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【Case:14 山奥の神社】1

久々の投稿だなぁ…。









 俐玖は休みの日に芹香とともにアフターヌーンティーをしに来ていた。ホテルのラウンジで提供される、ちょっといいお値段のものだ。落ち込んでいる芹香を元気づけようという名目でアフターヌーンティーの予約をしたのだが、今、芹香は嬉しそうににこにこと紅茶を飲んでいる。


「芹香が元気そうでよかったよ」

「ん。悩みがある程度解決したもの。向坂君にマジ感謝! だわ」


 にこにこと上機嫌にクロワッサンサンドをほおばる芹香に、「本人に言ってあげなよ」と俐玖は苦笑する。多分、脩も少し安心するのではないだろうか。


 脩が蔵前を強めに指摘したその日から、蔵前は少しおとなしくなったそうだ。マウントを取ってくるのは変わらないし、男女で対応を変えるのも変わらないし、自分より学歴の劣る相手を下に見ているのも変わらない。だが、少なくとも服装が公務員と言う職に即したものになったし、何より仕事中に無駄に話しかけるようなことが亡くなったそうだ。これだけで、かなりのストレスが軽減されている。


 と言うわけで、市民課の女性陣には感謝されている脩だが、本人は微妙に厳しいことを言ってしまった、と気にしているのだ。ただ事実を指摘しただけなのだが、年下の、大学を卒業したばかりの女性にひどいことをしたかもしれない、と思っている。


「あら。真面目……というか、意外と小心者ね」


 などと、芹香は手厳しい。


「現実を突きつけるのも優しさの一つだと思うけれど」

「まあ……そうかもね」


 優し気な芹香だが、彼女は案外リアリストで厳しいところがある。気が強いのだ。だから、微妙に浮いている俐玖とも仲良くしてくれたのだが。


 かかっていたストレスが軽減されたからだろう。芹香は上機嫌でよくしゃべった。もともと、二人でいると芹香の方がよくしゃべるので問題ない。拓夢の愚痴から俐玖が姉の結婚式で着るドレスのことまで、大いに話が脱線した。


「そうだわ。俐玖は向坂君のことが好きなのよね?」


 聞いておきたかったの、と芹香が尋ねてくる。俐玖は紅茶を飲んでいた手を止める。


「どうして?」

「だって、氷月ルナさんの占いは、ほとんど当たってたじゃない?」


 俐玖の思い人が大変なことになる、というのを逆説的に解釈すると、俐玖は脩が好きなのだろう、という結論に至る。


「……よくわからない」


 好きか嫌いかで言えば、好きだ、と答えられる。ただ、それは恋愛的なものなのだろうか。考え込んでしまった俐玖に、芹香が苦笑した。


「そんな顔で『わからない』って、鈍いわねぇ」

「悪かったね」


 頬に手を当て芹香は小首をかしげてそう言った。どんな顔をしているのだろうと、俐玖は自分の顔を触る。わからない。


「話してると」

「うん」


 聞いてくれる姿勢なので、俐玖は話す。


「安心すると言うか……この人は、絶対にいじめとか、そう言うのにかかわってないんだろうなって」

「そこ? いや、でも、安心感って大事よね」


 無理やり納得しようとしているように、芹香はうなずいて相槌を打つ。話した本人である俐玖も、何を言いたいのかわからなくなってくる。むすりと黙り込んで紅茶を一口飲んだ。


「俐玖は向坂君が蔵前さんと付き合うかもってなった時は、嫌な気持ちにならなかったの?」


 芹香が畳みかけてくる。どうしても俐玖が脩を好きだと認めさせたいようだ。


 正直に言うと、なった。だが、それをそのまま言うのはなんとなく癪である。俐玖と芹香は仲の良い親友だが、さすがに何でも話すわけではない。


「芹香と拓夢はどうなの?」

「私たちはもともと大丈夫よ。それぞれちょっと困らされただけで」


 そう言える芹香が強い。拓夢は気にしていそうだが、芹香は本当にそう思っていそうだ。彼女は引きずるタイプではない。


「たまには俐玖と恋バナしてみたいなって」

「期待に沿えそうなら相談するよ」


 芹香が引く姿勢を見せたので、俐玖も引くことにした。だが、芹香はもう一押しとばかりに言う。


「いいなって思うならデートくらいしてみてもいいと思うけどなぁ」

「デート……」


 厳密に言うと、したことがないわけではない。といっても、後から考えるともしかしてそうだったのでは? ということなので、出かけている時点で俐玖にその意識はないのだが。


「あっ、興味はあるのね」


 芹香はにこっと笑って言った。


「俐玖は人見知りかもしれないけど、一番の問題は引っ込み思案なところじゃないかなぁ」

「……言われなくても、自覚はあるよ」


 新しいことなどを始めるとき、ためらってしまう自覚はある。ふいに、初詣で引いたおみくじを思い出した。思い切って行動してみること、とか、そう言うようなことが書いてあった気がする。


「変化は誰にだって怖いものよね。もちろん、私だってそうだわ」


 芹香も悩みがあって、それをごまかすようにたくさん話しているのだ。俐玖はそれに気が付いて、少し目元をやわらげた。悩みと言うのは一つとは限らないし、一つ解決すれば別のことが気になってくるものだ。


 俐玖の手を引っ張っていろんなところに連れて行ってくれた芹香だって、俐玖と似たようなことで悩んだりする。そう思うと、俐玖自身ももう少し頑張ってみてもいいような気がしてくるのだ。










 普段俐玖が射撃の練習に使っている射撃場は、白鷺大学の一角にある。そもそも日本に射撃場があまりないため、必然的に近所の競技者は集まってくることになる。俐玖が拓夢の弟である和真と会ったのも、この射撃場だ。


「俐玖さん!」


 少しうれしそうな声で和真が声をかけてきた。ちょうど撃ち終わった俐玖はにこりと微笑む。


「和真。なんだか久しぶりだね」

「うん。やっぱり学生の頃みたいに自由に来れませんからね」


 そう言う和真は企業の実業団の選手だ。だから、半分趣味のような俐玖よりもよほど真面目に練習しているだろう。俐玖は構えていた銃をおろして銃口を床につけて支える。ライフルは四キロ程度の重さがあるため、女の腕には重いものだ。


 その様子を見た和真は俐玖の記録を見て「相変わらずですね……」と少し苦笑気味に言った。


「これでクレーもできるんですから、俐玖さん、こっちの才能を生かしてもよかったんじゃないですか」


 軍からもスカウトされてたんですよね、と言われ、そうだね、と答える。


「それは和真にも言えることでしょ。クレーに関しては和真の方が上だしね」


 単純に、和真はクレー射撃を、俐玖はライフル射撃を競技としているのだ。尤も、俐玖はクレー射撃ができないわけではない。クレー射撃とライフル射撃は使う銃が違うのだが、俐玖は猟銃の免許を持っている関係で、クレー射撃で使う散弾銃を扱うことができる。


「うーん、俺はスポーツ射撃の方が楽しいんですよね」

「私も似たようなものだよ」


 職業にしたら楽しめなくなる。そんな気がする。


「そう言えば俐玖さん、職場で大変だったみたいですけど、大丈夫なんですか?」


 一瞬何のことかと思ったが、蔵前の一件だ。和真は拓夢の弟で、一緒に暮らしているから知っているのだろう。並んで歩きながら俐玖は「うーん」と首をかしげる。


「私が大変だったわけじゃないからねぇ」


 大変だったのは俐玖の周囲だ。芹香とか、脩とか。俐玖は多少の影響はあったが、それほどでもない気がする。


「えっ。でも、マウント女に絡まれたって聞きましたけど」

「マウント女」


 いろんなあだ名が飛び出してきて、一瞬何のことかわからなくなるが、もちろん蔵前のことだ。確かに、マウントを取ろうとしていた。


「違うんですか? まあ、俐玖さんや芹香さんに勝てる人なんて、そうそういませんよね」


 和真はそう言って自己完結している。どう反応すればいいかわからず、俐玖は肩をすくめた。


「ありがとう、でいいのかな」

「どういたしまして」


 二人は家路をたどっている。一通り訓練を終えたので帰ろうとしたところ、和真が送る、と言い出したのだ。方向的に遠回りになるし、断ったのだがどうしてもと聞かなかった。


「もう夜九時です。女性の一人歩きは危ないですよ」


 確かに去年の夏に実際に危ない目に合っている俐玖は、あれからそれなりに気を付けるようになっている。とはいえ、和真をつき合わせるのはと思ったのだが、和真は真剣に言ったのだ。


「俺だってもう子供じゃないんですよ。男がいるってだけで多少は安全なはずです」


 その熱心な説得に、俐玖は折れたわけだ。確かに、和真は俐玖より三つ年下で、出会った頃はまだ十歳ばかりの少年だった。俐玖より小柄だった少年はもう、見上げないと顔が見えない青年になっている。


「そうだね。もう子供じゃないよね」


 そう言って笑うと、和真は赤くなった。また子ども扱いしてしまっただろうか、と俐玖は少し慌てたが、そうではないらしい。どういうことだ。相変わらず俐玖はそう言った感情に疎かった。


 そうして思い返しているうちに、俐玖のアパートの近くまで来た。ここでいいよ、と俐玖は和真に手を振った。


「じゃあ、ありがとう和真。お休み」


 だが、和真からは反応がない。いつもはすぐに返事があるのに不思議に思って様子を見ると、何か言いたげに口をもごもごしている。


「どうしたの」


 何か気になることでもあるのだろうか。俐玖が首をかしげて問いかけると、和真は「あの」と意を決したように口を開いた。


「俐玖さんは……」

「うん」


 一応、俐玖は話を聞く姿勢だったのだが、何度か口を開閉した和真はしょぼんとうなだれてしまった。


「やっぱり、いいです」

「ええ、そう?」


 俐玖は不満そうにするが、和真は笑って「おやすみなさい」と言った。本気で話すつもりはないようだ。


「ん。おやすみ」


 俐玖も引き下がり、もう一度挨拶を述べた。何を言おうとしたのか、気になりながら。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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