【Case:12 呪詛】2
他愛ないおしゃべりをしているうちにシチューができた。芹香が泊まっていくことが多いので、彼女用の食器もある。一人暮らしの家にさすがにイスとテーブルはないので、ローテーブルにできたシチューやサラダを並べて、二人で食べ始める。そろそろ、二人掛けの椅子とテーブルを買うべきだろうか。
バラエティ番組を見ながらご飯を食べる。遅くなければお酒も入れるところだが、まあまあいい時間なのでやめておく。
「私が洗い物しておくわよ。先にお風呂入って……あ、一緒に入る?」
「狭いよ」
芹香の言葉に甘えて風呂に入ることにした。アパートの風呂なので、狭いに決まっている。芯から冷えるほどの寒さだったので、湯船につかってちゃんと温まった。
「あ、おかえり~。上がったところ悪いけど、俐玖、寝巻貸して」
「はいはい」
突発的なお泊りなので、明日は服も借りていくだろうな、と思った。身長差はあるが、そんなに体格差があるわけではないので着れるのだ。こんな感じで、たまに俐玖と芹香の服が入れ替わっていることもある。
軽く明日の準備をしてから、窓の外を眺めてみる。
「うわ」
かなりの白銀の世界だ。ドイツにいたころも雪が降ったものだが、日本の雪とはまた様相が違う。明日は歩くのも大変そうだ。
天気予報を見ていると、芹香が上がってきた。可愛い女性の湯上り姿は色っぽい。
「お湯ありがと」
「どういたしまして。布団敷く?」
「えー。一緒に寝ましょうよ。出し入れも面倒くさいし!」
それはわかる。当然だが、シングルベッドに二人で入ると狭いが、二人ともやせた女性なのでくっつけば何とか収まる。ここぞとばかりに芹香がしがみついてきた。
「女の子はいいわよねぇ。柔らかいしいいにおいがする」
「芹香」
ぐりぐりと胸元に額を押し付けられて、妙な気分になる。芹香はスキンシップが多い方だが、まさか胸に顔を突っ込まれるとは思わなかった。
「今度、ウィンタースポーツに行きましょうね……」
眠そうな声でそう言って、俐玖の返事も聞かずに芹香は眠った。まあ、もう真夜中だ。俐玖も目を閉じる。確かに、腕の中は柔らかくていいにおいがした。
朝、スマホのアラームで目が覚める。俐玖は手を伸ばしてサイドテーブルに置いたスマホのアラームを止めた。
「……朝?」
「朝」
寝ぼけた芹香に応えると、芹香は俐玖を見た。それから「俐玖だぁ」と笑みを浮かべるとぎゅっとしがみついてきた。俐玖もついでに、とばかりに芹香を抱きしめる。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。今日もお仕事だ。
「六時かぁ。近いから八時に出れば余裕ね」
俐玖の住んでいるアパートは通常で市役所まで徒歩十分だ。多少余裕を持ったとしても、八時に出れば八時半の始業に間に合うだろう。
「ひとまず私は外の様子を見てくる」
必要なら雪かきしてくる。そう言うと、芹香は「私は朝ごはん作ってるわ」と言った。二人いると、役割分担ができてよい。
エントランスを出たところを、他の数人の住人と雪かきして、通りへ出る道を確保してから俐玖は部屋に戻る。
「あ、おかえり。朝ごはんと、お弁当作っておいたわ」
いい笑顔で芹香が言った。彼女と結婚するであろう拓夢は幸せだと思う。
「ありがと。お茶入れるねー」
「お願いしまーす」
俐玖がドイツ生まれだろうが、朝食は和洋どちらも食べる。そして、今日は米を炊いたので和食だ。しかも芹香が作ったのでちゃんと和朝食の様相をしている。
「外、どう?」
「雪は止んでる」
「うん。テレビでも、今日は一日晴れだって言ってるものね」
昨日のあの大雪は何だったのだろうか。
「溶けて雪崩とか起きないといいけどねぇ」
のんびりと話をしながら朝食を取り、身支度を整える。と言っても、俐玖も芹香もそれほど手を入れる方ではない。芹香の方が多少化粧に凝る程度の差だ。
「俐玖、眼鏡曇らない?」
「曇る」
曇りにくいレンズを入れているが、この時期はどうしても曇る。
「眼鏡外しなよ。見えるんでしょ」
俐玖はそこまで近眼ではないし、見えなくてもコンタクトをつければいい。
「めんどくさい」
「うーん、何をめんどくさいとするかによるわね」
まじめ腐って芹香が言った。ともあれ、そろそろ出発しなければ。コートを着込んで芹香の作ったお弁当を持つ。
「ありがとう。拓夢は幸せ者だと思う」
「急にどうしたの?」
笑って芹香が言った。お弁当のことだとわかっているので、玄関を出てロックをかけたところで芹香が要望を言った。
「今度は俐玖の作ったサンドイッチが食べたいわね」
「わかった。今度、お昼にもってくるよ」
「やったぁ」
手を挙げて喜ぶ芹香は可愛い。
雪がやんで晴れていて、除雪もしてあるとはいえ、雪が降った後の道は歩きにくい。気温自体は低いので、地面も凍っている。俐玖も芹香も体幹がしっかりしている方だが、何度か滑った。
「転ぶときは一緒よ!」
「余計に危なくない?」
どうしても巻き込もうとする芹香と二人で転んだ時の危険度を突っ込む俐玖。いつもの倍ほどの時間をかけて市役所に到着した。中で分かれて地域生活課の自分の席に着くかつかないかの間に、内線電話がかかってきた。
「はい、地域生活課、鞆江です」
『おはよう鞆江さん。子育て支援課の小柳です』
小柳は俐玖より一つ年下、脩と同学年になるが、俐玖と同期だ。いつぞや一緒に婚活イベントに参加した仲でもある。その時に仲良くなった男性とは、お付き合いが続いているらしい。
『ねえ、これから子育て世帯の訪問に行くんだけど、一緒に来てくれない?』
小柳は保健師ではないが、保健師の家庭訪問に同行することがある。さらに俐玖に同行しろと言う意味が分からない。
「なんで私? 課が違うでしょ」
『外国人の子育て世帯なのよ』
小柳によると、スマホの翻訳アプリなどがあっても細かいニュアンスは伝わらないし、やはり話せる人がいるとしゃべることが変わってくるらしい。その主張は理解できる。
「課長に確認して、折り返すわ」
『お願い~!』
電話の向こうで拝んでいるのがありありとわかる。俐玖は受話器を置くと、汐見課長に確認しに行った。
「かまわないよ」
気を付けてね、と汐見課長はにこやかに送り出してくれた。あまり行きたくなかった俐玖は、始業のチャイムを聞きながら隣の席の幸島に「行ってきます」と言った。
「おう。っていうか、どこまで?」
「さあ……?」
そう遠くまではいかないと思うが。たぶん。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
俐玖を書くときは、あ、こいつちょっとずれてんな、ってなる。




