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【Case:14 山奥の神社】2










 五月の連休が明けてしばらくしたころ、泊りがけで調査に行っている宗志郎からエマージェンシーが飛んできた。


「何々? どうしたの? 何の調査に行ってるんだっけ」


 連絡を受けて困惑する麻美のフォローのために、汐見課長が問いかけた。麻美が電子掲示板を見て「山奥の集落の神社ですね」と答える。取りまとめて指示を出しているのは宗志郎だが、鹿野と脩も一緒なので人員的には足りていると思われた。


「どうやらイレギュラーが発生したようです。もともと、たどり着けない山奥の神社ってことで相談を受けていたんですが……本当にたどり着けないみたいで」

「位相がずれたところに存在するってこと?」

「いやー、そこまでは……」


 麻美はただ報告を受けただけなので、そこまではわからないようだ。汐見課長も気づいて「ごめんごめん」と謝る。


「今のメンバーじゃちょっと厳しいかな。千草さん!」

「無理です」


 おそらく、汐見課長は多少なりとも霊能力がある人物を行かせたいのだろう。たまたまそこにいた千草に声をかけるも、案件を二つ抱えているので断られた。


「佐伯さんも会議中だしなぁ。鞆江さん、行ける?」


 泊りで、と付け加えられて、俐玖は困惑しながらもうなずく。消去法で俐玖になるのはわかるが、状況がよくわからないのだが。


「鞆江が適任だと思いますよ。あと、武器を持って行った方がいいわね」

「武器」


 飛んできた千草の助言に、俐玖は思わず問い返したが、汐見課長が「クマが出るだろうから、銃の携帯許可を取ろうか」と笑って返した。












 持たされた荷物もろもろをつんだバイクで、俐玖は山道を走っていた。街灯が少なく、夜に走るのは危険だろう。この山道を抜けた集落に、俐玖は用があった。


 集落が遠目に見えてきたころ、ひやりと背筋を冷たいものが通る感覚がした。とはいえ、バイクなので後ろを振り向くわけにはいかず、そこから減速してバイクを止め、それから後ろを振り返った。ヘルメットのバイザーを上げる。


「……境界かな」


 人が定めた境界と、その土地の影響力が及ぶ境界は必ずしも一致しない。今は後者の方の境界を通り過ぎたのだろう。


 止まったついでに場所を確認する。集落にある民宿で宗志郎たちと合流予定なのだ。突然やってきたバイクの女への集落の住民の視線が痛い。


「えっ、俐玖?」


 民宿の前では脩が待っていた。到着予定時刻を伝えていたので待っていてくれたらしい。バイクで現れた俐玖を見て驚いた顔をしている。


 かぶっていたフルフェイスヘルメットを取ると「ほんとに俐玖だ」と再度驚いた声を上げる。


「へえ。かっこいいな」


 さらりと言われて、俐玖は頬が熱くなるのを感じた。


「鹿野さんの要望だよ。どこに停めればいいの?」

「だからオフロードバイクなのか……回り込んだ横のところに、駐車場がある」

「了解」


 バイクを停める前に脩に荷物を降ろすのを手伝ってもらい、それからバイクを停めた。民宿の玄関に戻ると、脩は待ってくれていた。それと、もう一人この民宿のスタッフらしき中年の女性がいた。


「いらっしゃいませ」


 やっぱり民宿のスタッフだった。家族経営で、彼女は経営者の妻らしい。


「女性がいらっしゃると聞いていたので、もう一室隣に用意してあります。きれいな方ですねぇ」

「でしょう」


 感心したように言うスタッフの女性に、なぜか脩が自慢げだ。俐玖はきれいと言うのは芹香や姉の恵那のような人を言うのだ、と言おうとして、やめた。わざわざ言うほどのことではないと、さすがの俐玖もわかる。


 案内された俐玖が使う部屋に荷物を置くと、そのまま隣の部屋に向かった。ちょっと広めの部屋を男三人で使っているらしい。


「だからちょっと狭いんだよな」

「まあ、脩も鹿野さんも体格いいもんね」


 体格のいい男が二人もいるのだ。宗志郎はさぞ狭かろう。部屋を二つとればよかったのでは。


「民宿だから、部屋数が少ないんだよ」


 それもそうか。


「それで、宗志郎と鹿野さんは?」

「来宮さんは近所の中学校に行っている。図書館で資料を漁ってくるそうだ。鹿野さんは山に入ってる。俺は俐玖を迎えるための留守番」

「それはありがと」


 確かに、誰もいなければ戸惑ったと思う。それでも何とかなるだろうが、配慮はありがたいので素直に受け取っておく。ついでに状況の説明係でもあるらしい脩は、ポットでお茶を入れてくれた。


「ええっと、山奥にあると言う神社を調べに来てるんだよね」

「ああ。地元の中学生がたどり着いた、見たことがない神社だそうだ」


 相談に来たのは中学二年生の男の子とその母親だった。一週間ほど前のことである。俐玖は不在にしていたから詳しいことは知らないが、話を受けたのは鹿野と麻美だったようだ。


 男の子、みなみなおはその日、ふと山の方へ行かなければならない、と思ったそうだ。基本的に山の中には何もないが、昔のお墓が残っていたり、林業者が使う小屋があったりする。社のある山もあるが、尚が入った山にはなかった。


 山に踏み入れると、鈴のような音が聞こえた気がする、彼は語ったそうだ。そして、その音に導かれるように歩いたという。この時は無意識だったそうだ。


 鬱蒼として薄暗い山の中。迷わずに歩いてたどり着いたのが、例の神社だったという。鳥居があって、石の階段があって、社があった。石畳はきれいで、尚はまっすぐに社に向かって歩いて行った。社の戸は閉まっていて、中を伺うことができなかった。戸を開こうと手をかけて、木戸のささくれが引っかかって指にけがをしたそうだ。その瞬間、はっと目が覚めた気がしたという。


 自分が見たことのない場所にいることに気づいた尚は、急に不安になった。それまでは平気だったのに、その神社が不気味に見えて、まっすぐに鳥居をくぐって神社を出た。


 しかし、山の中だ。無意識に歩いてきたのもあって帰り道がわからない。疲れて木の根元にうずくまっていたところを、捜索に出た消防隊員に発見されたらしい。思いのほか、ふもとの近くにいたそうだ。


 この話を、尚を連れてきた母親は最初信じていなかったようだが、集落のお年寄りたちに『たどり着けない神社』があるという話を聞き、にわかに不安になって役所を訪れた、と言うのが顛末のようだ。


「もともと伝承があるってことね」

「そう。来宮さんはそれを探しに行ってる。鹿野さんは本物を探しに行ってる」


 脩の言い方が妙であったが、言いたいことはわかった。


「宗志郎の意見は?」

「山にある社だから、何かを祀ってるんじゃないかって言ってたな。まあ、俺たちは誰もたどり着けてないから、もしかしたら子供しかたどり着けないのかもしれないと」

「ああ……」


 よくある話だ。子供しかたどり着けない、女性しか越えられない、果ては美形しかたどり着けない、などと怪異が特定の人間を指定するのは、よくある話だった。


「何かが祀られてるって意見には賛成かな。集落に入った時、境界線を越えた感覚があったし」

「えっ、そうなのか?」


 先発していた男性陣は誰も気づかなかったらしい。言われてみれば、三人とも感知能力が低い。これでよく調査に乗り出したな、と思ったが、黙っておく。


 ほかにも話を聞いているうちに、先に鹿野が帰ってきた。


「やっぱり鞆江か」


 外にバイクがあった、と鹿野が俐玖の顔を見て納得したように言った。俐玖と脩は「お疲れ様です」「おかえりなさい」とそれぞれ声をかけた。鹿野は黙ったままうなずく。


「何か見つかりましたか?」

「いや……」


 脩が尋ねると、鹿野は言葉少なに「いや」と返した。彼が寡黙なことはわかっているので、俐玖も脩も収穫はなかったのだな、と納得した。


「新しい情報は来宮さん待ちだな」

「そうだね。……脩はバイクの運転はできる?」

「大型二輪なら持ってるが」


 つまりほとんどすべてのタイプのバイクを運転できるということだ。鹿野が要望したので持ってきたが、いざと言うとき脩が運転してもいいわけだ。とりあえず、バイクのキーは鹿野に渡しておく。


「武装は?」

「一応持ってきましたけど、そこまでの装備はいります?」

「何の話?」


 脩が怪訝そうにする前で俐玖は鹿野に小さな鍵付きのケースを渡した。鹿野が慣れた様子でパスワードを打ち込む。


「ああ、ありがとう」


 中に入っていたのは拳銃だ。仕事柄、場合によっては護身用の武器の携帯が許可され、今回はそれに該当するのだ。もちろん、銃を持てるのはその訓練を受けたものだけである。


「本当に持てるんだな」


 脩が拳銃を見て呆れたように言った。それから俐玖を見る。


「俐玖はライフル?」

「猟銃と拳銃。対物ライフルはさすがに許可が下りないもの」


 そうそう狙撃する機会などないだろうから、いいのだ。


「向坂は武器を携行する調査は初めてか」

「はい」


 一年目の間は比較的簡単な調査につくことが多かった。その中で危険を感じなかった、と言うと無理があるそうだが、少なくとも脩は、今回が初めてなのだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


俐玖視点になると、物騒なものがいろいろ出てくる。


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