【Case:11 初詣】2
カップを返却して店を出ると、少し離れたところにある神社に向かった。それなりに有名な神社なので、初詣の人で込み合っていた。
「すごい人」
「この時期に初詣には来ないのか?」
関心の声を上げる俐玖に尋ねる。脩も毎年来るわけではないが、三が日に初詣に来ることはある。俐玖は「初めて」と答える。
「次の三連休とかに行くことが多いかなぁ。それでも、人は多いけどね」
にぎやかしの出店を見ながら歩いていくと、鳥居のそばまで来た。そこで、一瞬俐玖が立ち止まる。
「どうした?」
「……ううん」
首を左右に振ってすぐに歩き出したので脩は首をかしげたが、すぐに気付いた。
「神社を参る方法も知らんのか、お前たちは! 鳥居は家の玄関と同じじゃ。敬意をもって一礼してはいるもんだ!」
和装のおじいちゃんががみがみと参拝客に言いがかりをつけている。いや、言いがかりと言っていいのかわからないが。和装と言っても、神主のような格好をしている。
これだけ大声を出しているのに、誰も彼を気にしない。それは彼が現実に存在しないものだからだ。
「……俐玖、よく気付いたな」
「声が聞こえたからね」
私も知覚能力はそんなに高くないはずなんだけど、と俐玖。おそらく脩も、俐玖が気づいたからつられて気づいたのだと思う。
「……」
脩と俐玖は顔を見合わせると、少し端によって歩き出した。人の流れが鳥居をそのまま潜り抜けていくが、二人は鳥居をくぐる前に一度立ち止まり、一礼した。そのまま鳥居の端の方を潜り抜ける。
「そうだ、それでいい。お前たちはちゃんとわかっているな」
おじいさんがうんうんとうなずいて脩と俐玖を見送った。振り返らずに視線だけでそのおじいさんを確認し、脩は俐玖にささやいた。
「満足したんだろうか」
「どうかな……」
その答えはすぐにわかった。本堂の前にも、おじいさんはいた。賽銭箱の側を陣取っている。
「いるね」
「いるな」
お参りの順番を並んで待ちながらこそこそとやり取りするが、それが仲良さそうに見えていることなど、二人は気づかない。
「……とりあえず、清めてくるか」
「そうだね」
そう言いあって脇にある手水舎に向かうと、こちらにもおじいさんがいた。
「手を清めた後柄杓をそのままにするな! 直接口をつけるんじゃない!」
こちらでも文句を垂れている。よく見ていると、子供に向かっては言っていないので、手順を知らない大人に怒っているようだとわかった。
「さっき、賽銭箱の前にもいたよな? どうなってるんだ?」
「同時多発的にいろんなところにいるのかなぁ。同時に二人視界に入ることはないんだよね」
そう言いながら、俐玖はスマホで写真を撮っている。初もうで客としては不自然な行動ではないので何も言われないが、彼女は問題のおじいさんを取ったのだ。
「動画の方がよくないか?」
「じゃあ、それは脩が撮ってよ」
提案すると、丸投げして返された。肩をすくめて脩はおじいさんを動画で撮影する。そのまま手水舎を動画撮影しているとただの変な人なので、俐玖にも映ってもらったが、彼女はしかめっ面だ。ここにくるまでは柔らかい表情だったのに、急に仕事モードになってしまったようだ。
「ちょっと硬すぎないか」
「無茶言わないでよ」
そう言って唇を尖らせてすねる俐玖は可愛らしかったので、撮影しておいた。よく考えたら、来宮に知られたら後で脩は殴られる気がする。
順番が来たので手を清める。ハンカチを取り出して柄杓を持ち、流れている水をくむ。左手を水で流すと、柄杓を持ち換えて右手を清めると、掌に水を汲んで口をゆすぐ。柄杓を立てて柄を水で流すと、元の位置に戻した。これで会っていたと思うが、どうだろうか。
「よしよし。それでいい。作法は身に着けておけば無駄にはならん」
おじいさんの声が聞こえて、どうやら合格点だとわかった。次は本殿の前に向かいながら、脩は言った。
「なんだか、スタンプラリーみたいだな」
「スタンプラリー? ……ああ、条件を達成して、ってこと? 確かに」
俐玖は納得したそぶりを見せて、くすくす笑った。
「帰るまでがゲームです! ってことね」
「とりあえず次はお参りの仕方、だな」
自分で言ったのだが、本当にゲーム感覚になってきてしまった。こういう風にすれば、みんなお参りの仕方を覚えるのではないだろうか、と思っていると、賽銭箱の前まで来た。ここの神社は鈴があるタイプだ。
「鈴はもっと大きく鳴らすものだ! 二礼二拍手一礼も知らんのか! いや、知らなくとも一礼くらいはするものだろう、普通!」
ツッコみが止まらない。先ほど子供には指摘していないことに気づいたが、どうやらそこまで厳格ではないらしく、どちらかと言うと心構えの問題のような気もしてきた脩である。
まず、脩と俐玖は大きめに鈴を鳴らした。それからお賽銭を軽く投げ入れる。丁寧に二礼し、柏手を二回打つ。そのまま手を合わせて目を閉じた。
今年も一年、何事もなく過ごせますように。
無難な願い事を心の中で述べ、目を開けると深く一礼した。ほぼ同じタイミングで俐玖も礼をしていたので、二人そろって本殿の前を離れた。
「なかなかだったぞ。きっと祭神様もお前たちの願いを聞き届けてくれるだろう」
うなずきながら満足げにおじいさんは言った。どうやら、ここでも合格点が出たようである。後は神社を出るときだけだ。
「その前に、御朱印もらってきていい?」
俐玖が言った。そう言えば、この前縁結びで有名な神社でも御朱印をもらっていた。集めているらしい。
「ああ。おみくじも引いていくか」
「いいね」
そう言いながら脩も一緒に御朱印の列に並ぶ。ここで御朱印帳を預けて整理番号をもらうのだが、正月なので人が多い。少し並んで、数字の書かれたカードをもらった。
「お待ちの間、甘酒はいかがですか」
巫女の格好をした二十歳前後の女性が、にこやかに勧めてくるのは小さな紙コップに入った甘酒だ。脩も俐玖も礼を言って受け取る。どろりとした白い甘酒は、酒と言いつつ酒精は飛ばされているようだった。寒い中の温かい飲み物だので、体が温まる気がする。
そうしているうちに順番が来たので、俐玖が御朱印帳を礼を言って受け取る。隣におみくじがあったので、それを引いた。
「三十七番です」
「私は九番」
それぞれの番号の紙をもらう。方法はいくつかあれど、おみくじの様式は大体同じだ。
「大吉だ」
「脩、本当に引きいいよね。私、中吉」
俐玖はちょっとうれしそうだ。神社によるが、正月なのでいいおみくじが多いのかもしれない。内容を読んでも、比較的良いものだ。仕事も健康も問題なしだが、お金が大きな出費ありとなっている。旅行も北が危ない、と出た。
「それ以外はそれほど面白くないな」
「面白いおみくじって何なの」
俐玖が苦笑して言った。彼女は仕事が気を抜けば危ない、になっている。仕事柄、何かに巻き込まれるのだろうか、と心配になる。
「クマに襲われるとか……?」
「狩猟は本職じゃないんだけど」
冗談だったのだが、真顔で返された。脩が苦笑していると、声がかかった。
「おみくじは和歌が神からのお告げを意味しているものだ。こちらのお告げが引いた者への助言になる。覚えておけ」
脩も俐玖も周囲を見渡すが、おじいさんの姿は見えない。だが、おじいさんの声だった気がする。ついにアドバイスをくれるようになった。
「和歌か……俐玖」
「はいはい」
学校で勉強はしたが、脩は古文が苦手だ。逆に、ドイツ出身の俐玖は和歌の解釈ができるので世の中よくわからないものである。
「ええっと、信じればよし、時には大胆に行動してみるのも大事、ってところかな」
ざっくりと俐玖が言った。これまでの経験上、彼女の解釈はそう大きく外れていないはずだ。
「ちなみに俐玖は?」
「変化を恐れず、新しいことに興味を持て、ってところかな」
「可もなく不可もなくと言った感じだな」
「だね」
俐玖は木の側の縄におみくじを結んだが、脩は大吉だったので財布に入れて持ち帰ることにした。
最後は鳥居をくぐって振り返ると、一礼する。鳥居の元に現れたおじいさんが満足そうにうなずいた。
「お前たちはなかなか優秀な参拝者だったな」
そう言って彼はすっと姿を消した。彼が消えるところを見るのは初めてだ。
「……成仏したのか?」
「神社で成仏っておかしい気もするけど、そうだといいね」
確かに、と思いつつ脩はうなずいた。成仏は仏教用語だった気がする。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なお、参拝方法は私の記憶に基づいているので、細かいところが違うと思います。参考にはしないでください。




