ちゃんと『戻ってる』から怪現象は収まるんじゃないかしら」
しれっとそんなことを言われ、神倉からも幸島からも「そういうもんだ」と言われ、それ以上追及できなかったが、以降、本当に怪現象は起こっていないのだ。一週間ほどたってから、脩は幸島と予後調査に来たが、体育館の事務員にそう言われた。毎日のように何か起きていたのに、今は何もない、平穏そのものだ、と。
「ありがとうございました」
事務員にも教育委員会事務局の長谷川主事にも礼を言われ、脩は思う。自分が何かしたわけではないのだけど。
「とりあえず受け取っておけよ。霊能力なんてあるわけないだろ、っていう強硬派もいるんだから、最初の調査に向いた優しい案件だったし」
幸島がからりとそういうので、礼は受け取っておくことにした。後で神倉や佐伯にも伝えればいいのだ。そういうことにしておこう。
そして、役所に戻ったら報告書を書く。初めてなので、日下部が教えてくれた。教育係の来宮は本日不在である。
「様式があるので、それに従って書けば大体大丈夫だと思います。かかわった人の名前は全員書いてくださいね。最後に報告者のサインをしてください。ペーパーレスの時代ですが、紙でも出してつづっておいてください。決裁は電子です」
ざっくり説明された。書き方は、確かに様式が決まっているのでそれほど難しくはなかった。ただ、今までかかわったことがないタイプの出来事なので、用語の使い方があっているかわからない。わからないので、後ろに座っている鞆江に読んでもらう。
「……内容は間違ってないと思う。たぶん……」
「鞆江さん、日本語は苦手?」
微妙な回答をされたので尋ねると、「得意ではない」という答えが返ってきた。彼女の認識では、母語はドイツ語なのだそうだ。
「でも、俐玖さん日本語検定とか、漢検とか持ってるじゃないですか」
「それはまた、別の話だよね」
英検を持っているからと言って、英語が話せるとは限らない、というのと同じようなことだろうか。日下部と話している鞆江を見ながら思った。ひとまず、誤字脱字は発見できなかったらしい。
来宮にも確認してもらい、問題なかったので簡易決裁をまわした。決裁が終わり、電子データでバックアップと、出力した紙データをファイルに閉じた。
これで、一連のお仕事は終了とのことだった。後は結果を一月後に確認して書き加えればいい。ここまで様式のない仕事をしてきたからか、フォーマットのある状態は大変ありがたかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。