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【Case:11 初詣】4










「すみません、お邪魔して……」

「いいのよ。脩も梢もお世話になってるし」

「いえ、脩にはむしろ、私がお世話になっているのですけど」


 真面目に俐玖がそう言うので、梢が笑った。俐玖の手を引っ張る。


「俐玖さん、わからないところがあるから、教えてほしいな」

「ええっと、私、葵さんのお手伝いした方がいいと思うんだけど」

「いいえぇ。息子たちを使うから、俐玖さん、梢を見ててあげて」


 ちなみに、葵と言うのは母の名だ。梢が遠慮なく俐玖を連れて二階に上がっていく。脩は「手伝うよ」と母の隣に立った。


「真由美さんが脩や透のことでいろいろ言っていったけど、脩は俐玖さんとデートを楽しんでたのねぇ」


 少し嫌味っぽく言われて脩は「たまたま会っただけだ」と肩をすくめる。母も「冗談よ」と笑った。


「あ、兄さん、こっちにいたんだ」


 透がキッチンに入ってきた。手伝うつもりのようで、皿を出しにかかる。


「透、六人分ね。俐玖さんも食べていくから」

「……ほんとに兄さん、俐玖さんと付き合うようになったの?」

「梢が誘ったんだよ」


 俐玖がつられたのは脩にではなく、梢にだ。母はからからと笑った。


「ま、あなたたちはもう少し私の息子でいなさいな」


 冗談っぽく母は言った。母は子供たちが結婚すると言ったら祝福してくれるタイプだし、父はそんな母に尻に敷かれているので脩も弟妹達もそういう心配はしていないのだが、だからこそ叔母にあれこれ言われるのは堪えるのかもしれない。


「もう夕飯にするから、脩、梢と俐玖さん呼んできてちょうだい」

「わかった」


 脩は二人に声をかけに行く。梢の部屋から、二人の英語での会話が聞こえた。なめらかな発音の方が俐玖だろう。ノックをする。


「はぁい」


 梢の返事があったので、ドアを開けずに「夕飯の時間だぞ」と声をかける。


「わかったー。ちょっと待って」


 少ししてから梢と俐玖が部屋から出てくる。梢はもちろん、コートを脱いだ俐玖もセーター姿で、割と身軽な恰好をしている。準備もせずそのまま家から出てきたような格好だ。そう言えば、化粧もしていない。


「俐玖さん、こっちね」


 キッチンに入った梢が、俐玖を端の席に座らせて、自分はその隣に座った。さらにその隣は母が座る。脩は空気を読んで俐玖の向かい側に座る。脩の隣に透、父と並んだ。

 俐玖が恐縮する中、夕食だ。普通の料理も並んでいるが、おせち料理が目を引く。まあ、まだ正月二日だから。


「うち、おせちは手作りなのよ。食べられるものだけでいいからね」

「ありがとうございます」


 母が俐玖に向かって言った。最近では、おせちを手作りしている家は珍しいと思う。


「俐玖さんちは手作りじゃないの? っていうか、おせちって存在してる?」

「質問の趣旨がよくわからないけど、デパートで買ってきてるよ」


 おせちは存在していた。俐玖はドイツ生まれドイツ育ちだが、少なくとも父親が純粋な日本人のはずなので、存在していてもおかしくない。


「ドイツでは新年ってどういう過ごし方をするんだ?」

「あっ、私も気になる」


 脩が質問をすると、梢だけではなく脩の家族は全員興味津々だ。父も耳を傾けている。


「これと言った決まりはないけど、うちではチーズフォンデュを食べたりしたなぁ。大人はワインを飲んだりとか。友人や恋人と過ごすことが多いみたいだけど、ドイツにいたころ、私はまだ子供だったから」


 家族で過ごしていた、と言うことらしい。クリスマスは家族と過ごす、と言うので、日本とは逆だ。


「なかなか興味深いな」

「そうですね。あ、煮豆、おいしいです」

「あら、よかったわ」


 母が微笑む。感想を述べたがスルーされた父はちょっとしょんぼりしている。人見知りの俐玖が無難に受け流そうとした結果なのを察している脩は思わず笑った。


「そう言えば、麻美さんからお兄ちゃんが俐玖さんをお姫様抱っこしてる写真、もらったんだけど」


 せき込んだのは脩や俐玖ではなく、父だった。透が「父さん」と苦笑して背中をさすっている。


「ああ、そんなこともあったね」

「え、めっちゃ何でもないような反応された!」

「なんでもなくはないけど。される方は結構怖いんだよ」

「俐玖さん、相変わらずずれてるね」


 本当にずれてる。梢の言葉に、脩はドキッとしたのに。俐玖は「どの辺が?」と首をかしげて本気でわかっていない。ふと、男性陣の視線が脩に向いていることに気づいてびくっとした。視線が生ぬるい。


「兄さん、びっくりするくらい意識されてないね」

「まあ、頑張りなさい」

「……」


 なんか脩が振られたみたいになってる。ここで否定すると面倒くさいので、笑って濁しておくことにした。


「ていうか、俐玖さん、実家は織部町だって言ってなかった? 買い物にでも来てたの?」

「うーん、面倒くさい親戚から逃げてきたのが正しいかなぁ」

「お兄ちゃんと一緒じゃん! お兄ちゃん、二人ともいないから、私がいろいろ言われたんだからね」

「ごめん」

「お疲れ様」


 兄二人が妹をねぎらうと、梢はむくれた。


「ほら、ひどいと思わない?」

「私も逃げた方だから何とも言えないね」

「ま、確かに私だって、勉強があるからって逃げたけど」


 それでも、結構長く捕まってぐちぐちと言われたそうだ。梢には気の毒なことをした。


「すまんな。真由美は若いうちに会社の跡取りと結婚したからな……」

「勝ち組だと思ってるのね」


 父の言葉に梢が鼻で笑った。当然のごとくいとこもいるが、確かに脩たちとそりは合わない。


「ごめんなさいねぇ、俐玖さん。梢ったらずっと怒ってて」


 一番いろいろ言われただろう母はけろりとした様子で俐玖に謝った。俐玖は「いえ」と首を左右に振る。


「どこにでも同じような人はいるんだなって」

「俐玖さんのとこも?」


 少し俐玖の方へ身を乗り出し、梢が尋ねた。うん、と俐玖はうなずく。


「私の方は国際結婚だからってのもあると思うけどね」

「あ、やっぱり俐玖さんのお母さんって日本国籍じゃないんだ」

「だねぇ。母こそヨーロッパ生まれのヨーロッパ育ちだよ」

「ざっくりしてる!」


 確かにざっくりしている。脩は俐玖の母親の話をいくらか聞いたことがあるが、国境を越えて移動しているのでざっくりしているようになるのはわかる。


「ていうか、俐玖さんもドイツ生まれだって言ってなかった? そしたら、ドイツ国籍なんじゃないの?」

「私がドイツ国籍だったことはないよ。日本国籍の両親から生まれたから、私は日本国籍。ドイツは日本と同じ、血統主義だからね」

「……俐玖さん、法学部だっけ」

「文学部だよ」


 梢と俐玖の会話に母と透がくすくす笑っている。脩は父と顔を見合わせた。ツッコみを入れたものかわからない。


 結局、梢と俐玖がひたすらおしゃべりしていた。たまに、梢は同性の年の近いきょうだいが欲しいのかな、と思ったりもする。俐玖と梢は七歳差だが、そもそも脩が梢と七歳差である。


「長らくお邪魔しました。あと、ごちそうさまでした。おいしかったです」

「こちらこそ。お口にあってよかったわ。また来てね」


 母が笑顔で手を振る。脩は先に玄関を開けて脩の両親に向かって頭を下げる俐玖に向かって「行こう」と声をかけた。車で送っていくつもりなのだ。


「待って、私も一緒に行く!」


 梢がコートを着て階段を駆け下りてくる。やや古風ではあるが、恋人関係にない未婚の男女が車に同乗するのだ。もう一人第三者が乗り込むのは不自然ではない。


「お願いします。……ごちそうになったうえに、送ってもらっちゃって」


 後部座席で俐玖が肩をすくめた。脩は「最初から送るつもりだったからな」と苦笑する。


「むしろ、母と妹がすまん」

「何よぉ」


 俐玖を引き留めた梢は頬を膨らませる。俐玖は面白そうに笑った。


「仲いいよね」

「悪くはないな」

「お兄ちゃん、うっとおしいこともあるけどね」

「うっとおしい……」


 結構グサッと来た。後ろで女子二人は笑い転げている。


「あ、脩、二つ先の信号右にお願い」

「急に真面目に戻ったな」


 そう言いながらも脩は右折車線に入る。俐玖の実家のある織部町は北夏梅市の隣なので、車で行けばそんなに遠くない。


「そうだ。梢、これ」

「えっ、口紅?」


 俐玖が梢に何かを手渡した。バックミラー越しに見るが、運転中なので凝視できず、どうやら俐玖が福袋で入手した化粧品を渡したらしいことがかろうじて分かった。


「お年玉じゃないけど、あげる」

「え、え! でもこれ、高いやつだよ!」

「高いって言っても、正規価格で一万円もしないでしょ」

「十分高いよ!」


 ここら辺は高校生と社会人の金銭感覚の違いである。尤も、俐玖も普段はそれほど高級品を使う方ではないらしい。


「でも、色が私にあんまり似合わなくてね」

「コーラルピンクかぁ。確かに俐玖さん、濃い色の方が似合いそうだけど」


 梢の声がでもいいのだろうか、と戸惑っているのがわかる。普段自分では絶対に買わない価格帯の化粧品だから当然だ。


「もらってもいいんじゃないか。合格祝いの先払いだ」

「あ、そうだね。それだ」

「まだ試験も受けてないんだけど……」


 そう言いながらも、梢は「じゃあ」と言って口紅を受け取ることにしたようだ。


「俐玖さん、ありがとう。絶対合格するからね」

「うん。がんばれ」


 俐玖にそこを曲がれ、近くのコンビニに降ろしてくれればいい、いや、そうはいかない、と言うようなやり取りをしつつ、俐玖の家の近くに車を停止させ、ハザードランプを付けた。


「脩、ありがとう。梢も」

「いや、こちらこそ」

「私、いっぱいお世話になってるからなぁ」


 梢が笑って言うが、俐玖が「私が脩にお世話になっているから、つり合いがとれているかもね」と答えた。確かに、俐玖が困っていたら、フォローに入ってしまう自覚はある。


「じゃあね。脩はまた職場で」

「ああ」

「ばいばーい。おやすみなさい!」

「はい、おやすみなさい」


 俐玖が手を振って車から離れ、二軒ほど先の家に入った。門がある、しかし、普通の一軒家だ。


「あ、案外普通のおうち。洋館みたいなところに住んでるかと思ってた」

「ドイツ生まれだもんな」


 だが、父親が純粋な日本人だと言うことなので、そんなものだろう。外国人が日本家屋に住んでいることだってあるわけだし。


「帰るぞ」

「うん……あ、コンビニでアイス買っていこ」

「こんなに寒いのに?」


 ツッコみを入れると、梢に「こたつに入って食べるアイスがいいんじゃない」というが、うちにこたつはない。









 正月休み明け、脩は職場で朝から俐玖と顔を突き合わせていた。


「あ、これじゃないか」

「あ、それっぽい。あの子は買い物に行けなかったのね……」

「俐玖が一緒に買い物に行ったから、それでよかったんじゃないか」

「そう言うことにしておきましょう」


 ショッピングモールで出会った女の子のことを調べていたのだ。名前もわからないのでヒットするか微妙だったが、脩がネットから拾ってきた。去年の年明け、九歳の女の子がこの付近で交通事故にあってなくなっている。この子は当時、父親と二人で暮らしていて、年明けすぐに入院していた母親と弟が退院してくる予定だった、となっていた。


「お前ら、仲いいな。正月も一緒だったの?」

「たまたま会ったんですよ」


 向かい側の神倉に尋ねられ、脩がそう答えた。俐玖も「びっくりしました」とうなずいているので、神倉も納得したようだ。


「おかげで怪異に巻き込んだ気がしますけど」

「お前ら、正月にも仕事してたの?」

「成り行きで」


 俐玖の言うように、おそらく、脩一人なら神主の幽霊にも、女の子の幽霊にも出会わなかっただろう。脩は比較的見える人だが、そう言った人ならざるものが寄ってこない。


「鞆江、向坂、一応報告書あげとけよ」


 幸島が少し離れたところから声をかけてくる。脩と俐玖はそろって「はーい」と返事をした。


「じゃあ、私はショッピングモールの方書くよ」

「了解。俺は神社の方だな」


 サクッと分担を決めて、二人は報告書の作成に取り掛かった。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


1話がだんだん長くなる不思議。

この章はこれで終わりです。次からは俐玖視点の予定ですね。


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