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【Case:13 占い師】6







「……彼女って、蔵前の?」

「そう」


 昨日、月曜日ことだ。俐玖は納税課に呼び出された。外国人が尋ねてきたということで、通訳に呼ばれたのだ。それ自体はよくあることなので、俐玖は気にせずに納税課に向かった。


 すると、先に蔵前が到着していた。納税課も市民課も一回の同じフロアにあるので、いてもおかしくはない。簡単なやり取りなら、他にも英語が話せる職員が何人かいるので、いること自体はおかしくないのだ。観光推進課の夏木や、最近では脩が呼び止められることもある。


 とはいえ、蔵前は市民と明らかにかみ合わない会話をしていたので、俐玖は「代わります」と声をかけて通訳を引き継いだ。納税課の人は明らかにほっとした顔をしていたが、それに蔵前は腹を立てたようで、帰り際に嫌味を言われたのだ。


「鞆江さんでしたよね。帰国子女だから、日本のやり方をご存じないんですね」


 俐玖にもはっきりわかるくらいの嫌味だったし、納税課の職員も真っ青になった。後から聞いたところによると、蔵前は勝手に通訳を請け負ったらしい。通訳になっていなかったが。


 俐玖はまじまじと彼女を見た。いつぞや、夏木とともに遭遇した、ALTに絡んでいた女性職員だった。髪は染めているだろうが、濃い目の茶髪でメイクも公共に反していない。目は大きく、少し垂れ眼気味。色白で丸顔気味で小顔。小柄だがスタイルがよく、胸元を強調させるような服装だった。


『そうね。ドイツ生まれドイツ育ちだから、日本のやり方がわかっていないかもしれないわね。でも、あなたは彼女を怒らせていたわよ』


 と、はっきりした英語で言ってやったのだが、蔵前は理解できない顔をしていた。だが、嫌味を返されたことはわかったらしく、顔がゆがんでいた。それでも、築いてきたイメージを崩せない職場だったので、にらまれるだけだった。


「お前……何やってるんだよ」

「一応、本当のことを言っただけなんだけどね」


 そう言って俐玖は肩をすくめた。そう言う問題じゃねぇよ、と拓夢は言う。


「お前、抜けてるとこあるんだから足元すくわれたらどうすんだよ」

「SNSで何か言われたら開示請求をするよ。まあ、芹香に向いてる敵意が分散されればいいかなって」


 ふっと俐玖は笑う。


「彼女に多数を相手取る力量はないね。多方面に手を出せば、絶対にどこかでぼろが出る」


 よほど俐玖の笑みが黒かったのか、今度は拓夢が身を引いた。


「お前、来宮さんに似てきたんじゃねぇの……」

「えっ、そう?」


 とにかく、俐玖を本気で怒らせたことはわかった、と拓夢はため息をついた。後ろ向きで話を聞いていた脩がふいに振り返った。


「俐玖は意外と戦術家だな。私生活では抜けてるのに」

「同感。天然なのに」

「むう」


 男性陣に口々にそう言われ、俐玖はむっとする。すると「そう言うところだよ」と拓夢に苦笑された。


「俺は今のところ蔵前さんとは面識ないんですけど、拓夢さんは何言われたんですか」


 脩が尋ねると、「言い寄られた」と簡単に言われた。それだけではない気がするが、詳しく聞くなら別の場所の方がいいだろうと思った。


「音無さんの恋人だからってことですか」

「脩もそう言うの、経験ありそうだよな……」

「ないとは言いませんけど」


 と、脩は困ったように首を傾げた。


「そう言う相手は面倒です。男が自分のタイプでなくても、仲の悪い女性の彼氏だっていうだけで絡んでくる。ひっかきまわすだけ引っ掻き回して、こちらが音を上げたら後は知らんぷりですから」

「なんか実感こもってるな……」

「経験者だもんね」


 先ほど自分でそう言っていた。一学年上の二人に白い目で見られたが、脩は「過去のことです」と笑った。強い。


「俺も反省しましたから。無関心すぎたんだと思います」


 恋人だった女性に、と言うことだろうか。案外不誠実なことを告白されて、俐玖は「おおう」となった。朗らかで明るく、優しいが、それは八方美人であるということでもあるのだ。


「まあ、拓夢さんは大丈夫だと思いますが」

「……善処する」


 プレッシャーをかけに行っている、と俐玖は思わず笑った。拓夢を見送ってから、俐玖は脩にこそっと尋ねた。


「結局、それで別れたの? 自然消滅とか、浮気されたとかは?」

「よく覚えてるな……浮気された方の彼女の話」


 俐玖もそう言うの、興味あるんだな、脩は笑った。まあ、俐玖もこうした話に興味がないわけではない。聞く分には人の恋愛事情は楽しいし、興味もある。


「自分ではピンとこないから楽しいのかも」

「ああ……俐玖はそのままでいいと思う」

「どういう意味?」


 と尋ねると、脩が「来宮さんみたいな腹黒さはいらないってこと」と答えたところで、ちょうど宗志郎が帰ってきて怒られていた。最近、宗志郎の運の悪さが脩に移ったのではないだろうかと思うことが度々ある。運の悪さと言うか、間の悪さだろうか。










 それが、昼前の話なのだが、終業時間の過ぎた午後六時ごろ、残業をしていた俐玖の元へ芹香がやってきた。まっすぐやってきて、椅子ごと体をそちらに向けた俐玖が「どうしたの」と問いかける前にその膝に突っ伏した。


「もう無理……私、どうすればいいの……」

「芹香?」


 戸惑いつつ、思わず頭をなでた。膝が湿ってきたので、泣いているようだ。同じく残っていた麻美や佐伯が近づいてくる。


「音無さん、大丈夫……じゃないわよね」

「お話聞きますから、座りましょ」


 ね、と麻美も芹香の肩に手を置くが、芹香は俐玖の膝にしがみついたままだ。帰り支度をしていた汐見課長も「何があったか話せる?」と尋ねたが、芹香は突っ伏したまま首を左右に振った。俐玖は顔を上げて自分たちを囲んでいる課員を見渡した。


「わかった、芹香。仕事は終わってるよね。一緒に私のアパートに行こう。麻美、芹香の荷物を取ってきて。脩、拓夢を呼び出して」


 麻美が事務所を出て行く。わかった、と脩がスマホを取り出したが、ここで芹香が顔を上げた。


「駄目! 拓夢君には言わないで!」

「芹香、もう拓夢も巻き込まれているよ」

「!!」


 さーっと芹香が青ざめた。直球過ぎただろうか、佐伯が首を左右に振ってあきれた表情をしている。それを見て俐玖も「やってしまった」と思った。


 結局、脩は拓夢に電話をかけ、事情を説明した。役所まで来てもらうとややこしいので、俐玖のアパートの近くのコンビニで待ち合わせだ。脩は俐玖と芹香に同行してくれた。


 時間が経つと少し落ち着いてきたらしい芹香が、「ごめん」と消沈した様子で言う。俐玖はつないでいる手を少し振った。


「ううん。正直に言うと、頼ってもらえて、ちょっとうれしい」


 コンビニの前にはすでに拓夢が待っていた。急いできたのか、腕にスーツのジャケットをひっかけていた。整ってはいるが強面にきっちりしたスーツにエコバックと言う何ともちぐはぐな恰好である。


「芹香」


 拓夢が呼びかけると、芹香は顔をゆがませて泣きそうな表情になる。


「……あー、俺はここでお役御免でいいか?」


 拓夢さんが来たし、と言う脩だが、俐玖も拓夢も巻き込む気満々だった。そのまま四人で俐玖の部屋に上がる。学生アパートでセキュリティもそれなりに高く、立地も悪くない。そして、まあまあの広さがあるのでそれなりにいいお値段の賃貸だ。狭いが、寝室が分かれているのがよいのだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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