【Case:13 占い師】13
「これは……瘴気の穴にでも突っ込んだのかしら」
市役所に戻ると、ちょうど佐伯が戻ってきていたので見てもらうと、彼女は顔をしかめてそう言った。千草が「祓える?」と尋ねる。
「そうですね。ちょっと面倒ですが、できなくはありません」
「じゃあ、お願いね」
「はい」
どうやらキーホルダーはただのキーホルダーになって差し戻されるようだ。早速処理を開始する佐伯に、「どこから入手したんだと思う?」と千草が尋ねている。
「本人がやったんじゃないんですか?」
「鞆江は違うだろうって言っていたわね。私もそう思うわ」
「確かに、呪詛をかけたって感じじゃないですもんね」
以前、脩の妹の梢がやたらと縁を結ぶお守りを譲られたことがある。これは最初の持ち主の強すぎる思いが呪いに転じ、それがいろんな人の手を渡ることでさらに効用が転じたものだったが、このキーホルダーは単純によくないもの、なのだ。
「持ってると運はよくなくなるだろうなぁ。でも、来宮さんと変わらないくらいだと思いますよ」
宗志郎は運が悪いと言うより、引きが悪い。それはともかく、佐伯の意見を踏まえると、彼女の初見通り瘴気の穴にでも突っ込んだのが一番近いのかもしれない。
「キーホルダー自体は普通の量産品ですよね」
「そうね……本物の銀ではないだろうけど」
俐玖が口をはさむと、箱の中を覗いていた千草がうなずいた。量産品ではないかもしれないが、普通の小物であるのは確かだ。
「ネットで買えると思います?」
「……思うわ」
盲点だった、とばかりに千草がうなずいた。他人の手が入ることを想定していなかったため、郵送される、と言うことが思いつかなかったようだ。
「日下部、出展者はわかる?」
「わかるかわかりませんけど、調べてみます」
「お願い。ああ、山田も呼ぼうかしら」
山田はどの山田だろうか、と思ったが、どうやら氷月のことのようだ。俐玖たちは氷月と呼んでいるが、千草は本名の方の山田で呼んでいる。彼女はネットを駆使しての調べものが得意だ。
「楽しそうだね、君たち」
汐見課長がにこにこして言う。今、課長と女性陣しか事務室にいなかった。千草は冷静に「そうでしょうか」と返している。
「うん。まあ、あんまり頑張りすぎないようにね」
「承知しています」
汐見課長は肩をすくめると席に戻っていく。基本的に汐見課長は各課員の自主性に任せる方針なのだ。必要な時は助けてくれるので、それでよいのではないかと思う。
さて。千草は本当に氷月を召喚した。呼ばれてやってくる氷月も氷月だが、それなりにあたるはずの占い師である彼女は、今謂われない言いがかりのために開店休業状態なのだそうだ。
「ログをたどったら明星輝だったわ。キラキラしい名前しちゃって。絶対に特定してやるわ!」
と、勢い込んでやってきた。氷月ルナもなかなかキラキラしい名前だと思うのは俐玖だけだろうか。ともかく、彼女は麻美と仲良く調べている。ちなみに、たどったログと言うのは、氷月が詐欺師だ、という書き込みのログである。これが開店休業中である原因だ。
別件の資料を読み込んでいると、「これじゃない?」と氷月が声を上げた。麻美が隣で作業していた氷月のパソコンをのぞき込む。俐玖も回り込んでモニターを覗いた。誰でも出品できるフリーマーケットのサイトで、確かに、明星のところから没収したキーホルダーに似たキーホルダーが箱売りされている。
「三十個入りで一万円か……高っ!」
「アプリから出品者のSNSに飛べるみたいですね」
麻美がそう言ってタブレットを取り出し、アプリをダウンロードした。一応、役所内の情報担当に許可を取り、SNSに飛んでみる。
「あー……これみたいね……」
なんと、本当にネットで買えるようだった。表で売っているのは普通のただのキーホルダーだが、SNSで直接やり取りすれば、特別な力のあるものを売買できる、という記載があった。
「案外顧客が多いみたいですよ」
「こんな怪しげなうたい文句なのに?」
俐玖なら絶対に相手にしない。そう思って言うと、麻美は「俐玖さんはそう言うところありますよね」と笑った。
「サイトの管理者に連絡入れて、強制停止してもらいましょう。消費者庁にも連絡入れて」
さっくりと千草がそう言うので、麻美が「はーい」と手を挙げて自分のPCから作業していく。その間に千草が消費者庁に連絡を入れていた。
「仕事が速い……」
「こんなもんでしょ」
俐玖は肩をすくめてあっけに取られている協力者の氷月に言った。彼女は「そうかなぁ」と半信半疑だが、俐玖を見上げてふいに言った。
「そう言えば、新人女子のことは解決したの?」
「してない」
即答した俐玖に、氷月は「そ、そう」とちょっと引き気味だ。まじまじと俐玖を見つめる。
「なんです?」
「大丈夫よ。あのイケメン君と新人女子の縁はつながってないから、近いうちに解決……はしないかもしれないけど、一段落するわ」
「ならいいんですけど」
氷月のこういった意見はかなり正確性がある。これを占いと言うのかというと、ちょっとわからないが。
週明け、無事に瘴気が取り除かれたキーホルダーは、明星に返却された。ただのキーホルダーならば、ばらまいても問題ない。これも霊感商法の一種なのだろうか。
回収してきた時と同じ、千草と幸島、俐玖の三人で返却に行ったが、明星は半泣きだった。サイトで例の出品者が締め出されており、SNSも凍結されたので、連絡の取りようがなく、もう物を入手できないのだ。さもありなん。対処療法であるが、後は市役所の仕事ではない。
「こういうのは鼬ごっこで、根本的な解決にはならないのよね」
千草がさくっとあまり残念ではなさそうに言う。彼女は自分たちが関与できる限界をわかっているのだ。幸島も「技術とかと同じですからね」と苦笑した。
市役所に戻ってくると、職員玄関側の通用路で何かもめているようだった。蔵前と同い年くらいの女性職員二人、そしてなぜか脩と下野。いや、蔵前と脩の組み合わせだけならこの二週間ほどはよく見た。
どうやら女性職員二人が蔵前の服装を注意していたところに脩と下野が通りかかって巻き込まれたようだ。
「そんな、ひどいです。私は自分に似合う格好をしてるだけなのに。服装規定なんてないんですよ」
涙目で蔵前が訴えている。俐玖の隣で幸島が「よく言うな。お前の目と髪の色を指摘してきたのに」と言った。
その声が聞こえたわけではないだろうが、脩と目が合った。俐玖は何度か瞬いただけだが、脩は自分の主張を垂れ流している蔵前に向かって言った。
「蔵前さんは市役所に遊びに来ているというなら、その格好でもいいと思うが」
「向坂さん!」
女性職員、おそらく市民サービス課の職員だったと思う。咎めるように脩を呼んだが、可愛くてできる女を主張したい蔵前(麻美談)は「違います!」と首を左右に振る。
「向坂さんなら信じてくれると思ってたのに……!」
「何を?」
基本的に温厚な態度を崩さない脩の冷淡な声に、思わず俐玖たち三人も目を見合わせた。
「仕事をしに来ているというのなら、まずその格好はしない。服装規定がないとはいえ、限度がある。君はもう学生じゃないんだ」
蔵前は肩を出したオフショルダーに近いニットにふんわりとしたスカートを履いている。ミニスカと言うほどではないが、膝よりかなり上の長さだ。似合ってはいるが、確かに公務員と言う職に適していないと思う。何より、学生っぽい格好だ。
「それに、はっきり言って付きまとわれるのは迷惑だ。仕事と関係ないことを話しかけて、相手の手を止めていることに気づいていないのか? もし改める気がないのなら、君はもっとお堅くない職業に就いた方がいいだろう」
「……あ」
これまでほとんど相手にされないまでも、厳しいことは言ってこなかった脩にきっぱりとだめだしされ、蔵前は言葉が出てこないようだった。女性職員二人は「よく言った!」とばかりに脩に向かってサムズアップしている。
下野がちらちらとこちらを見てくるので、千草がため息をつきながら幸島と俐玖をせかしてそちらに近寄る。
「ほら、戻るわよ。向坂、下野も行くわよ」
「はい!」
ほぼ空気だった下野がいい返事をして合流した。脩も「失礼します」と言って続いてくる。残された女性職員二人が蔵前の肩をたたいている。
「ほら、今日はもう仕方ないから、上にカーディガンでも羽織ってなさい」
「気づいたんなら今日から治せばいいわよ」
なんだかんだ言って面倒見がよくてこんなことになっていたようだ。振り返らなかったのでこの後どうなったのかわからないが、午後になったころにはこの話は庁舎中に広まっていた。
「通称、向坂主事ぶちギレ事件です」
「ぶちギレてはないが」
どこから聞いてきたのかわからないが、麻美がそう言って教えてくれた。俐玖は何度か瞬く。
「麻美はそう言う情報をどこから入手してくるの?」
「え、今気になるのそこですか?」
麻美が驚いた顔でツッコみを入れてくるが、その向坂主事ぶちギレ事件の現場には俐玖もいたのだ。何を聞けと言うのだ。
「どうして急にきっぱり指摘することにしたのか、とか」
麻美自身が気になるのだろう。そう言った。脩は苦笑気味だ。
「どうしてと言われてもな。付き合うよりは俺の心理的負担が少ないと思った」
「向坂さん、蔵前さんのことどんだけ苦手なんですか」
下野はそう言いながらも、「でもかっこよかったですよ」と脩をほめた。
「いつも優しいから、怒って真顔になるとちょっと怖いですけどね。ね、鞆江さん」
一緒に現場を見ていた俐玖に同意を求めるが、俐玖の反応は芳しくない。
「怖いと言うか、真面目だなと思った」
「俐玖さんちょっとずれてる」
「あと、美形と言うのは泣いても怒っても美形なものだなと……」
「それ、蔵前さんのことですか? それとも向坂さんのこと?」
麻美が間髪入れずにつっこみを入れてくる。なぜか下野が期待のこもった眼で見てくる。俐玖はノーコメントを貫いた。麻美はそれ以上突っ込んでこずに、肩をすくめる。
「ま、向坂さんも逆恨みされてないといいですけど」
「それが怖いんだよな……」
少しいやそうに脩は言った。付きまとわれるのと、どちらがマシだろう。
こうして、一連の事件は一応の収束を見せたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
久々に長い章でしたが、13章完結です。




