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【Case:10 凌雲荘の怪】3







「笹原君と幸島君はざっとでいいからこの周辺で起こった事件・事故をさらってくれないかな」

「わかりました。ひとまず過去十年ほど、調べてみます」

「佐伯さん、神倉君、鹿野君はこの旅館のことを何でもいいから調べてみてくれるかな」

「了解です」

「鞆江さんと向坂君は、僕と一緒に来てね」

「わかりました」


 俐玖は即答したが、脩はどこに連れて行かれるのだろうと思いながらうなずいた。まあ、変なところには連れて行かれないだろうけど。

 と思ったら、単純に女将のところに話を聞きに行かされた。とはいえ、主にしゃべるのは汐見課長で、俐玖と脩はただのお供だった。


「へえ、やはり家族連れや夫婦も多いんですね」

「そうですわねぇ。この時期は皆様のような団体の方の方が多いですけれど、クリスマスやお正月などに、ご夫婦やカップルでいらっしゃるお客様もいらっしゃいますよ」


 にこり、と中年の上品な女将が脩と俐玖に笑いかける。先ほどの一件が耳に入っているのか、恋人同士か何かかと思われているようだ。なお、俐玖はきょとんとしている。


「なるほど。君たちも小旅行にいいんじゃない?」

「そうかもしれませんね」


 汐見課長に話を合わせたのは脩だ。俐玖はこういう時、あまり話さない。その方が話がすんなり進むとわかっているのだ。


「ぜひ! この頃、若いお客様が減っているので、また来ていただけるのならうれしいですわ」


 先ほど言ったことと矛盾しているような気がするが、大枠で見ると矛盾はしていないのだろう。夫婦やカップルも多いが、若い客は減っている。それはここ最近の話だからだ。


「本当はあまりお客様にするような話ではないのですけれど……」


 頬に手を当て、女将がため息をついた。


「最近、この旅館にカップルで泊まると、どんなに仲睦まじい恋人同士でもわかれる、と話題になっているんです」


 ふと、脩は何かに乗っ取られていた俐玖が発した言葉を思い出し、彼女と目を見合わせた。

 一時間後、笹原と幸島が拠点にしていた、彼らが泊まる予定の部屋に脩たちもいた。俐玖が女子部屋を覗いてきたが、麻美はぐっすり眠っていたらしい。千草は麻美を一人にできないということで、結界を張ってこもっている。


「さて、みんな、どうだったかな」

「まず、この旅館、周囲の森が場を形成しています。つまり、霊的に閉じられている、と言っていいと思います」


 まず報告したのは神倉だった。一時間の間に結構調べられている。


「つまり、中に入ったら出られない、と言うことです」

「……なるほどね」


 続いて笹原が口を開いた。


「こちらはこのあたりで最近起こった事件を、デジタル新聞や雑誌から調べてみました」


 この時代、そう言った事件を調べるのは簡単になったが、ソースがはっきりしないものも多い。見極めるのは難しいが、新聞であればおおよそ間違いはないだろう。


「おそらく、この二つの事件のどちらかだと思いますが」


 と前置きした後、言った通り二つの事件を語った。二つとも、この旅館に泊まった客の話だ。

 一つ目は旅館に泊まった夫婦の話だ。若い、と言っても結婚して十年ほど連れ添った夫婦で、三十代後半。子供がいなかった。

 夫婦は養子をとろう、という話をしていたそうだ。夫側の提案で、不妊治療に苦しむ妻を思いやっての提案だった。しかし、それが妻を追い詰めていた。旅館に泊まった翌日、妻は自殺したそうだ。


 もう一つは、よくある浮気の話だった。男が若い女性を伴って旅館に宿泊した。男は妻帯者で、女性は浮気相手だった。妻は夫の不倫に気づき、旅館に乗り込んできてもう修羅場である。乗り込んできた、と言っても、妻も妻で予約を取って泊まっていたため、気づけなかったのだ。

 乱闘まではいかないが、つかみ合いになり警察が呼ばれたという。ちなみに、その夫婦はのちに離婚、ついでに不倫相手の女の方は詐欺師だったという。


「……で、みんな、どっちだと思う?」

「二つ目」


 口を開いた全員が同じことを言った。脩は判断がつかなかったが、ほぼ全員の意見が一致しているので二つ目の方なのだろう。


「……いや、でも、二つ目の事件は誰も死んでませんよね」


 ふと気づいたように幸島が言った。そう言われればそうだ。


「でも、生霊ってのもありますよ」


 なるほど。神倉の指摘に思わず脩も納得した。


「でも、霊って感じはしないわよね」

「どちらかと言うと、思念体なんでしょうか」


 佐伯と俐玖が顔を見合わせて首を傾げた。二人の顔が汐見課長に向く。


「そうだね。僕も霊ではないだろうと思う。一種の呪詛に近いんじゃないかな」


 微笑んでそう言う汐見課長がちょっと怖い。


「まあ、原因が分かったところで、今日はそろそろ寝ようか」


 ころっと意見を変えて汐見課長がそう言うので、全員が「はい?」と声を上げた。


「これから対処するんじゃないんですか」


 幸島が代表して尋ねると、汐見課長はそうだねぇとのんびりと言う。


「原因がわかったんだから、明日の朝でもいいよね。太陽が出ている時間の方が、浄化の力が強いわけだし」

「明日の朝、雨ですよ」


 笹原が思わずと言うようにツッコんだが、ちょっとずれている。まあ、笹原が天然交じりなのはいつものことだ。もちろん、夜よりも朝の方が浄化はしやすいだろう。


「夜にごそごそやったら、他のお客さんにも迷惑がかかるし、もう十一時だよ。眠いし、温泉に入れなくなっちゃう」


 脩は思わずがくっとなった。確かに、ここの温泉は深夜一時までだが。


「でも、まあ、課長の言うことも一理あります。一度干渉されるとそれなりに強そうですけど、無作為に周囲を巻き込むようではありませんし、軽く払って、明日の朝本格的に払うのでも大丈夫かもしれません」


 神倉が真剣な表情で言うと、すっと俐玖が手を挙げた。


「あのー、私は?」

「鞆江は佐伯さんの呪符持ってれば大丈夫」

「ええ……」


 サクッと切り捨てられた俐玖が鼻白む。その表情を見た神倉が、「なら言うけど」とびしっと俐玖を指さした。


「お前と向坂がいちゃついてたから、性別が同じお前に影響があったんだ!」

「ええ……」


 結局俐玖の同じ反応である。正直、脩もどのあたりがいちゃついていたのか問いたい。

 とりあえず、年齢の釣り合う男女が二人きりで仲良くしているのがダメなのだそうだ。いちゃついている、の判定が緩くないだろうか。俐玖じゃなくてもそんな反応になる。


「まあ、とにかく鞆江さんはもう寝なさい。佐伯さん、ついて行って」

「はぁい」


 同じ言葉だったが、全く違うテンションで俐玖と返事をして、女性二人が部屋に下がると、後は男性陣だけだ。


「じゃあ、みんなも気を付けて寝ようか。大丈夫だと思うけど、向坂君も気を付けるんだよ」

「やっぱり危ないでしょうか」


 少し不安になって尋ねると、汐見課長は「どうかなぁ」と苦笑を浮かべる。


「まあ、君本人は大丈夫だと思うよ」


 微妙に不安になる言い方なのは、気のせいだろうか。

 冬の朝は遅い。日の出のころ、朝食前に済ませることになった。朝の六時。まだ暗い中、脩たちは活動を始めた。


「俐玖は大丈夫だったか?」


 尋ねると、俐玖は「うん」とうなずいた。呪符の効果、すごい。


「そう聞くってことは、脩は何かあったの?」

「いや、俺は何ともない」


 そう。脩は何ともなかった。汐見課長が言っていたが、脩は霊が見えたり、怪異に巻き込まれたりはするが、直接的な影響を受けることはほとんどない。呪いも避けて通る。その代わりに。


「俺は夢の中でずっと女性になじられていたんだが」


 そう言ったのは、寡黙な鹿野だ。どうやら、脩の代わりに鹿野が被弾したようなのだ。同室だった神倉は陰陽師なので、避けて通るのはわかる。消去法による結果のようだった。


「ええ……鹿野さん、災難でしたね」

「全くだ」


 心持憮然として言う鹿野に、俐玖が苦笑した。一応、夢の中でなじられていただけで、実害はなかったようだ。なので、誰も親身になってくれないと鹿野は怒っている。

 気を取り直して、汐見課長が例の夫婦が泊まっていた部屋を確認し、その部屋の浄化を試みる。立地的に場が閉じているので出て行かないだけで、もともとさほど強い呪いでもない。なので、ひとまず払えば弱体化し、自然消滅するだろうと言うことだった。

 そもそも、俐玖が影響を受けたのだって、急に霊力の強い脩たちが忘年会で訪問し、その力に充てられた呪いが一時的に力を強くしたせいだと言うのだ。

 と言うわけで、払うのは神倉だ。おそらく、邪気を払うという意味では、佐伯の方が力が強いのだが、陰陽師だけあって神倉は多彩だ。巫女の破魔の力が強い、と言うことで、脩の脳裏にはアニメにもなった昔の漫画が脳裏をよぎる。


「急急如律令」


 呪文を唱え終え、神倉が柏手を打つと、脩にも空気が澄んだのがわかった。佐伯も確認し、大元が祓えたとは思えないがかなり邪気は払われたので、人に影響するほどの力はなくなっているはずだ。


「文字通りの朝飯前だね」

「普通におなかはすきましたが」


 汐見課長の言葉に、ちょっと疲れた顔で神倉が返した。心配しなくても、今から朝食だ。


「なんかとんでもない忘年会になってしまったねぇ」


 汐見課長はいつも通り飄々としながら朝食の会場に向かう。汐見課長が何も言わないので、おそらく大丈夫なのだろうと思ってしまう。正直なところを言うと、ここは北夏梅市ではないため、管轄外ではあるのだ。

 その後、朝食をとっている間に俐玖の元へ電話がかかってきた。来宮からだ。俐玖が明らかにいやそうな顔をしてスルーしたが、着信音が鳴りやまない。


「よし、鞆江、貸せ。俺が出る」


 と言うわけで、幸島が代わりに出た。さっくりと解決したことを説明し、電話を切って俐玖にスマホを返した。


「ありがとうございます」

「お前、迷惑ならはっきり言えよ」

「いや、言ってると思うんですけど」


 何なら暴言を吐いていると思います、と俐玖。天然でおっとりしたところのある彼女だが、確かに来宮には結構きついことを言っている気がする。もともとはっきりと言うタイプではあるが。


「あんまりしつこいようなら、僕が言っておくよ」


 からっと汐見課長が言った。


「たぶん、今頃紅羽に絞められてると思います」


 俐玖の返しもなかなかである。


 朝食後はそれぞれ解散となったが、脩は女性陣のチェックアウトとかち合った。


「俐玖さん、アウトレットで買い物して帰りません?」


 朝起きたころは昨日寝落ちしたことにしょげていた麻美だが、すでに復活していた。引きずりすぎないのはいいことではある。神倉が「元気だよなぁ」と苦笑している。


「俺らもどっか寄ってく?」


 助手席に乗った神倉が提案したが、後部座席に乗った鹿野が言った。


「俺は帰って寝たい」


 ハンドルを握った脩も助手席の神倉も「ですよね~」となった。仕方がないので、直帰することになった。なお、女性陣は本当にアウトレットに寄って帰ったらしい。後で知った途中離脱の藤咲が本気で悔しがっていたのが印象に残った。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


これでこの章も終了です。長めの章も書きたいなぁ。


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