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【Case:09 デジタルアート】1









 梢のお守り騒動から一か月ほどが経つ。俐玖は本当に梢に英語を教えてくれていた。尤も、向坂家ではなく図書館などで勉強を見ているらしく、その様子を脩が目撃することはほとんどない。母などは連れてくればいいのに、と言っているが、あれで人見知りの俐玖をよく知らない家に連れてくるのはちょっとかわいそうだと思う。

 さて、この一か月の間に、地域生活課の中では最も忙しくなる時期の一つ、ハロウィンを迎えていた。当然だが脩は初めての経験だったのだが。


「まさか仮装して行列に入り込むとは思いませんでした」


 しみじみと言うと、聞きとめた来宮が「仮装してないと、逆に浮くんだよ」と言った。それはわかる気がした。東京渋谷ほどではないが、なかなかの賑わいだった。


「本来の趣旨とは違いますよね」

「そうだな。基本的には、ヨーロッパ版お盆だ」


 簡潔に説明された。脩もざっくりとしたことしか知らないが、この日は死霊が紛れ込んでくるので、仲間のふりをするために仮装するのだ、と聞いたことがある。今ではアニメや映画などの仮装も多いが、本来は幽霊や魔女などの仮装をするのが正しい、と聞いたことがある気がする。

 この、市内のメインストリートで行われた仮装行列に、文字通り参加してきたのだ。保護者付きの子供たちも「トリックオアトリート」とお菓子をもらって歩いていたのだが、この中に本物の幽霊が混じっていたりするわけだ。それらの監視が目的で参加してきたのである。

 とはいえ、半分遊んできた感じなのは否めない。いろいろあって脩も見える人ではあるのだが、あれだけ人が多いと見分けがつかない。神倉や佐伯が頑張って幽霊を誘導していたのはわかったし、俐玖や千草がさりげなく仮装した若者たちを危険から回避させていたのも見ていた。脩はそこにいるだけである程度安全区域になる、と言われたので、本当にそこにいただけだった。なお、俐玖曰『引きが強い』来宮は、仮装行列に参加した三時間弱の間に五回、怪異に遭遇している。途中から脩と麻美が合流したくらいだ。

 というわけで、なんだか楽しかったお仕事だったわけだ。ここが過ぎると、次の佳境はクリスマスから年始にかけてだそうだ。


「あの、すみません」


 地域生活課に顔を出したのは、脩と同年代の男性職員だった。麻美が不在なので、脩が「はい」と立ち上がって応対した。


「健康推進課の谷本と言います」

「地域生活課の向坂です」


 名乗られたので、脩も名乗っておく。事務室の真ん中にある打合せ用の机に案内し、タブレットを開く。市役所の職員で、いわゆる身内なのでこちらだが、外部からの相談者だと、壁のある会議室に入ったりもする。


「ええと、俺たちも住民の方に言われて気づいたんですけど」


 そう言って谷本は持参してきた端末を開き、北夏梅市役所のページを開いた。健康推進課のページに飛び、そこから健康推進のためのイベントで描かれたデジタルアートのページを開いた。


「このページなんですけど」

「これが?」


 見せられたのは寄せられた優秀賞のアートの一つだが、これがどうしたというのだろう。谷本も「漠然とした話ですが……」と確証なさげに話す。


「これを見た人が、変なものが見える、とか、気持ち悪くなる、とか。パニックになったような人もいて」

「変なもの、とは何が見えたんでしょう?」

「それがわからくて。俺には普通のデジタルの抽象画に見えますし」


 正確には、北夏梅市の風景と老若男女が一緒になっている絵らしいのだが、脩にも抽象画に見える。


「一人二人ではなく、今のところ、七名からの似たような訴えがあって、今日中にこのページはアクセス不可となる予定です」

「なるほど……」


 何人もの訴えがあるのなら、サイトのページを削除するのは当然の処置だ。そう言うことなら、と脩もプリントスクリーンを残した。


「大元のデータはありますか?」

「あります。……今持ってはないですけど」


 課内の自分のパソコンに保存してあるらしい。後でもらうことにして、一応聞いてみる。


「ホームページに問題があるとか、他の原因は?」

「一応、情報課やDX推進室にも確認してもらったんですが、特に変なところはなくて」


 むしろ、疑われたことに憤慨されたそうだ。それは気の毒な話だ。


「色々調べて、製作者にも話を聞いたんですが、おかしなところはなさそうで……」


 それで、最終的にここに行きついたようだ。なるほど。別に最終的な相談所と言うわけではないのだが、現実的に解決できなかった問題が持ち込まれることが多いな、と思う。そうした問題は、怪異が原因であることが多いからだ。もちろん、怪異など関係ない場合もあるが。


「来宮さん、どう思います?」


 脩が来宮に意見を求める。たまたまだが、今日は俐玖や麻美の島は誰もいない。気にした神倉ものぞき込みに来た。


「……抽象画に見える」


 芸術はよくわからん、と言う来宮。まあ、来宮は確かに、芸術を解さないような気はする。これはそれ以前の問題なのだが。


「神倉さんは?」

「とりあえず、変なものがついていたり、と言うことはないとは思う」


 またあいまいな。だが、神倉がそう言うということは、霊的な現象ではなかったりするのだろうか。

 だが、これまでだって、特定の人にしか見えない、とか、特定の条件下でないとわからない、と言うようなものに遭遇してきた。そのたぐいである可能性もある。


「一度、解析にかけてみましょうか」


 やるのは脩だ。彼は周囲より多少機会に詳しいものの、工学や情報学に詳しいわけではない。なのだが、やらされるのだ。


「一応、DX推進室でかけてもらったのですが」


 DX推進室、何をしているのだろう。それは彼らの仕事ではない気がする。だがならどこだ、と言われても困るので突っ込まない。


「データ預かるんなら、その方がいいだろうな」


 来宮にも同意されたので、谷本からデータをもらって解析にかけてみることにする。ついでに、閲覧して不調を訴えた人の名簿ももらった。いや、名前が載っているわけではないが、性別や年齢などだ。

 谷本が戻った後、媒体の違いかもしれない、とハッとし、スマホでサイトを見てみた。だが、やはり脩の目には何も映らない。パソコンでは画像のデータ解析が行われていた。


「こんにちは~。って、あら? 俐玖は?」


 ひょっこりやってきたのは芹香だ。彼女はたまに、こうして俐玖を訪ねてくることがある。そして、二回に一回くらいは俐玖が不在である。


「俐玖なら熊を撃ちに行きましたよ」

「またぁ? っていうか、その『うつ』は『撃つ』か『討つ』か、どっち?」


 こてん、と首をかしげて芹香がそんなことを言った。いや、俐玖なら『討って』来そうなのはわからないではないのだが。どちらも間違いではないし。


「というか、音無さんはどうしたんですか?」

「俐玖に見てほしいものがあったんだけど……ていうか、私も芹香でいいわよ。俐玖のことは俐玖なんでしょ」

「さすがにそれはちょっと。音無さん、拓夢先輩の彼女ですよね?」


 部活の先輩の彼女を名前で呼ぶのは普通にハードルが高い。そう伝えると、芹香はむっと頬を膨らませた。


「むう! 差別だわ!」


 そう言われても。俐玖は外国育ちで、名で呼ばれる方が慣れている、という理由もある。


「それより音無。お前、何しに来たんだ?」

「ああ、そうでした」


 来宮につっこまれ、芹香は仕事用のタブレットを取り出した。ここで、脩はおや、と思った。


「この絵、なんか映ってない?」


 見せられたのは、先ほど谷本が見せに来たのと同じものだった。北夏梅市の風景や人を描いたという抽象画。やはり、ただの抽象画に見える。


「……さっき、福祉課の谷本さんが同じ絵を持って相談に来ました」

「あら、そうなの?」


 芹香は驚いたように目をしばたたかせた。いや、それはいいのだが。


「音無さんには何が見えているんですか。俺たちにはただの抽象画にしか見えないんですけど」


 いま課内にいる全員に聞いて回ったが、全員同じ答えだった。芹香はちょっと驚いた表情になる。


「えっ、そうなの? まあ、うちの課でも私だけだったんだけど……顔に見えない? 苦しんでる、男の人」


 と、全体を示されるが、さっぱりわからない。ここでも同意を得られず、芹香は「ええ~」と不満げな顔をした。


「汐見課長は?」

「県庁で会議中です」


 おそらく絶対に見えるであろう課長を名指しされたが、残念ながら、夕方まで帰ってこない。芹香は勝手に俐玖の席の椅子を引っ張ってきて、そこに座った。


「と言うか、谷本君も同じものを持ってきたって言ってたわよね。見えてたの?」

「いいえ。福祉利用者の方から『視える』と言って苦情が来たそうです」


 一応、一通り調べたが、何も科学的におかしいところはなかったのだ、と言う話もしておく。芹香は「ふうん」とうなずく。


「そう言えば音無さん、谷本さんと知り合いですか?」

「同期なのよ~。それに、高校は一緒だったわ」

「高校って、白鷺学院?」

「そうよ~。って、あら? 話したことあったかしら」


 芹香が小首をかしげる。脩から見てもかわいらしいしぐさで、どちらかと言えば強面の拓夢とは若干美女と野獣状態だな、と思った。


「俐玖が白鷺学院の出身だと言っていたので」

「ああ! なるほど」


 つまり、俐玖と芹香、谷本は三人とも白鷺学院出身の同級生なのだ。谷本は数少ない男子生徒だったのだろう。


「ちなみに、谷本君が俐玖に『付き合ってくれ』『いいよ。どこに?』のべたな会話をした人ね」

「ああ、例の」


 気の毒な人。やはり、彼は俐玖を訪ねてきたのだろうか。だとしたら、対応したのが同年代の男で申し訳なくなってきた。その思いが顔に出ていたのか、芹香は苦笑した。


「大丈夫よ。まあ、谷本君自身はまだ俐玖が好きみたいだけど」

「それ、ダメなやつだと思うんですけど」


 というか、隣で来宮がすごい顔をしている。芹香も気づいているだろうに、彼女は話をやめない。


「高校の時にスルーされてからあきらめてたみたいなんだけど、就職して再会したら、俐玖はあれでしょ」


 だから思いを捨てきれなかったらしい。理由はわかったが、それだけ思い続けられるのがすごい。


「というか、俐玖はもてますよね」

「本人は気づいてないけどね~」


 子供のころに華やかで社交的な姉の恵那の方がモテたので卑屈になっているようだが、俐玖は結構モテる。脩が彼女と知り合ってまだ一年もたたないが、すでに二人、彼女に思いを寄せる男を知っている。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この章は短め。


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