【Case:13 占い師】11
帰り際、再び蔵前に遭遇した。帰り際というか、職員玄関で脩に猛アタックしている蔵前に遭遇した。一緒に出てきた麻美と宗志郎とともに遠くから眺める。
「こんなところでまで、熱心ですねぇ」
「押しが強すぎないか?」
「宗志郎も紅羽をそうやって口説いたんじゃないの?」
「え、そうなんですか? その話詳しく」
「やめろ」
しばらく眺めていると、さらに見学者が増えた。
「お前たち、固まって何してるんだよ」
「あ、瀬川さん」
「お疲れ様です」
こちらも帰り支度をした瀬川が加わり、四人になった。瀬川も三人が見ていた方をのぞき込んで、「あー」と声を上げる。
「もう腹くくった方がいいと思うんだがなぁ」
「付き合ってしまえってことですか」
「それでもいいが、きっぱり振るのも一つの手だろ」
「なるほど」
それもそうだ。後が怖いが、そもそも世の中思い通りにならないことがほとんどなわけだし、これも経験……と思うような相手ではないから困っているのだが。
「さて、お前ら、飲みに行く時間はあるか?」
唐突な瀬川の言葉に俐玖と麻美はうなずき、宗志郎も「遅くならなければ」と答えた。瀬川は「よし」とうなずくと、すたすたと歩いて行って蔵前の勢いに押し負けている脩に声をかけた。
「おい、向坂。何してるんだ。そろそろ行くぞ」
瀬川が果敢に脩の救出に行った。おお、と歓声を上げつつ、麻美が怒涛の居酒屋検索をかけている。もともと飲みに行く予定があった、という事実を作るためだ。
「うう……近くじゃない方がいいですよね」
「宗志郎、車だよね? ちょっと遠くても大丈夫じゃない?」
「俺を足にするつもりか」
「宗志郎、飲めないでしょ」
車で来ているから飲酒すると帰れないし、そもそも宗志郎はあまりアルコールに強くない。
「よし、じゃあ、ここにしますね」
と無難な居酒屋をネットで予約を入れる麻美である。そのころには瀬川も脩を救出し終えていた。
「瀬川さん、すごい!」
宗志郎の車に乗り込んだ麻美が手放しでほめる。ちなみに、瀬川は助手席に座っており、二十代三人は後ろに詰め込まれている。五人乗りの車なのだ。
「一応上司だからな」
「いえ、本当にありがとうございます。もう瀬川さんだけが頼りです」
俺が女性だったら惚れてました、と真剣に言うあたり、脩も追い詰められているのかもしれない。
「そうか。一応嫁がいるからあきらめてくれ」
真面目に返す瀬川が面白い。実際に噴出したのは麻美だった。俐玖は「今日はその奥さんは?」と尋ねる。
「娘とデートだ」
「なるほど。いいですね」
瀬川は妻と娘二人の四人暮らしだ。家族の中で若干蚊帳の外に置かれている感があるらしい。仕事中は気遣いのできる生真面目な男性に見えるので、ギャップがすごい。いや、逆にそうだから女性ばかりの家族の中でもうまくいくのかもしれないけど。
俐玖も自分の父が瀬川と同じような立場だが、俐玖の父は自分から女子の中に入っていくタイプなので新鮮に感じた。
役所から少し離れたところにある居酒屋は大衆居酒屋で、チェーン店のものだった。急な予約だったので、そんなものだ。
「で、蔵前のこと何とかしろよ」
「……なんとか」
「付き合うとか、いっそ振るとか」
「振る……振って、納得してくれるんでしょうか」
脩の目が死んでいる。彼には珍しいことだ。麻美が「切実ですね……」と言いながらビールを空けている。飲酒可能な年齢になり、彼女はすっかり酒好きになっている。
「この場合、あいまいに言うのはだめですよね。きっぱり言って、わかってくれるんでしょうか」
彼女の理解能力に疑問が投げられている。一人ライスを食べている宗志郎が、「中途半端に相手するから駄目なんじゃないか」となかなか穿ったことを言う。
「無視するってことですか?」
「あのタイプはだめですよ」
それもいいかも、と言う調子だった脩に麻美が両手でバツを作る。
「あのタイプは無視されたりはっきり振られたりしたら、『私のことが嫌いなんですか』って言って泣くタイプです。相手を悪者に仕立て上げるタイプですよ」
「ああ、芹香もそれでやられたみたいだもんね」
こういう時泣ける女子は強い。それがいいか悪いかは置いておき、泣くと大抵かばわれる。わざと泣ける女子は強いし、あざといと思う。
「日下部の見解では向坂は蔵前と付き合うしかないってことか」
「ですねぇ。手に入れたらそれで満足すると思いますし、いっそのこと付き合って、振られてみるのも手ですよ」
「わざわざ振られるのか……」
脩が遠い目をした。確かに、対応としては合理的だが、ちょっとためらう方法ではある。わざわざ振られるために付き合うと言うのは、本末転倒でもある。
「手に入れたものをわざわざ手放すようなことはしないと思うが」
今度は枝豆を食べながら宗志郎が言った。俐玖と麻美も「確かに」とうなずくので、脩は「ならどうすればいいんだ……」ともはや泣きそうだ。
この状況は冷静さを欠いて感情的になった方が負ける。
「ま、私はこっちへの興味があまりなくなったようだからありがたいけど……」
「そう言わずに、一緒に立ち向かわないか?」
「前にも言ったけど、私が入るとこじれると思うんだ」
「スペック的にはお前が一番つり合いとれてるよ」
冷静な瀬川の言葉に、俐玖はそうだろうか、と思う。たとえ学歴的にそうだとしても、性格や外見的にとれていない気がする。
とはいえ、脩が蔵前と付き合うのだろうかと思うと、嫌な気持ちになるのも事実だ。顔には出ていないが、そう思っている。
「スペックとかそう言うことではなくて、俐玖は一緒にいると和むんですよね」
「お前……そう言うことなのか?」
宗志郎が何か邪推している。だが、麻美も「なんかわかります」とうなずいた。
「俐玖さんは絶対に傷つけるようなことをしないって言うか、安心感があります」
「天然でぼんやりしてるだけだろ」
思わず、俐玖は隣に座っている宗志郎の足を蹴った。にらまれたがにらみ返す。
「兄弟げんかはよそでやれ」
瀬川があきれてツッコみを入れた。
「つまり、向坂さんは俐玖さんか、蔵前さんかってことですね。デザート、何食べます?」
「同じ土俵にあげないでよ。私、チーズケーキにする」
「若干傷つくんだが。俺はバニラアイスで」
「お前ら、自由すぎないか」
麻美の問いかけにそれぞれ答えた俐玖と脩を見て、瀬川があっけにとられたように言った。そして、瀬川と宗志郎もそれぞれコーヒーゼリーと杏仁豆腐を頼んだ。
「あたしはミニパフェにします」
なぜかどや顔で言った麻美は、結構酔っぱらっているのだと思う。ほどなく届いたデザートを食べながら、瀬川は言った。
「ま、俺がいつまでもかばえるわけじゃないから、早めに何とかしろよ、向坂」
「……ですよねぇ」
脩がため息をつく。俐玖は麻美に「チーズケーキ、一口ください」と言われていた。
「いいけど、麻美もパフェを一口ちょうだい」
交換条件としてそう言うと、あっさり「いいですよ」と言われた。そして、パフェをすくったスプーンを差し出される。
「はい、あーん」
「……」
言い方がまずかったのだろうか。俐玖が思わず真顔になると、瀬川から「お前らほんとに自由だな」とツッコみが入った。
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