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【Case:02 分祀の社】2









 外国人学校に行っていた鞆江は、藤咲を市役所におろし、代わりに汐見課長をピックアップしてきてくれることになった。この課の仕事は、フットワークが軽くないとできないのかもしれない。

 三十分ほどで二人はやってきた。汐見課長は合流早々、にっこり笑って言った。


「いるねぇ」

「いるって、幽霊ですか? 俺はそんな感じがしないんですけど」


 神倉が首をかしげて尋ねると、汐見課長も「うーん」と顎を撫でた。


「幽霊っぽくはないかな。何かいるのは確かだけど……幸島君と鞆江さんはどう思う?」

「何か反応はありますよね。人的なものではないと思いますけど」


 と幸島は肩をすくめる。幸島がとったデータと、脩が撮影した写真を見ていた鞆江も「超能力を含め、人的なものではなさそうですね」とさらりと言った。


「管轄外です」

「お前、超常現象の専門家だろ。もう少し真面目にやってくれよ」

「と、言われても、私別に超常現象の専門家じゃないんですけど」

「え、論文書いたんじゃねぇの」

「ESP関連の論文は書いたことがあるけど」

「僕もそれを読んで鞆江さんをスカウトしてきたからね」


 汐見課長も笑ってそういうが、脩はついていけない。後でまとめて説明してもらおうと思った。


「まあ、幽霊、というか、霊的なものが関係していそうですよね。汐見課長が視認しているんですから、何かいるのは確かでしょ」


 ざっくりと鞆江が言った。幸島が「課長と鞆江でも具体的なところはわかんないか」とため息をついた。


「当てが外れたなぁ。来宮も呼ぶか?」

「宗志郎は呼ぶよりもこの体育館を建設したころの資料をあたらせた方がいいと思いますけど」

「んじゃ、そうしてもらおう」

「この体育館って十五年位前にできたっけ? 遺跡が出たとかいう話はあったっけ?」


 神倉が長谷川に尋ねている。脩も考えてみるが、この三人、全員二十代後半で同世代だ。脩もこの体育館ができたばかりのころのことはなんとなく覚えてはいるが、詳しく記憶にはない。


「墓の上、ってことはないと思うんだけどな。結界もないし」

「……神倉さんって何者ですか」


 結界とか、神社などの祭祀や、漫画の中でしか聞いたことがない。神倉がちょっと困ったように首を傾げた。


「何者かって言われても困るけど、陰陽師っぽいもの」

「ぽいもの」

「そ。一応修業はしたんだけどな」


 曰く、中途半端な能力しかないらしい。と、言われても脩にはさっぱりわからない。


「では、汐見課長は?」

「汐見課長は、霊視能力が強い人、かな。めっちゃ霊感が強い人……って言うとちょっと語弊があるけど、そういう人」

「……なるほど? 幸島さんと鞆江さんは?」

「幸島さんは科学者だな。超常現象を物理的に解明してくれる人。多分、向坂もこのグループに入るんじゃないか」

「そうかもしれません」

「鞆江は歴史学者。俺たちは超常現象の専門家だと思ってるけど」

「ただの通訳さんじゃないんですね」


 通訳は副業だな、と神倉は笑った。もはや脩はそういうものとして受け止めることにしているが、長谷川は「その話、本当なんですね」と困惑気味だ。


「こういう話をすると、たいていうさん臭くみられるんだよな。俺とか、課長もそうだけど」

「解決してくれるなら何でも構いません」


 きっぱりと長谷川が言った。随分はっきりとしている。


「神倉ぁ。神棚ってどこにあった?」

「事務室にありましたよ。普通の神棚でした」


 確認済みらしい。幸島の質問にサクッと答えた神倉に驚いた。写真は撮ったっけ。


「事務室かぁ。違う気がするねぇ」

「そうですね。事務室は範囲外・・・な気がします」


 ……どういうことだろう。

 疑問に思ったのは脩と長谷川の二人だけで、幸島と神倉は汐見課長と鞆江の意見に納得したようだ。さっぱりわからん。


「これ以上は帰ってから調べてみるしかないな」


 ため息をついて幸島がそういったところで、お開きになった。








 翌日の昼過ぎ、資料が出そろった。調べものに関して、来宮は有能だった。脩は言われるままに作業しただけである。とにかく、必要となる資料の選別が早いのだ。


「もうちょい時間をかければ、俺や向坂にもできるぞ。来宮の頭の中がおかしいだけだから、気にすんな」


 幸島が慰めるように脩の肩をたたいた。脩は言われるままに資料をかき集めてきただけなのだ。幸島がそういうのなら、そうなのだろうか。


「俺の教育係、来宮さんなんですが」

「……まあ、鞆江も何とかなったから、何とかなるんじゃね?」

「宗志郎は聞けば答えてはくれるから、毒舌になれれば大丈夫だよ」


 英語の資料を読んでいた鞆江が言った。その来宮はすごい集中力で資料をめくっている。こちらに気づいているのかわからない。


「そういえば、外国人学校はどうだったんですか」


 ふと思い出して脩が訪ねると、鞆江は資料から目を上げた。


「施設の構造上の問題だった」


 つまりどういうことかと言うと、建物の構造上の問題で、読経が上階に響いて心霊現象に聞こえたらしい。しかし、外国人学校で読経……。短時間で設計図まで調べてきたというから驚きだ。


「鞆江さん、設計図まで読めるんですか」

「設計図と言うか、見取り図だね」


 それでも、それだけの情報で原因がわかるのだからすごい。鞆江は肩をすくめた。


「ちょっとずるをしているから」


 話を戻して、総合体育館の話である。


「人為的でも幽霊でもないんだよな。じゃあ、なんだ? 超能力?」

「実証実験をしてみてもいいけど、超能力ではないと思う」

「そういや、事務所は違うって言ってたよな。明確な境界があるってことか?」

「体育館とか敷地が必要なところって、いくつかの土地を買い上げてるんじゃなかったっけ」

「学校とかはそうだって話ですよね。運動場だけ土地の所有者が別、とかよくありますし」


 脩も口をはさむと、それで境界があるのかなぁと幸島が顔をしかめた。


「……現象が起こるかどうかは、その境界が境目になっているとは思う。だが、怪現象が起こる説明にはならないな」


 ふいに来宮がこちらに意識を戻していった。幸島が「そうだよなぁ」とうなずく。


「来宮、どう思う?」

「この体育館、最近改築されてないか」

「三月に改修工事が終わっています」


 先ほど読んだ教育委員会事務局から来た資料にそう載っていた。脩がそういうと、来宮が「そうか」とうなずいた。


「別に拡張したわけじゃないんだよな?」

「拡張はしていませんね」


 資料を掘り起こして脩が答える。神倉が驚いたように「お前、結構優脩だよな」とつぶやいた。ただ先に資料を読んでいただけである。


「……どこかに小さい祠はないか」


 続けて来宮に尋ねられ、脩は眉をひそめて思い出そうとした。


「体育館を作った時の話ですよね? 改修工事の時には記載がなかったと思います」


 怪現象は最近の話なので、近年の資料から読んでいったのだ。まだそこまでたどり着いていない。とういうわけで、みんなで建設当時の資料を探した。


「祠、って言ったよね。分祀、ってこと?」

「わからん」

「わからんって」


 鞆江が別方面、近くの神社の記録を探し始めた。


「『ぶんし』とは?」


 こそっと神倉に尋ねると「神社の神霊を分けて、別の神社にまつること」と簡単に教えてくれた。なるほど。


「でも、俺も武道館を使ったことありますけど、祠なんて見たことない気がするんですが」

「じゃあ、裏とかにあるのかな。まあ、普段目にしないところを探せばいいんだから、探せば見つかるだろ」


 最後に多分、が付かなければかなり信用できた。だが、幸島の言うことは正しい。探すのは大変だが、限られているのだから見つけられるだろう。


「建物の下、とかってことはないんですか」


 ふと思って尋ねた。体育館が作られたときにその祠ができたとは限らない。前からあったものがつぶされた可能性だってあるのでは。


「殺すなら宮の下、ってか。まあ、それだと呪いになっちゃうから、可能性としては低い気がする」


 神倉の発言に、ツッコむべきか、と言うような表情で鞆江が口を開きかけたが、結局何も言わなかった。


「何も見つからなければ、機材借りてくることにして、いったん探してみよう。来宮、鞆江、資料をまとめてくれると助かる」

「わかりました」


 幸島に指示を出されて、来宮と鞆江がうなずいた。この二人は役所で事務仕事。と言うことは。


「俺たちが探しに行くんですね?」

「そういうこと。神倉も、行くぞ」

「はぁい」


 幸島に呼ばれて、神倉がのっそりと立ち上がった。脩も後に続く。これは大変だ。


「効果範囲としては、体育館周辺を出ていないから武道館とかを探す必要はないと思います。あと……低いところ、ですかね」


 鞆江がそんな抽象的なことを言った。幸島が「おう、わかった」と応じたので、脩も突っ込まなかったが、あれは何なのだろう。


「さっきの鞆江さんの言葉、なんだったんですか?」


 予知だ、と言われてももう驚かないと思う。


「ESPの一種らしいぞ。詳しいことはわからんけど、鞆江は勘がいいな。そういうやつは、課内に何人かいるけど」


 答えたのは神倉だった。これは脩にもなじみやすい。やたらと勘のいいひとはいるし、やたらと運の悪い人、と言うのもいる。実例を知っているので、考えが及びやすい、とも言う。


「じゃあ、鞆江さんの言う、低いところを探せばいいんでしょうか。……床下ですかね」


 さっきもそんな会話したな、と思いつつ言うと、幸島が「どうだろうな」と応じる。


「あいつ、『下』とは言わなかっただろ」

「……そうですね」


 低いところ、とはっきり言っていた。そういったニュアンスも読み取れないといけないのか。解釈が結構難しいのでは。

 と言うわけで、自分たちの目線よりも低いところを探した。探す範囲が狭まっていたので、該当すると思われるものはすぐに見つかった。すぐと言っても、一時間くらい探したが。見つけたのは神倉だった。

 電話がかかってきて該当の場所に行くと、すでに幸島も来ていた。


「ほら、ちっちゃい社」


 と神倉が崩壊しかけの社を発見した。大きさは、少し崩れていることを考慮しても脩の胸ほどまでしかない。確かに『低いところ』ではあるのだろう。そして、体育館の裏手だった。茂みに隠れていたので、ざっと探しただけではわからないだろう。


「鞆江さんの勘はすごいですね」

「あいつのは現場に来ないと発揮されないけどな」


 素直に感心した脩に対し、幸島はそういって神倉とともにその社を検分し始めた。見たところで脩にはわからないので、黙って作業を見ていることにする。中にご神体らしき鏡があるのは見えた。

 写真を撮っていた神倉は、ふいにスマホを取り出して電話を掛けた。


「鞆江のやつ、出ない」

「また通訳でも頼まれてるんじゃないか。来宮に聞いてみよう」


 今度は幸島が来宮に電話をかけたようだ。こちらは出たようだ。


「よう、来宮。ちょっと調べてほしいんだけどさ」


 幸島はざっくりと来宮に頼みごとをしたが、脩にはよくわからなかったので、「頼んだぞ」と通話を切った幸島に尋ねた。


「何を頼んだんですか」

「この社、分祀してるんじゃないかと思って」

「分祀……とは」


 先ほども聞いたような気がするが、いまいち理解できていない脩が困惑すると、聞かれることに慣れているのか神倉が答えた。


「分霊、といった方が聞きなじみがあるかな。神社の神霊を分けて、別の神社に祀ること、かな……転じて、それが分けられた神社を分祀、と言うこともある。らしい」

「らしい」


 最後の言葉で急に不安になったのだが。


「詳しいことは佐伯にでも聞いてくれ。元巫女さんだから、詳しいと思うぞ」


 幸島が丸投げした。半月ほどいてわかってきたが、地域生活課の課員たちは、それぞれ得意分野がある。神事に関しては神倉や佐伯が詳しいのだろう。

 十五分ほどで幸島のスマホが鳴った。来宮かららしい。この少しの時間で調べ終えたのだろうか。調査能力が高すぎる気がするのだが。


「うっし、わかったぞ。この総合体育館ができる前に近所の神社から分祀されたそうだ。その経緯についてはまだ調査待ち。いや、あいつらに頼むと、自分でやるより早いねぇ」


 幸島がにこやかに言った。必要な資料を見つけ出すのが早いのだ。あれで来宮にいわゆる『第六感』はないというのだから驚きである。


「とにかく、その神社に行ってみません? どこですか? いや、近所の神社って壬生神社しかないですけど」


 総合体育館から三分ほど歩いた、階段を上がった先が壬生神社だ。ご近所である。よく試合をする選手たちが必勝祈願に行っているが、その神社の御利益は必勝ではなかった気がする。

 鳥居をくぐって神社の境内に入る。手水舎で手を洗い、本殿へ参る。たてられていた看板を読むと、どうやら家内安全、交通安全、などの安全系のご利益があるらしい。学業成就も必勝祈願もなかった。

 一応お参りもしてから、社務所を覗く。神主不在のため、事務の人に話を聞いた。


「分祀、ですか」


 中年のその事務員は、さすがに神社に努めているだけあって分祀を知っていた。そして、半世紀ほど前まではいくらか行っていたということも知っていた。


「探せばどこに分祀したかの記録は出てくると思いますよ。でも、年代もわからないのではちょっと……」


 データとして管理はしていないようだ。昔の資料から探すことになるのだろう。短時間で探すのは難しいだろう。


「そうですね。こちらで何か進展があったら、またお願いするかもしれません」

「ええ。その時はご協力いたします」


 ほっとしたように事務員はうなずいた。一歩引いた形になった幸島は、神社の階段を下りながら「来宮が何か見つけてるといいけど」とつぶやく。自分が現場で、来宮が職場にいるから仕方がないが、丸投げである。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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