【Case:11 初詣】3
ここで時間を確認すると、まだ二時半だった。多分、まだ叔母は居座っている。
「俐玖、まだ時間あるか? あるなら初売りでも見に行かないか?」
今日は二日なので、初売りをしているデパートが昨日より多いはずだ。見ているだけでも結構楽しいはずだ。
「ん、大丈夫」
スマホを確認した俐玖はそう言って脩と一緒に行く意思を示した。駅前のショッピングモールに入った。
「うわ、すごい人」
俐玖が少し驚いたように言う。彼女も脩も背が高い方なので、なんとか埋もれずに済んでいるが、結構圧迫感がある。
「三が日って、出かけない?」
「うーん、そんなことないけど。でも、日本に来てからは、初詣に行くくらいかなぁ」
そもそも、織部町はそんなに大きな町ではないので、正月に出かけてもそんなに人がいないらしい。多分、みんな北夏梅市などの近隣の大きな市町に出かけているのだろう。
「そんなものか……そう言えば、恵那さんは帰ってきてないのか?」
母方の日本の親戚の家にあいさつに行った、と俐玖は言っていたが、ご両親だけでいったような口ぶりだったので、恵那は帰ってきていないのだろうか。
「帰ってきてないね。恋人の実家に行ってるんだって」
「なるほど」
「脩の家は全員揃ってるの?」
「ああ。透は友達と初詣に行ったし、梢は勉強してる」
「受験生だもんね」
話をしながら店を見て回る。セールをしている店が多いし、俐玖は福袋を買ってみたいらしい。
「服とかか?」
「服か……化粧品もいいかも」
最近はいろんな福袋があるので、好きなものを買えばいいと思う。
「アクセサリーなんかは?」
「……うーん」
反応が薄い。身に着けるものは自分で選びたい派なのだろうか。結局、彼女は化粧品の福袋を買った。
「少し休憩するか」
「そうだね」
さすがに歩き回りすぎて少し疲れてきた。フードコートの方に向かっていると、隅で泣いている女の子が目に入った。十歳にもならない女の子が泣いているのに、だれも見向きもしなかった。
「……今日は多いな」
「正月だから、見えやすくなってるとか?」
幽霊の少女だった。俐玖が言うことが正しいかはわからないが、今日は見えやすい気がする。
「それか、先に神社のおじいさんを見てるから、私たちが知覚しやすくなっているのかも」
「ああ、その方が納得できる」
後から出てきた俐玖の意見に納得し、脩はうなずいた。見つけてしまったので話しかける。いないはずの女の子に声をかけるので、脩がさりげなく体で俐玖を隠した。
「どうしたの? お父さんかお母さんは?」
俐玖が小声で女の子に声をかける。話しかけられた女の子は、女性の声だったからか顔を上げた。
「おっ、お母さんにプレゼント……でも、どこに行けばいいかわからなくて……」
またえぐえぐと泣き出す。やはり小学校の中学年くらいの年齢に思えた。自分の状況をそれなりに理解していて、説明ができている。どうやら、母親にプレゼントを買いに来て迷子になってしまったようだ。いや、わかっている。この子は幽霊だ。
「そうかぁ。一緒にお母さんへのプレゼント、探そうか」
「いいの?」
「いいよ」
女の子の幽霊をはさんで脩と俐玖がショッピングモールを歩く。これだけ人がいるので、多少不審な行動をとっていてもそんなに怪しまれない。
「お母さん、誕生日なの?」
「ううん。退院してくるの! 弟と一緒に入院しててね」
なんだか深刻そうな話を聞かされて、脩は「お、おう」となった。幽霊とはいえ、十歳ほどの女の子がはつらつとした口調で言う内容ではない。
「それでね。退院のお祝いにプレゼントしようと思って……」
「なるほど。どういうのがいいの? お花とか?」
「お花とか、髪飾りとかぁ」
「髪飾り……ヘアゴムとかいいかもね。可愛いやつ」
「うん!」
小学生の女の子が買えそうな雑貨に誘導していった。最近は三百円くらいで可愛いものが買える。女の子向けの雑貨屋に入ることになったので脩の目はさすがに死んでいたが、俐玖を幽霊の女の子と二人で放り出すわけにもいかない。
俐玖が女の子とヘアゴムを選んでいる。ように、脩には見えている。しかし、他の人には俐玖が一人で年齢に見合わない可愛らしいヘアゴムを見ているように見えるだろう。まあ、好みは人それぞれではある。
「うん、これにする」
女の子は赤い花の飾りがついたヘアゴムを指さした。俐玖は「可愛いし、いいんじゃない?」とうなずく。一緒にレジに行った。
ここにきて脩は、どうやって支払いをする気なのだろうとはらはらした。女の子は下げているポシェットから財布を出して小銭をトレーに置いたが、その隣で俐玖がスマホ決済で支払いをしていた。スマートである。
雑貨屋から出ると、俐玖は持っていた袋に入ったヘアゴムを女の子に渡した。
「はい、お母さん、きっと喜ぶよ」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
にっこり笑って、女の子は手を振って人ごみに消えていった。見ていると、金の粒子が空中を上がっていくのが見えた。
「成仏したか」
「こっちはそうだね」
あっさりと俐玖はうなずいた。脩は肩をすくめる。
「俺は役に立たなかったな。すまん」
「私一人だったら余計に怪しまれてたから、助かったよ」
一人だと、完全に独り言を言っている人だからだ。脩は「少しでも役に立てたならよかったが」と苦笑した。
幽霊の女の子に付き合ったので少し遅くなったが、フードコートでお茶をすることにした。俐玖が小腹がすいたというので、たい焼きを買う。俐玖とたい焼きが思いのほか似合わないが、両手で持ってたい焼きをかじる姿はなんとなくかわいい。
「俐玖、今日は付き合ってくれてありがとう。帰り、送っていく」
先に食べ終えた脩が言うと、俐玖は「いいよ」と首を左右に振る。
「私、今日は実家から来てるし」
三が日なので実家にいる話は聞いていたので、脩は「わかっている」と答える。
「一旦うちに来てもらうことになるが、車で送っていく。さすがにもう暗くなるしな」
「むう」
まだ四時過ぎだが、外はもう薄暗い。時間としては早いので俐玖が一人で帰ることもできるだろうが、頼れるところは頼ってしまえばいいと思う。
「それに、梢も挨拶したいだろうからな」
「脩、それはずるいよ」
唇を尖らせて抗議されるが、そう言うということは送られてくれる気なのだろう。脩は笑って歩いて自分の実家に向かった。車でショッピングモールに行くこともあるが、歩いても十五分くらいなのだ。
「ただいま」
「お邪魔します」
脩の声だけではなく俐玖の声も聞こえたからだろう。居間から弟の透が顔を出した。
「兄さんおかえり。俐玖さんとデートだったの?」
「いや、駅前で会ったんだ。お前も帰ってたんだな」
「うん。俐玖さん、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
透と俐玖も顔を合わせたことがあるので、新年のあいさつを交わす。居間から父も出てきた。
「俐玖さん、いらっしゃい。あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
「俺は無視か」
父にスルーされた脩は苦笑してから父に車で俐玖を送っていくことを告げだ。
「車の鍵とってくるから、ちょっと待っててくれ」
「わかった。ありがとう」
部屋に行くついでに梢に声をかける。勉強の邪魔をされて不機嫌な梢は、俐玖が来ていると告げるとぱっと表情を明るくした。向坂家の家族は、みんな俐玖が好きすぎると思う。階段を駆け下りていく梢を見ながら脩は思った。
「でね、伯母さんったら頭よすぎると女は結婚できないとか言い出すのよ。失礼だと思わない?」
「確かに、日本では言われるよね、それ」
「ってことは、外国では違うんだ?」
「うーん、生意気だっていう人もいるけど、あっちは女性の主張が強いんだよね」
「ああ、そういう違いね」
脩が下りていくと、梢と俐玖がたたきに座って話をしていた。冬場なのに、寒い場所で待たせてしまったな、とちょっと反省する。
「お待たせ、行こう、俐玖」
「うん。お願いします」
そう言ってあっさり立ち上がった俐玖だが、梢が「ええっ」と声を上げる。
「ほんとに帰っちゃうの? 夕飯、食べて行けばいいじゃない!」
「お前、俐玖になつきすぎじゃないか?」
「お兄ちゃんは黙っててよ!」
むっとした梢はそう言うと立ち上がり、「お母さんに聞いてくる!」とキッチンに向かった。
「……なんかすまない」
「慕ってくれるのはうれしいんだけどね」
俐玖も苦笑気味だ。梢はすぐに戻ってきた。
「お母さんも食べて行けばいいって!」
「私も実家にいるんだけどなぁ」
そう言いながらも俐玖はスマホを取り出して家で待っているだろう親にメッセージで連絡を入れた。
「ん、私も大丈夫だけど、本当にお邪魔していいの?」
そう言って俐玖が見上げたのは脩の顔だ。脩も「母が言っているならいいんだろ」とうなずいた。
「えっと、じゃあ、お邪魔します」
「やった!」
梢が俐玖を引っ張って家にあげる。そのまま脩の両親にあいさつに連れて行くので、脩はゆっくりとそのあとに続いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
梢はきれいなお姉さんが欲しいお年頃。




