【Case:13 占い師】4
「芹香、家に帰るなら送っていくけど」
「俐玖のうちに泊まるぅ」
会計中に首に抱き着かれて、店員や周囲の客にちょっと変な目で見られていたが、気にしたら負けだと思うことにする。この状態の芹香を連れての夜の女性だけの二人歩きはさすがに怖いので、少し歩いてタクシーを拾うことにする。
「お嬢さん。そこのお嬢さんお二人」
芹香と手をつないで歩いていると、そんな声が聞こえたが、明らかに怪しいので無視する。すると、「ちょっとちょっと! 怪しいものじゃありませんよ!」と肩をつかまれた。剣呑ににらむと、声をかけてきた相手がひるんだ。俐玖が真顔だと怖いと言われるのだ。
「って、待ってくださいね。私はちょっと気になったので声をかけさせていただいたんですけども」
俐玖たちより十歳ばかり年上だろうか。三十代後半ほどに見える女性で、占い師っぽい恰好をしている。
「そう。ありがとう。余計なお世話だよ」
「そうじゃなくってですね!」
振り捨てたつもりだったが、やたらと必死についてくる。小柄な女性で、実際に占い師らしい。駅前で占いの館なる店舗を構えていて、それなりに人気があるらしい。
「占い師の知り合いならいるよ。お世話様」
「クール! 待って待って! お二人とも、これから思い人が大変な目に合うわよ。新人のぶりっ子女に気を付けるのよ!」
「はい?」
よくわからないことを言われた気がする。つまり、拓夢が大変な目に合うのだろうか。漠然としすぎていてよくわからない。占い師は名刺を俐玖に押し付けた。
「それだけよ。お邪魔しました!」
たっと女性が身をひるがえしていく。怪しすぎる。俐玖は手元に残った名刺を見た。芹香も俐玖の方に頭を乗せて名刺をのぞき込む。
「うわぁ。絶対に偽名よね?」
「……」
本名がヘンリエッテである俐玖には何とも言えないが、その名刺には「占い師 氷月ルナ」と書かれていた。
翌日、芹香はいつも通り俐玖の服を着て出勤していったので、装いがいつもよりシンプルである。
「私もできる女っぽく!」
と言ってスラックスを履いてみたが、芹香に俐玖のスラックスは大きすぎた。股下が長すぎるし、ウエストも緩い。俐玖と芹香の双方にダメージを与えたので、結局彼女はフレアスカートを履いて行った。
「幸島さん、通報なんですけど」
「警察に電話してもらえ」
麻美の訴えに幸島はさらりとそう言うが、いつものことなので麻美はそのまま続けた。
「なんか、駅前の占い師が似非占い師で、不安をあおって相手を陥れる詐欺師なんですって」
「余計に警察に通報しろよ」
そう言いながらも幸島は立ち上がって麻美の後ろに回り込んだ。俐玖の後ろに座っている脩が椅子を動かして俐玖に尋ねた。
「霊感商法ってことか?」
「物品を売ってるわけじゃないんじゃないの?」
「ああ、それもそうか」
そうしている間に本物の占い師である千草も麻美の後ろに立った。どうやら、問い合わせフォームに来た訴えらしい。
「駅前の……占いの館?」
「いくつかそう言う人が入ってるテナントですよね」
幸島が千草に尋ねた。そうね、と彼女のうなずく。
「氷月ルナって……偽名でしょ? 本名は?」
「書いてませんね……調べてみます」
麻美がそう言って検索をかける。聞き流していた俐玖は「ん?」と思って鞄の中を漁った。
「俐玖、どうした?」
脩に声を掛けられつつ、俐玖は鞄のポケットから名刺を取り出した。氷月ルナと書いてある。
「千草さん、今、氷月ルナと言いました?」
「言ったわ。知ってるの?」
「昨日、名刺をもらったんですけど」
机を回り込んで千草に差し出すと、「住所も一致しているわね」と受け取った名刺を眺める。
「昨日受け取ったの?」
「芹香と夕食を取った後に。駅前の通りに向かっていて」
「お前ら二人で? 去年騒ぎがあったのに懲りてねぇの?」
呆れたように言う幸島には「すぐにタクシーを拾いました」と訴えておく。俐玖だって忘れているわけではない。
「ひとまず、二人とも無事だったのだから良しとしましょ。幸島、鞆江さん、準備しなさい。行くわよ」
珍しく千草がやる気だ。汐見課長も驚いたようで「千草さんが行くの?」と目をしばたたかせている。ちなみに、汐見課長はたまった決裁を確認している。
「課長は今日中に処理終わらせてくださいよ」
「わかってるよ……」
瀬川に容赦なく言われて汐見課長も心なしかしょんぼりしている。俐玖は外出用の鞄とタブレットを持って千草と幸島についていった。
駅前の占いの館なる建物は、いわゆるオフィスビルである。と言っても小さな三階建てのビルで、その中に占い師がひしめき合っているわけだ。正確には占い師だけではないのだが、とにかく、その二回に氷月ルナの店はあった。ひねりもなく氷月ルナの占いの部屋、と書いてある。俐玖と幸島は思わず目を見合わせたが、千草はためらいなく店に入っていった。
「ごめんください」
小さな店だ。奥の仕切りからすぐに女性が姿を現した。昨日の夜、名刺を押し付けていった女性と同一人物である。
「はーい……あら?」
女性はまず千草に目を止めて驚いた表情になり、俐玖を見ると余計に訳が分からないというような表情になった。
「ええと……法には触れていないはずです」
「心配するのはそこでいいのね?」
千草はそう言うと、身分証として市役所のIDを見せた。
「北夏梅市役所の者です。氷月ルナさんですね」
「そうですけど……あ、どうも」
千草が差し出した名刺を受け取る。対応が占い師っぽくなく、普通の人に見えるから違和感がすごい。先入観のせいだろうか。
「私たち、地域生活課の者なんですが、ホームページに氷月ルナと言う占い師が詐欺まがいのことをしているという通報がありまして」
「ど、どこまで詐欺まがいなんでしょうか!」
「……」
さすがに反応に困った千草がこちらを向いた。いや、見られても俐玖たちにもわからない。
「……まあ、私たちも本当に詐欺をしているとは思っていないわ。相手を恐怖に陥れて不安をあおっている、なんて言ってるけど、言い方が同業者だと思わない?」
「ああ、同業者の恨みを買っているのならわかります」
「もう少しうまく立ち回りなさい」
「すみません……」
占い師同士の会話に、幸島が「あのー」と声をかける。
「お二人は知り合いってわけではないんですよね?」
「ない」
異口同音に二人は言った。そこで、やっと自己紹介である。
「あ、私は山田裕子です。氷月ルナと言う名前で占いをしています」
めっちゃ普通の名前だった。ありがたみがなさそうなので、偽名を名乗ってしまう気分もわかるが、偽名は痛い。
「ご丁寧にどうも。北夏梅市役所地域生活課の千草美穂子です」
「同じく、幸島千紘です」
「鞆江俐玖です」
俐玖が名乗ると、氷月ルナはいぶかし気に俐玖を眺めた。俐玖も首をかしげる。
「鞆江……ヘンリエッテ・カヴァナーではなく?」
おおっと。ドイツや留学先のイングランドで使っていた通称が出てきて、俐玖はむしろ驚いた。
「本名は鞆江ヘンリエッテ俐玖です。カヴァナーは母の旧姓です」
当然だが外国だと日本名ではなく横文字の名の方がなじみ深い。しかも、短縮形や通称が通りやすいこともあり、俐玖は本名と母の旧姓を合わせて使っていた。公的に認められる場合もあり、俐玖の論文はヘンリエッテ・カヴァナーとして出されている。
「ぐ……! 珍しいパターン!」
悔し気に氷月が言うが、意味が分からない。俐玖が首をかしげていると、幸島が「お前は名前が多いよな」と肩をすくめた。
「SNSで検索をかければ出てくると言うことね」
すっかり居座る態勢で千草が言った。俐玖は首を左右に振る。
「それでは、初めから名前がわからなければ調べようがないはずです」
愛称でも名前が知られれば、ネット上で調べることができる世の中だ。だから、身元が割れていても不思議ではない。だが、その前に俐玖は氷月と面識がないはずだ。知り合いの知り合いにでも話を聞いたのだろうか。
「最近は顔認証なるものがあるんですよ」
氷月がむすっとした顔で言った。思わずなるほど、となったが。
「ですが、やっぱり私は認証できないと思います」
写真などからその人に近い人を探し出すアプリだが、さすがに全国民を網羅しているわけではない。せいぜい、似ている芸能人などを調べて楽しむくらいのものだ。
「鞆江さんじゃなくて、もう一人の方ですよ。音無芹香さんでしょ」
俐玖は内心たじろいだが、表情には出なかった。もちろん氷月は、芹香とも面識がないだろう。
「大学生のころ、読モしてたことあるでしょ。そこから調べてきたの」
俐玖は高校時代から芹香と仲がいいから、芋づる式に調べ上げられたようだ。ただし、俐玖のことは論文から検索をかけたために、ヘンリエッテ・カヴァナーとして認識されていたらしい。
「千草さん。拓夢に電話していいですか。詐欺罪ではなくプライバシーの侵害で事情聴取してもらいましょう」
「待って待って! やめて!」
氷月がスマホを取り出した俐玖を止めようと手を伸ばしてくるが、俐玖はひょいとそれをよけた。彼女は俐玖を調べるなら、狙撃手として調べるべきだった。そちらなら鞆江俐玖の名で載っていたはずだ。妙なところで詰めが甘い。
「鞆江さん、やめなさい。気持ちはわかるけど、脅迫したわけでも本当に詐欺を行ったわけでもないんだから、あなたが花森君に笑われるだけよ」
冷静な千草の言葉に、確かにその通りだな、と思った。ネットを使って調べまくっているとはいえ、氷月は法を犯したわけではなく、その情報を使って誰かを脅したわけでもない。すれすれとはいえ、一応合法なのだ。調べた情報を使って、人にちょっと助言をしているだけ、と千草は言う。
「大体の占い師なんてそんなもんよ」
ホット・リーディングと言うやつだ。超能力研究の一環で調べたことがあるので、俐玖も多少の知識はあった。氷月がうんうん頷いている。つまり千草は、最初から氷月が詐欺を行ったなどと思っていなかったのだ。
まあ、おかしくはある。詐欺などを訴えるなら、市役所ではなく警察に言うべきだ。警察に言っても動いてもらえなかったから市役所に言った、と言う可能性もあるが、その手の情報が警察に入ると、地域生活課にも一報があるはずだ。それがないということは、訴えたものはまっすぐに市役所に訴えてきたことになる。
「それにしてもあなた、そんな調子でよく占い師なんでできるわね」
呆れたように言う千草が、氷月の性格のことを言っているのだ、とすぐにわかった。幸島も「全体的に詰めが甘いし、話すのが苦手だろ」とうなずいている。会って三十分もかからずにわかるくらいには、氷月は抜けている。
「いや……そうなんですけど、天職とは言わないけど、能力的には向いてると思うんです。その、見たらわかるんですよ」
氷月の口調からコールド・リーディングとも少し違うような気がした。本当に見たらわかるのかもしれない。それなら、俐玖たちに突然声をかけてきたことの説明もつくのだ。
「わかると言うのは? その人の悩みとかがわかる、と言うこと?」
「そう言うのではなくて、その人の結びつきがわかると言うか……」
またあいまいなことを言われたが、千草が聞きだしたところによると、氷月は相手の顔と名前などから、結びついているものがわかるのだそうだ。そんなに強力な力ではないから、あ、この結びつきは強固だな、とか、よくないものだな、とか、そう言ったレベルのことしかわからないそうだ。
ただ、名前と顔が一致したり、結びついている対象者同士が側にいたりすると、もう少しはっきりしたことがわかるそうだ。
昨日は、駅前を歩いている俐玖と芹香の二人ともに『よくないもの』が結びついている気がしたので、持っていたスマホであらゆる検索をかけて芹香を調べ上げ、ついでに俐玖のことも調べた。ヘンリエッテとして。だが、俐玖はこちらも自分の名だと認識しているので、あまり問題はなかったようだ。俐玖自身も、自分がヘンリエッテとして検索に引っかかっても不思議ではない。
顔と名前が一致すれば、よりよく『視える』という。俐玖たちも氷月の言葉をまるっきり信じているわけではないが、ありえなくはないと思っている。これも霊視能力の一種だ。
話を戻し、氷月は夕食を終えて帰ろうとしている俐玖と芹香を見つけた。二人の名前、まあ俐玖は通称だったが、名前がわかっていたために先ほどよりもはっきりとよくないつながりが見えた。特に、芹香がすでにからめとられているように見える。つながりの先に見えたのは、二十歳そこそこの女性。時期的に職場の新人だと思ったそうだ。見た目が明らかにぶりっ子だったという。
「それ、見てわかるもんか?」
偏見じゃねぇの、とツッコんだのはこの場で唯一の男性である幸島だ。すんなり溶け込んでいるので忘れていた。
「案外、見ればわかるものよ」
「私も見ればわかると思う。ぶりっ子って死語だと思うんだけど」
「え、じゃあ最近はなんていうの?」
「あざと系女子」
「な、なるほど……」
正確にはぶりっ子とあざと系の定義が違うのかもしれないが、俐玖はほぼ同じ意味で認識している。ぶりっ子よりはあざとい方が心証はいいかもしれない。
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