【Case:13 占い師】7
ひとまず、その寝室に見られたくないものをすべて放り込む。と言っても、俐玖はそれなりに片付ける方なので、もともと見られたくないものはそんなに外に出ていない。
「晩ご飯的なもの、少しだけど買ってきたぞ」
「ありがとう。拓夢も脩も、ハンガー使っていいよ」
男性陣二人はスーツ姿なのでジャケットを着ている。さすがにたたむとしわになるので、俐玖は外に出ているハンガーラックを指さした。俐玖のコートなどがかかっている。春先なので、俐玖と芹香もまだコートを着ている。
礼を言ってジャケットをかける拓夢に対し、脩は遠慮がちだ。なぜ自分はここにいるのだろうと言う顔をしている。
「日下部を連れてきた方がよかったんじゃないか?」
「麻美は今頃調査中だよ」
「いや、そうなんだが」
一応、付き合っているわけでもない女性の部屋にいるんだよな、とそこが引っかかるらしい。芹香も拓夢もいるし、今さらだ。
「芹香、何か食べたいものはある?」
二人掛けの小さめのソファに丸まっている芹香は首を左右に振る。しかし、ぐぅ、とおなかが鳴ったので三人とも思わず芹香を見つめた。そろそろと顔があげられる。
「……落ち着いてきたら、おなかがすいてきた気がするわ……」
「いいことだね」
そう言って俐玖は肩をすくめるとキッチンに向かった。拓夢が買ってきてくれたエコバックをのぞき込む。
「お前は芹香を見ててくれ」
「そこは拓夢が見てるところでしょ」
「二人とも、そこでもめないでくれ」
今のところ完全に第三者である脩が困ったように仲裁に入る。俐玖と拓夢はにらみ合ったのち、俐玖が折れた。
「勝手に使うからな」
「……任せた。……四人分の食器がない気がする」
「そりゃそうだな」
俐玖は一人暮らしであるし、友人が訪ねてくるとしてもここで食事をとったりしない。芹香や姉が泊まっていくので、一人分の食器はそろっているが、今ここにいるのは四人だ。
「……拓夢と脩は紙皿でいいかな」
「……おう」
「俺も構わない」
巻き込まれた感のある脩には申し訳ないが、そう言うことにした。俐玖は体格の良い男性陣二人に自宅のキッチンを任せることにした。
「俐玖の部屋って広い気がしたけど、拓夢君と向坂君が並んでいると、なんだか狭く見えるわね」
ソファからキッチンを眺めながら芹香が言った。目元は赤いが、申告通り落ち着いてきているらしい。俐玖もカウンター式になっているキッチンを見る。拓夢と脩が窮屈そうに並んでいる。
「写真撮っておく? 見たら元気が出る気がする」
「ふふっ。そうかも」
一応二人の許可を取って写真を撮った。絵ずらが面白い。
「芹香。考えなしにものを言った。ごめんね」
「何のこと?」
芹香が首をかしげる。本当にわからないのか、はぐらかしているのか俐玖には判断がつかなかったが、芹香がそう言うのならいい、と「なんでもない」と苦笑するにとどめた。芹香の隣に座る。
「私の方こそごめんね。押し掛けたわ」
「いいよ。さっきも言ったけど、頼ってもらえてちょっとうれしかったから」
慰めなどではなく本気でそう思っているのだが、芹香は困ったように苦笑を浮かべた。
他愛ないおしゃべりをしているうちにいいにおいが漂ってきた。人数が多いので、スープにしたらしいが、俐玖の家にはそれほど大きな鍋はない。ご飯もないので拓夢はパンとピザを買ってきたようだ。ほかにもいくつか総菜を買ってきたようなので、メインはそちらだ。脩が無心に野菜を切っている。
「女の子みたいなメニューね」
出てきた料理の芹香の感想がそれだった。ソファの前に置いてあるローテーブルに料理を並べているのは拓夢だ。いつもはカウンターにくっつけてあるテーブルと椅子で食べるのだが、こちらは椅子が二脚しかない。四人でテーブルを囲むため、俐玖と脩はソファを動かした。四人で囲むにはローテーブルも狭いが、仕方がない。
「女の子に食べさせるものだからな」
拓夢はしれっとそう言うが、買ってきた総菜は結構がっつりしている。コロッケとか、から揚げとか。
俐玖と芹香は普通の食器だが、拓夢と脩は紙皿と割りばしだった。以前、姉の恵那が大量に置いて行ったものだ。
「ミネストローネなのね」
「手抜きだけどな」
芹香の好物である。手抜きでもおいしかったらいいと思うのだ。一人暮らしをしていると、だんだん料理も適当になってくる。そして、人の作ったものはおいしい気がする。
「てか、俐玖、お前冷蔵庫の中何もなかったぞ」
「アップルパイならある」
「逆に何であるんだよ」
作ったからである。急に食べたくなることだってある。ちなみに、確かに調理するための材料はないが、ドライカレーやハンバーグの種などの作り置きはある。
「後でデザートに食べよ」
お菓子作りは趣味だがケーキなどを作ると一人で食べきれないのが難点だ。家族や友人に振る舞うこともあるが、捨てられてしまうこともある。今回は消費できそうだ。
「俐玖、バレンタインも手作りだったな」
「趣味だからね」
思い出したように脩が言った。紙皿と木のスプーンでミネストローネを食べているが、紙皿が絶妙に似合っていなかった。
「今年はガトーショコラを作ったのよね。一緒に作ったのよ」
にこにこと芹香が言うのを見て、俐玖も、おそらく拓夢と脩もほっとする。話は聞きたいが、それは今すぐでなくてもいい。
俐玖も女性にしてはよく食べる方だと自覚はあるが、それは女性にしては、だ。芹香は普通だし、この量は絶対に食べきれないと言う夕食の量だったが、さすがに成人男性が二人いるときれいに片付いた。しかも、アップルパイを食べる余裕があった。デザートに食べようとは言ったが、本当に食べる余裕があるとは。
今度は俐玖がキッチンに立って紅茶を淹れる。一応、コーヒーも緑茶もあるが、全員紅茶でよい、と言ったからだ。ティーバッグもあるが、ちゃんと茶葉で入れるやつである。お湯を注ぐと、ダージリンの良い香りが漂い始める。
紅茶を淹れるのはティーポットだが、ティーカップは二脚しかなかった。すべて二つしかない俐玖の家である。
「やっぱり俺と脩は紙コップなんだな」
「マグカップならあるけど」
ただし、大きいやつだ。紙コップとどっちがマシだろうか。まあ、拓夢も脩も文句を言う人ではないので、そのまま紙コップで出す。アップルパイを乗せる皿は、不揃いだが四つあった。フォークは二つなので、男性陣には紙のフォークである。
「プラスチックですらない」
「恵那がアメリカから買ってきたやつだからね」
最近は日本でも紙製のものが売っているらしいが。
「で、芹香。話を聞いてもいいか」
拓夢が真面目な表情で切り出した。アップルパイを食べていた芹香の表情が少し沈む。
「その前に。俺が聞いてもいい話ですか」
脩が手を挙げて尋ねた。彼は完全に巻き込まれた人である。
「ここまで来て聞かないという選択肢はないのでは?」
「つーか、俺一人をここに残していくなよ。いろんな意味でダメだろ」
俐玖と拓夢は口々に言った。俐玖としては話を聞く分には問題ないと思っている。脩も役所の人間だし、役所内で起こっていることだからだ。また、脩がいなくなると拓夢が俐玖の部屋に男一人になってしまう。言わなければわからないが、コンプライアンス的にまずいと思っているのだと思う。
「……わかりました」
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