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【Case:08 お守り】5








「あら、面白いお守りね」


 週明けの月曜日、手渡されたお守りを見て佐伯が言った。好奇心で脩ものぞき込むと、よくある赤っぽいお守りで、紺色の字で縁結び、と書いてあった。見た目普通のお守りだが、開けた形跡がある。もちろん、土曜日に俐玖が開けたのだ。

 佐伯も、もう効力のないお守りだ、と言った。開けているし、和歌も破られている、とのことだ。


「ま、一応うちで燃やしておくわよ。火は最強の浄化だものね」


 そう言って預かってくれた。汐見課長も麻美から写真を見せられて、もう大丈夫だろう、と言った。言ったのだが。


「鞆江さん、一応報告書は提出してね」

「わかりました」


 職務外とはいえ対処したので、報告書は必要なようだった。脩たちも確認させられたが、関係者として名を記載されただけだった。


 縁結びで有名な隣の県の神社に出向いたのは、次の日曜日のことだった。脩が車を出し、俐玖と麻美、さらに自分もと言った梢を連れて行く。梢にはにらまれたが、脩が何も突っ込んでこなかったので自分も言うのをやめたようだ。

 日曜日の縁結びで有名な神社なので、若い女性が多い。いや、男性もいないわけではないが、少なくとも八割は女性の参拝者だ。脩がめちゃくちゃ浮いて見える。

 一応、壊してしまったお守りの代わりと言うことで、予算が出ているが、そもそもお守り自体が高くてもせいぜい二千円程度だ。


「あ、おみくじあるよ。梢ちゃん、引きに行こ」

「はい」


 麻美と梢が仲良くおみくじを引きに行く。脩とともに見送った俐玖に尋ねた。


「俐玖はいかないのか? ああ、もしかして宗派の問題?」


 日本人だが、ドイツ生まれの彼女だ。クリスチャンの可能性もある、と思ったが、違うらしい。


「洗礼は受けたらしいけど」


 と、彼女は言う。脩にはその違いが判らないのだが、深くツッコまないことにした。


「俐玖さん、向坂さんもどうですか」


 麻美が笑顔で手招きしている。脩は一応俐玖に尋ねた。


「恋愛みくじを引く成人男子ってシュールじゃないか?」

「……まあ、いいんじゃない? だめではないと思う」


 判断に困る回答をもらいつつ、結局脩と俐玖も引いてみた。確かに、男性でもおみくじを引いている人はいる。

 一番いいのは麻美の吉だった。次に脩の中吉。残り二人は小吉だった。


「うーん、さすがにそろそろ新しい彼氏が欲しくはあるなぁ」

「麻美さん、別れたんですか?」

「そうよー。浮気されたの!」


 もう昇華しているようではあるが、別れたばかりのころの麻美は怒り狂っていた。まあ、浮気されれば普通は怒る。


「お兄ちゃんも前の彼女に浮気されたんじゃなかったっけ」


 梢がそんなことを言う。俐玖が「自然消滅したって言ってなかった?」と首をかしげた。多分、梢の言っている彼女と俐玖の言っている彼女は別人だ。


「そう言う梢ちゃんは? あ、お兄ちゃんの前じゃ答えにくいよねー」


 麻美はにこにこと発言を撤回する。梢はむっと脩をにらんだ。脩は肩をすくめる。


「ちなみに私は恋人がいたことがない」


 多分、空気を読んだのだと思うが俐玖が突然そう言った。脩も麻美もそのことは知っているが、梢は驚いたようにまじまじと俐玖を見た。とりあえず、空気を破ることには成功している。


「……俐玖さん、天然って言われません?」

「言われるけど、なんで?」


 梢の指摘に不思議そうに首をかしげるあたりが、もう天然である。麻美が俐玖の腕にしがみつく。


「今度、一緒に合コンとか行ってみません? お見合いパーティーでもいいですよ」

「遠慮しとく。私、人見知りだし」

「私と普通に話してるじゃないですか!」


 梢のツッコみが止まらない。俐玖は大まじめに言っているので面白いのだ。脩は必死で笑いをこらえた。


「そろそろお守りを見に行かなくていいのか」


 半笑いで指摘すると、「それもそうだね」と俐玖はうなずき、女の子二人を連れて社務所近くのお守り売り場に向かっていった。ちなみに、お参りは先に住ませてある。

 結局、俐玖も一緒になって三人でお守りを吟味している。藤咲ではないが、女の子たちが仲良くしているのを見るのは心にやさしい気がする。


「あっ、あのっ! お兄さん、一人ですか? お守りを買いに?」


 少し離れたところで一人でいた脩に声がかかった。大学生くらいの女の子で、一人だ。少し離れたところで応援しているようにこちらを見ている女性二人が連れだろうか。


「ああ、いや。連れがいるんですよ」


 できれば俐玖か麻美に戻ってきてほしい。梢は妹だし、できれば俐玖がよい。彼女の純日本的でない顔立ちが、牽制になるのだ。


「あ、えっと。その人は……」


 声をかけてきた女性がきょろきょろと周囲を見渡す。連れが誰か、探しているのだろう。


『脩、お待たせ』


 微妙に棒読みだが、英語で話しかけられたのでそれもさほど気にならなかった。俐玖がしれっと外国人顔で話しかけてくる。


『お守り、買えたか?』


 脩も乗って英語で返した。俐玖がこくっとうなずいて『今、二人が買ってきてくれてる』と言った。どうやら、二人に行ってこい、と送り出されたらしい。俐玖が一番年上のはずだが、こういう時は麻美の方が強いようだ。


「あ、あの、私……」


 脩に話しかけてきた女性はうろたえて俐玖を見上げ、「ごめんなさい」と言って走って行った。そう言う姿を見ると、ちょっとかわいそうだったかな、なんて思ってしまう。


『いわゆる、ナンパ?』


 まだ英語での会話が続いているらしい。脩は友人たちに慰められている女性を見ながら、『そうみたいだな』と言った。まあ、縁結びで有名な神社だし、そう言うのを求めてきている人がいるのはおかしいことではない。


『助かった。ありがとう』

『どういたしまして……と、言っても、麻美に言われてきたんだけど』


 やはり、麻美が俐玖をこちらによこしたらしい。予想通りの展開に、脩は苦笑する。俐玖にしては気が利くと思ったのだ。


『経験上、日本では英語で話していると相手は引く』


 と思ったら、俐玖の経験則による機転だった。見くびっていたことが後ろめたく、脩は苦笑いを浮かべた。


「……俺としては、英語はネイティブじゃないから、そろそろ日本語で話したいんだが」


 先ほどの女性たちがいなくなったのを確認し、脩は日本語に切り替える。俐玖が首を傾げた。


「私もネイティブスピーカーじゃないけどね」

「えっ、俐玖さん、それだけ話せてネイティブじゃないんですか? 英語、教えてほしかったのに……」


 お守りを買い終えた梢と麻美も合流してきた。梢が残念そうに俐玖に言う。


「俐玖はドイツ語が母語だからだろ。学校の英語の先生だって、英語が母国語とは限らないんだから、教えるのは構わない気もするが」

「えっ、そうなんですか!?」


 これは麻美だ。学校で英語を教えているいわゆるALTの先生が、必ずしも英語を母国語としないことを知らなかったらしい。しかし。


「でも、言われてみればそうですよね。英語を話す国ばかりじゃないですし」

「日本以外では、英語を話せる人が多いからね。私もそうだし」


 麻美が納得したところで、俐玖が自分を例に出すが、彼女はまた特殊だと思う。脩が役所に入った時点で六か国語以上を話すことができた。今もまだ増え続けている。


「それで、英語、教えてほしいんですけど」


 近くのカフェに入って、俐玖の分のお守りを渡しながら、梢が頼んだ。まだあきらめていなかったらしい。


「……脩も十分教えられると思うけど」

「う、まあ、そうですけど」

「いや、俺は日常会話レベルだ」


 俐玖が割とはっきり発音してくれるので会話が成立したが、早口になると途端に聴き取れなくなったりする。教わるなら、俐玖に聞いた方が確実だ。


「いや……私、いわゆるイギリス英語ではなく、アイルランド英語なんだけど……」

「何か違うんですか?」

「イギリス英語の方言なんだよ」


 そう言えば、母親がアイルランド人だと言っていた気がする。


「違いが判らないので、どっちでもいいです」


 きっぱりと梢が言うが、俐玖は困惑気味だ。


「私、十二歳の時に日本に来たんだけど、そのまま中学校に入学してね」


 正確には編入だったようだが、細かいことはよい。


「中学校って、日本人の先生が英語を教えてくれるでしょ。日本の教育指導ではアメリカ英語だから、私のアイルランド英語が減点されることがあって」


 一応、先生に主張したし、アメリカ英語を学ぼうと努力はしたそうだが、子供のころから使っているアイルランド英語が抜けないそうだ。


「それでも良かったら教えるけど」

「……なんか不安になってきた」


 減点される、と言われると不安になるのは仕方がない。おそらく、それもあって俐玖の姉の恵那は、オックスフォード大学を受験したのではないだろうか。日本の受験では、英語を問われることが多い。もちろん、他の外国語で受験も可能だが、そもそも大学がその言語に対応していないこともある。


「それ、隣に向坂さんがいれば解決しませんかね」

「なるほど。麻美さん、天才!」

「もっと褒めてくれていいのよ」


 麻美の主張に梢が喜ぶ。随分と仲良くなったようだ。言っていることは残念だが、微笑ましくはある。


「いいのか? 勝手に梢に教えることになってるぞ」

「まあ、いいよ。ああは言ったけど、高校卒業レベル程度で、英語の方言の差が問題になることはないでしょ。……たぶん」


 そう言う俐玖は共通テストを英語で突破している。だから大丈夫なはずだ。たぶん。

 スイーツまで堪能し、四人は帰路についた。先に俐玖をおろし、そのあとに麻美も降ろす。二人きりになったとたんに、助手席の梢が脩の方に身を乗り出した。


「ねえ、お兄ちゃん、俐玖さんのこと好きでしょ」


 最近、こういった話題に巻き込まれることが多い気がする。


「好きか嫌いかと言われれば、好きだが」


 梢が求めているのは、こういう回答ではないだろう。わかっている。案の定、梢は不満そうだ。


「ええ……あ、そっか。お兄ちゃんじゃなくて、俐玖さんがお兄ちゃんを好きなのかな」

「それこそ、まさかだな」


 自宅の車庫に車を入れながら、脩はさらりと言った。なんというか、俐玖がそう言った恋愛感情を解せるとは思えない。第三者として人の恋心に気づくことはできるようだが、自分のことになると途端に鈍くなるのだ。


「うん、やっぱりそうなんじゃないかな。お兄ちゃんがナンパされてたの、気にしてたし」

「……」


 妹が兄の話を聞いていないのは、いつものことである。


「麻美さんもいいけど、私としては俐玖さん推しだなぁ」


 クォーターのお姉さんってかっこよくない? と、続けた言葉が残念である。さすがにそれは、俐玖にも麻美にも失礼なのでは。


「ね、お兄ちゃん」


 機嫌よく言う梢に、脩は車のドアを開けながら言った。


「ひとまず、お前が元気になってよかったよ」


 これに尽きる。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この章の最終話でした。


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