【Case:13 占い師】5
周囲の女性陣から一気に反論された幸島はうなだれた。
「そうか……俺ももうおじさんだしな……」
「えっ、幸島さんおいくつ?」
「アラフォーだよ」
「まさかの同世代……」
氷月が衝撃を受けている。そう言う氷月もきれいなアラフォーだ。
とにかく、氷月はおせっかいを発揮して俐玖と芹香の二人を放っておけなかったそうだ。怪しいのはわかっているが、注意しに話しかけたらしい。
「二人ともきれいな子だったし、できる女性オーラが……ぶりっ子女になんて負けてほしくないし……」
「私怨が混ざっている気がする」
「うっ」
俐玖が突っ込むと、氷月が動揺した。どうやら図星らしい。過去にあざと系女子と何かあったのだろうか。
「そ、それより、鞆江さんは大丈夫なの? 音無さんは?」
話を変えるように氷月が尋ねてくる。千草が俐玖を振り返る。
「音無さんの思い人は恋人の花森君よね。鞆江さん、恋人いるの?」
「いませんよ」
「だよな」
俐玖の即答に幸島がうなずいている。俐玖にそんなそぶりはないし、いたら来宮が面倒くさいはずだ、と言う。
「隠してるかもしれません」
「いや、鞆江なら態度に出るはずだ」
氷月のツッコみに、幸島はそう言うが、俐玖は否定できなくて黙り込んだ。職場なら態度に出ないかもしれないが、私生活では出るかもしれない。俐玖の従姉の夫である宗志郎とは私生活でも付き合いがあるので、その場合、高確率でばれる。
「好きな人もいないと思うんですけど」
なので、氷月曰く「ぶりっ子のせいで大変な目に合う俐玖の思い人」が本気でわからない。
「……まあ、わからないなら仕方ないでしょ。音無さんと花森君には言っておいた方がいいかもね。多分、彼女の力は本物だわ」
「えっ」
声を上げたのは氷月だった。濁点のついたような声を上げられ、千草は顔をしかめる。
「それだけの能力があるってことは、それなりの実績があるでしょ。なのに詰めが甘いから他人から恨まれて、詐欺だとか言われるのよ」
「も、申し訳ございません……」
千草の冷静な指摘に氷月が縮こまった。俐玖は幸島を見上げて言う。
「とりあえず、能力の検証でもしてみますか?」
「これ、検証できるのか?」
確かに、難しいかもしれないと思った。予知と違って、占いは解釈の範囲が広い。どうしようか、と思いながら千草に説教されている氷月を眺めた。
役所に戻った俐玖は、市民課から芹香を呼び出した。氷月の言うところのぶりっ子女が、芹香が教えている新人女性職員だと思われたからだ。
「昨日の帰りに会った女の人ね……そう、ぶりっ子。そうね、あざと系女子の方がしっくりくるわ」
芹香が何度もうなずいてそう言うので相当だ。その女性職員を調べていた麻美が「あざと系だけならともかく、マウント女ですね」と自分のスマホを見せてくる。本人のSNSらしい。
「いわゆる裏アカですけど、悪口しか出てきませんねぇ」
「さすがに傷つくわね……」
しょんぼりと芹香が肩を落とす。ここまで落ち込んでいる芹香は珍しい。
「音無さんを悪く言うなんて、よほどの根性悪ですよ。こういうタイプは、自分より美人で人望があってモテる、スペックの高い女が嫌いなんです。嫌いと言うか、そう言う相手より自分が上だ、と証明したんですね。無自覚かもしれませんけど、そう言う態度が言葉に出るんだと思いますよ」
「麻美ちゃん……的確ね……」
芹香が驚いたように麻美を見つめる。麻美はからりと笑う。
「俐玖さんも音無さんも、自分が美人で高スペックだから、逆にわからないんですよね」
「ありがと。私は麻美ちゃんもいい子で可愛いと思ってるけど」
「わあ。ありがとうございます」
芹香も気分が上向いたようでにこにこしている。麻美の席の近くで話しているのだか、麻美の隣の藤咲が微笑ましそうにこちらを見ている。
「話を戻しますけど、だから、彼女が音無さんの彼氏の花森さんに絡むって言うこともあり得ると思うんですよね。花森さん、かっこいいしスペック高いじゃないですか。絡まれると思います」
不和を起こそうとするだろう、と確信ありげに麻美は言う。なるほど、と芹香はうなずく。
「気を付けるわ」
そもそも、芹香の恋人が拓夢だとばれなければいいわけで、芹香はその方向に舵を切るようだ。自分の方針が決まった後、芹香は俐玖を見た。
「でも、俐玖の思い人も大変な目に合うんでしょう? ねえ、好きな人がいるの? 誰?」
これまで俐玖とそう言った会話ができなかっただろうか、芹香が興味津々で尋ねるが、あいにく俐玖は自分のことなのに全く心当たりがない。
高校時代から十年近い付き合いなので、芹香は俐玖の顔を見てそれに気づいたようだ。小首をかしげて「自分の気持ちに気づいていないだけかもしれないけれど」と言う。
「気づいたら教えてね」
麻美が「私も!」と手を挙げる。そう言うことになるかはわからないが、俐玖は「うん」とうなずいた。
拓夢には芹香と俐玖の二人から連絡を入れることにした。出くわさなければ大丈夫。そう思っていた。この時は。
「誰だあの女は。不快に過ぎるぞ」
週が明けて一日たった火曜日。昼前に訪ねてきてそう言ったのは拓夢だった。俐玖は座っていた椅子をそちらに向けて腕を組んだ。
「何の話?」
「芹香のところにいる新人職員の話だよ!」
そう言われて、ああ……と俐玖はうなずいた。ふと麻美の席を見ると、彼女は瀬川とともに鍵に出席していて、不在だった。
「芹香からも連絡がなかった? 今年の新人職員だよ」
「わかってんだよ!」
そう言って拓夢は「はあ」とため息をついて誓うの椅子を勝手に持ってきて座った。彼がやってくることは珍しいことでもないので、もはや誰も反応しない。下野が興味深そうにしているが、彼は去年度まで市民サービス課にいたため、芹香の恋人の存在を知っていた。北夏梅市では市民課と市民サービス課が別部署に分かれているが、掌握業務の境があいまいではある。
「それで、そんなことを言いに来たの?」
「お前……関係ないからって薄情じゃないか?」
「芹香のことは気にしてるよ。拓夢のことまで気にはしない。私が入ると、確実にこじれる」
そう言い切ると、拓夢は「確かに」とうなずいた。落ち着いたようなので話を聞くことにする。
「強制捜査に入った家なんだが……」
ラップ音が鳴り響くらしい。どこかで聞いたような話だが、俐玖は一応最後まで聞いた。
「どこかにその家に合ってはならないものがあるんじゃないかな」
「あってはならないもの?」
それはなんだ? と拓夢が身を乗り出すが、俐玖は少し身を引いて言う。
「まあ、盗んだものとか呪物とか……極端な例だと遺体とか」
調べるのは私の仕事ではないよ、と言う。拓夢も意見を求めに来ているだけなので、そうか、とうなずいただけだ。彼の中で、本題はこれではないようだ。
「で、なんなのあの女」
「蔵前主事補のこと?」
大卒までの新卒一年目職員は、役職が主事補とされる。二年目からと院卒だと、一年目から主事だ。だから、院卒の脩は去年から主事だった。件の蔵前は大卒なのだ。
「自分のこと『くらら』とか言ってたが」
顔をしかめると、拓夢の顔はより強面だ。俐玖はひとまず「顔怖いよ」と言っておく。
「名乗られなかった? 蔵前くららさんだよ」
「確かに聞いたが」
本名が鞆江ヘンリエッテ俐玖である俐玖は、あまり人の名前をキラキラネームだな、とか痛いな、とか言わないようにしているが、蔵前くららと言う名前は、親はどういう心境でつけたのだろうと思う。日本では結婚すると女性が名字を変える場合が多いとはいえ、「くらまえ くらら」とはどういう心境でつけたのだろう。どちらもあり得ない名前でないだけに、ちょっと不思議だ。
蔵前は芹香を精神的に追い込みつつある新人職員である。市民課の担当課長補佐が気にかけてくれているので今のところ何とかなっているようだが、おじさん受けのいいらしい蔵前はついに拓夢が芹香の恋人だと察したらしいと俐玖も気づいた。
「何? 芹香の恋人ですって名乗った?」
「まさか。わざわざ言うわけねーだろ」
そりゃそうだ。自然にいちゃつくとは言え、拓夢も芹香も仕事はしっかりとこなすタイプだ。余計なことは言わないだろう。
なら、どこかから情報を入手したのだろうか。氷月も言っていた。調べれば、意外とわかる、と。
「詳しくは前に言った通りなんだけど」
先週末に拓夢には俐玖と芹香の二人から忠告がいっている。それもあって、拓夢はわざわざ自分から突撃したりしなかったはずだ。拓夢によると、市民課にも近づいていないと言う。ロビーで遭遇したそうだ。
「……まあ、芹香は君に話してくれるなと言ったからね。私も詳しくは知らないし……」
「お前、そう言うやつだよな」
拓夢がため息をついた。どちらかと言うと内向的な俐玖は、わざわざこういうことに首を突っ込んだりしない。しないのだが。
「まあ、気にかけはするよ。どうやら、私も彼女の癇に障ったらしいからね」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
俐玖も巻き込まれていますが、性格上、あまりそんなかんじはしません。




