【Case:01 人数が合わない】4
「と言うわけで、歓迎会です! 皆さん、どうぞよろしく! 乾杯!」
やたらとテンション高く口上を述べたのは、課長の汐見である。全員出席ではないが、課の歓迎会が開かれていた。新人の脩だけではなく、鹿野と佐伯も異動してきたばかりらしかった。たまにいないのは、引継ぎに前の部署に行っているからのようだ。
「改めてよろしく。あ、お酒は無理しなくていいからね」
と、汐見が先んじて言う。アルハラは避けるべし。ちょっとおしゃれなレストランには、課員十二名のうち、十名がそろっていた。子供が熱を出したということで朝から休んでいた藤咲と、やはり子供関係で千草が不在である。
「よろしくお願いします。向坂です」
「よろしくね、佐伯です」
向かい側の佐伯に微笑まれたので、微笑み返す。佐伯の隣にいる幸島も「よろしくー」と声を上げた。
「つーか、結婚おめでと」
「ありがとう、幸島さん。みんなに『佐伯さん』って言われると、確かに変な感じなのよね……」
佐伯は新婚さんであるらしい。なので、いまだに彼女を旧姓の祝と呼ぶ人は一定数いた。地域生活課に配属されるのは二度目らしく、かつてを知っている人間は特にそうだ。
「でもさすがに、私がいたときからずっといるのは幸島さんくらいね」
「俺、八年目なんだけど。入社した時から異動したことないんだよな」
「それもすごい話ですね」
おしゃれな料理をつまみながら脩も驚いて口をはさんだ。役所の異動は早いイメージがあるが、こういうこともあるのか。かなり珍しい部類のようだが。
「技能職とかだとたまにあるけど、俺、そういうのじゃないのに……」
「その顔、あなた似合いすぎるからやめた方がいいと思うわ」
確かに、中性的な面差しの幸島に、このちょっとしょげたような表情はよく似合っていた。なんというか、庇護欲が、とかの面で。
「鞆江さんはこの課が初めて?」
会話に加わらずにひたすら食べていた脩の隣の鞆江が、声をかけてきた脩を驚いたように見上げた。
「俐玖、新人に気を遣わすなよ。ていうかお前たち、同じくらいじゃないの?」
幸島に言われて脩は会話を続けてみるべき言った。
「俺、四月に二十五になったところです」
そういわれると、鞆江も言わざるを得ない。
「私は二月に二十五になったところ」
「あ、じゃあ、学年的には一つ上なんですね。先輩だ」
「うーん……たぶん……?」
歯切れ悪く鞆江はうなずいた。グラスのカクテルを煽る。
「ていうか向坂君、四月生まれなのね。誕生日を祝ってもらわれにくいやつね」
「そうですね。特に、進学した年とかはそうですね」
「どっかで区切んなきゃいけないから仕方ないけどな。早生まれだと、同じ学年でも小さかったりするし」
「わかるわ。ちょっと困るわよね。鞆江さんも早生まれだから困ったんじゃない?」
佐伯が会話に介入してこない鞆江に話を振るが、やはり鞆江の歯切れは悪い。
「さあ……私、小さい頃はそもそもそんなに大きくなかったし……」
「あ、そうなんだ」
佐伯が驚くのもわかる。実際の身長を聞いたわけではないが、鞆江はすらりとして見える。日本人の成人男性の平均身長を余裕で上回る脩と並んでも、それほど小さく見えない。背筋が伸びているのもあるだろうが、もともと背が高いのだと思う。
「っていうか、鞆江は日本の小学校に通ったことないんだろ。外国だと、大体年度の変わり目って九月だし」
「えっ、鞆江さん、帰国子女?」
幸島の発言に、驚いたように佐伯が鞆江を見た。鞆江は眉を顰める。
「……一応、帰国子女にはなると思いますけど」
どうやら、自分でもよくわかっていないようだ。だが、これで多言語話者である理由の一つが見えた気がした。
「だからマルチリンガルなんですね」
「それだけが理由じゃないけどね」
ほかにも研究したい内容がこの言語で書かれていた、とかがあるかもしれない。後は趣味とか。
「どこの国にいたの?」
「ドイツ生まれドイツ育ちです。まあ、中学からは日本ですけど」
「だからドイツ語も話せるのね……私は大学の第二外国語がドイツ語だったけど」
「あ、俺もです」
佐伯と脩はドイツ語、幸島は中国語だったらしい。鞆江はフランス語とのことだ。大卒が多いな。
「向坂は大卒っていうか、院卒だろ」
「そうですけど、大して変わりませんよ」
「幸島さんは院卒じゃなかったっけ」
「俺は大卒。院卒なのは来宮。なんか混同されるんだよな」
その来宮は、笹原の向こうの席でテーブルに突っ伏している。誰も気にしていない。日下部の軽やかな笑い声が聞こえるくらいだ。
幸島と佐伯で話し始めたので、脩はほぼ同い年の鞆江との会話を試みる。
「鞆江さんはどこの大学? 俺は県外なんですけど」
県外の国立大学の名を言うと、鞆江は「頭いいね」とびっくりしたように言った。彼女は県内の国立大学を出たらしい。それでも、この辺りでは一番頭のいい大学だ。
「なんで市役所に? もっといい就職先、あったでしょうに」
「それ、鞆江さんも人のこと言えなくないですか」
本人は中途半端なのだ、と言うが、それだけの言語を操れ、しかもそれなりにいい大学を出ているのだから、いくらでも就職先はあったはずだ。
「鞆江さんは僕がスカウトしてきたからね」
と、突然会話に入ってきたのは汐見だ。鞆江とは反対の脩の隣に座っている。脩は驚く。
「課長がですか?」
「当時は課長補佐だったけどね」
そっちではない。市役所にスカウト、などがあることに驚いたのだ。鞆江の方はちゃんと脩の驚きの意味をくみ取ったようで、「大学に課長が来たときはびっくりした」と言っている。汐見も「ああ、そっちね」となった。
「大学から優秀な学生を引き抜いていく企業は結構あるけど、確かに市役所は珍しいかもなぁ……」
ちなみに、幸島と来宮もスカウト組らしい。なんだか納得してしまった。幸島はともかく、来宮は役人になりそうな雰囲気の人ではない。
「当時は人手不足が深刻でねぇ。奇異な事件にも確実に『対応』できる人が欲しかったんだよね。そういう意味では、来宮君と鞆江さんは完璧だね」
汐見に褒められ、鞆江は肩をすくめた。恐縮しているようなしぐさだ。仕事中はてきぱきしたできる女風だったが、本来は人見知りなのかもしれない。
汐見と鞆江と、横つながりで話をしていると、幹事の神倉からお開きの声がかかった。二次会に行きたければ行けばいいし、このまま帰ってもよい。新人として、脩は付き合うべきだろうか。
「俐玖さん、来宮さんがだめです!」
言い方! 酔っているのかと思ったが、日下部は十九歳なのでまだ酒が飲めない。
「待って。今、クレハに電話する」
そう言った鞆江は、脩と同じようなペースで飲んでいたのにケロリとしている。まあ、途中からジュースだったのかもしれないが。
「ハイ、クレハ。グーテン・アーベント」
鞆江が電話をかけているのが聞こえる。なぜかドイツ語だ。脩は側でコートを着ていた幸島に尋ねた。
「鞆江さんと来宮さんってどういう関係ですか」
「気になるか? ま、かなり馴れ馴れしいもんな」
幸島が苦笑して答えた。
「鞆江の従姉が来宮の嫁なんだよ。鞆江がスカウトされてきたのも、その関係だな」
「そうなんですね」
スカウトした、と言っても、地方公務員試験は突破してきているらしい。三人とも小論文で論文を提出した、と面接の際に言われたらしい。どういうことだろう。
「小論文って、論文のことじゃないの?」
と言ったのは鞆江だ。一応、人生の半分を日本で過ごしているが、こうしたちょっとしたことでたまにつまずくらしい。周囲には天然だと思われているそうだ。
鞆江が呼んだのは、彼女の従姉だという来宮の嫁だった。ショートカットの爽やかな美女で、夫を回収して帰っていった。
「力関係は奥さんの方が上か」
「そういうことだね」
しかつめらしく鞆江がうなずくので、脩は思わず笑ってしまった。脩の家も、いわゆるかかあ天下だ。
「鞆江さんは二次会に行きますか」
この歓迎会の間に結構仲良くなって、結構しゃべってくれるようになったので尋ねてみると、首を左右に振られた。残念。
「帰る。麻美、帰ろう」
「はぁい」
年が近い、と言っても六歳差だが、この二人は仲がいい。日下部がなついている感じだ。こんな調子で女性陣はほとんどが帰っていったが、脩と鹿野は歓迎される側として三次会まで付き合った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
こんな感じで、解決したのかしていないのかよくわからない感じで進みます。