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【Case:13 占い師】12









「さて、行くわよ」


 千草の鶴の一声で向かうことになったのは、占いの館だ。今回も千草と俐玖、そして幸島が一緒だ。


 駅前のオフィスビル『占いの館』はいくつかの占いの店舗が入っている。地下にはコンカフェなどが入っていたりもするので、そんなビルの名前でもすべてが占いで構成されているわけではない。


 例の男性占い師のいる店は三階にあった。店の看板には一言『輝』と一言だけ書いてある。『かがやき』と読むのか、『あきら』と読むのかわからない。


 ためらいなく千草がドアを開けた。チャイムを鳴らして「ごめんください」と声をかける。彼女にはこういうところがあった。


「いらっしゃいませ」


 唐突な客にも動揺せずに、受付らしいカウンターのところにいた男性がにこりと笑う。二十歳そこそこの男性と言うか、男の子と言った方がいい年代で、明らかに千草と俐玖に向かって愛嬌を振りまいていた。だが、相手が悪い。千草も俐玖も、それくらいでたぶらかされるような女ではなかった。あまり経験のないタイプなのか、受付の男性がにわかに動揺する。


「こんにちは。明星あきぼしひかるさんはいらっしゃいますか」


 千草が礼儀正しく尋ねた。絶対に偽名だな、と思う俐玖に「絶対偽名だよな?」と幸島が尋ねた。俐玖も「たぶん」とうなずく。氷月ルナという名が普通に思えてくる芸名だ。キラキラしすぎる。


「少々お待ちください」


 何とか調子を取り戻した受付の男性がにこっと笑って奥に入っていった。三人連れなので、ついでに状況報告でもするのだろう。しばらく待っていると、三十歳前後と見える男性が出てきた。ぱっと見、爽やか系の美男子に見えた。


「お待たせしました。私が明星輝です」


 にこにこと愛想のよい顔を見せて、男は名乗った。しかし、こちらは動揺のかけらもないので、向こうのほうがたじろいだ。しかし、すぐに何事もなかったように微笑むのはさすがだ。


「初めての方ですね。どのようなことを占いましょうか」

「ではこの子を」


 と、千草が俐玖の肩をつかんで椅子に座らせた。俐玖も特に抵抗せずに、されるがままだ。明星は俐玖を眺めて「きれいな方ですね」と微笑んだ。たぶん、ここでドキッとするのが通常の女性客なのだろうが、俐玖は真顔のままで明星を動揺させている。仕事中であるし、俐玖はこの手の誉め言葉は九割がたお世辞だと思っている。


「彼女、今困っていることがあるの。どうすれば回避できるかしら」


 微妙に嘘ではない。確かに困っている。それを占ってもらうなら、脩でもよかった気がするが、明星の被害者が女性に集中しているため、俐玖が最適解なのだろうとも思う。


「そうですね……まずお名前をよろしいですか」


 と聞かれて申込書を差し出されたので、『鞆江俐玖』と書く。生年月日も記入した。それから「手相を見ますね」と手を差し出すように言われたので、素直に掌を上に向けて差し出した。


 これも相手の女性をドキッとさせる手口なのかもしれないが、あいにくと俐玖はサイコメトリーの能力者だ。それほど強くないが、自分から触れてくれたため、軽く確認する。


「これは……なかなか大変ですね。恋愛関係の困りごとですね」

「ええ」


 俐玖ではなく千草がうなずいた。俐玖と千草では母娘と言うほど年は離れていないが、そんな感じに見えているかもしれないと思った。


「相手にはっきりと言うことですね。緊張して不安かもしれませんが、それで伝わります」


 うまい言い方だな、と思った。うまくはぐらかしている。うまくいく、とか、両想いになれる、とかそう言ったことを言わない。しかも、こちらの想定と回答がずれている。うまく話がかみ合っていない、と言うことだ。つまり、彼には氷月のような能力はない。


「よろしければ、こちらをお持ちください。多少はあなたを助けてくれるでしょう」


 そう言って差し出されたのは、見たことある羽の形をしたキーホルダーだった。しかし、これからは何も感じない。ただのキーホルダーだ。


 俐玖がきょとんとした様子でそれを見つめていると、明星はもう一度「どうぞ」と言った。とりあえず、受け取る。


「……実は、私たちは市役所の職員なのだけど」

「存じていますよ」


 にこっと笑って明星は言う。どうやら、氷月の言う通り多少は調べているようだ。千草が「なるほど」とうなずく。


「鞆江」


 呼ばれたので、俐玖は口を開く。


「本名は川本かわもと洋輔ようすけ、三十二歳。七月生まれ。占い師としての超能力等はないが、甘い顔とお守りで人気占い師となっている。私たちが市役所職員であることは初めから知っていたが、私から順に攻略していこうと思っていた」

「……調べればわかることがほとんどですよね」

「もちろん。あなたが言ったこともそうよね」

「だから何ですか。違法なことはしていませんよね」


 確かに、嘘はついていないし、そもそも俐玖たちは警察ではない。追及はできない。千草は「そうね」とうなずくと、続けた。


「そう言うのは警察や消費者センターの仕事だもの。私たちが気になるのはこのお守りとかいうキーホルダーよ。……これは何ともないみたいだけど」


 千草はそう言うのが見えない人なので、おそらく、俐玖の反応を見てそう判断したのだろう。


「私たちが役所の職員だと気づいていて、違うものを渡したのかしら」

「まさか。すべて同じものですよ」


 明星の返答に、千草が笑った。


「その返答がすでに別のものがある、と言うことを示してるわよ」


 語るに落ちたわね、と千草が笑うと、明星はぐっと押し黙った。やはり、別のものがあるらしい。


「幸島、鞆江」


 言外に探してこい、と言われて俐玖は幸島と顔を見合わせて立ち上がった。ここまでほぼ空気だが、ちゃんと幸島はいる。


「ま、待ってくれ! 今出す!」


 俐玖がざっと部屋を見渡し、飾り棚に目をやった瞬間に明星が立ち上がって飾り棚にある箱を一つ持ってきた。


「これだろう!?」


 開けた瞬間にぶわっと瘴気が湧き出てきて、さしもの俐玖も顔をしかめた。


「向坂を連れてくるべきだったかしら」

「これくらいじゃ影響はありませんよ」


 ずっと持っていればわからないが、俐玖の脇からのぞき込む千草に向かってそう言った。


「やはり外付けだと思います。物自体には何もありません。普通のキーホルダーですね」


 きっぱりと言い切られた明星は「特別な力があります」と少々ひきつった笑顔で訴える。それに対して千草はいつも通りのテンションで「そう。よくないものを引き付けると言う力ね」と言って、明星は撃沈した。


「後付けってことは、どうやってるんだ? 呪いの箱にでも詰めておくのか?」


 幸島が俐玖の持っているキーホルダーの入った箱を眺めて言った。彼は多少の感知能力はあるが、『視える』方ではない。


「箱にも何もありませんよ。明星さん自身が何かしたわけではないんだと思います。ほかの誰かがこうして瘴気まみれにして渡しているのではないでしょうか」


 明星本人には何の能力もない。氷月によると、多少のリサーチ能力はあるようだが、それだけだ。これはどこか別のところから入手している可能性が高い。


「千草さん、占い師に協会みたいなものはあるんですか?」

「ないわよ。まあ、師弟関係とかがあったりはするけど、それくらいね」


 場合によっては完全に独学でやっている人もいるらしい。組織があればそちらから情報を入手しようと思ったのだが、そううまくはいかないようだ。


「お前、悪いこと言わないからどこからこれを入手したのか言っとけよ」


 幸島が明星をせかすが、明星は口を割らない。千草は肩をすくめ、「まあ、確認する方法はほかにもあるわ」と言った。


「これ、回収していくわね」

「えっ!」


 明星がここで動揺を示す。しかし、千草は容赦ない。


「人に悪影響を与えている可能性があるもの。確認して、問題がなければ返しに来るわよ」


 正確に言うと、警察ではない市役所職員である俐玖たちには、押収の権限はない。だが、権限の特例として民間人への影響が確認される場合は、これを確保・調査することができる。今はそう言うことだ。


 千草が俐玖の手から箱を取り上げて、ふたを閉めた。それを取り返そうと、明星が立ち上がるので、俐玖はすっと手を伸ばして進路を遮った。明星は俐玖の手にぶつかってたたらを踏む。


「危ないだろう!」

「そう言うのなら、動かないでください」


 きっぱりと俐玖は言い、彼女も立ち上がった。その間に千草がキーホルダーを預かる旨の文書を作成して、明星の前に置いた。


「何事もなければ、来週月曜日に返しに来るわ」

「……」


 今度は明星も何も言わなかった。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


みょうじょうさんではなく、あきぼしさんです。キラキラネームを考えると、名前が本当にキラキラしてしまう。にしても、『占いの館』のビルの所有者はなんでそんなものを作ったんでしょうね…。


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