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【Case:08 お守り】4











 あまり長く話し込むこともできないので、詳しいことは聞けないが、後で説明してもらおう。梢の階段を下りる足音が聞こえてきた。


「これ」


 自分の家なので遠慮なく襖を開けて戻ってきた梢が、俐玖に向かって赤いお守りを差し出した。梢がちらっと脩を見たことで、俐玖は察したらしく、脩に何のお守りか見えないようにそれを受け取った。


「……なるほど」


 俐玖がテーブルの下でお守りを眺めているので、脩の位置からは見えない。俐玖の隣に座っている麻美は、のぞき込むとにこにこして「なるほどぉ」と言っているが、彼女はいつもにこにこしているのでよくわからない。


「梢さん、これ、開けていい?」

「俐玖さん、お守り開けちゃいけないって知らないんですか?」

「今度、より有名な神社でお守りを買って来よう」

「いいですよ、開けて」


 即答した。わが妹ながら現金である。俐玖は遠慮なくお守りを開けて、中にはいっている紙を取り出した。


「これだね」


 そう言って俐玖はたたんであった和紙を開き、梢に差し出した。文字が書いてある。


「えっと、和歌?」

「自分から恋人を奪い、さらに奪った恋人も捨てて別の人と結婚した。所詮は金か、呪われろ。という和歌だね」


 しれっとすごいことを言われたし、草書体か何かで書いてあるその文字は、脩にも読めなかった。だが、俐玖は読めたようだ。


「……俐玖さんって、日本人じゃないですよね。読めるんですか」

「ドイツ生まれのドイツ育ちだけど、国籍は生まれてからずっと日本だよ。それに、気にするのはそこじゃないよね」


 確かに。脩も思わず、梢は俐玖が純粋な日本人ではないようなことに気づいていたのか、と感心してしまったが、そこではない。


「すっごい恨みのこもった和歌ですね」


 苦笑気味に麻美が言った。そう、そこなのだ。


「なんでそんなものがお守りに入ってるんだ……」


 さすがの脩もあきれて言った。こんなものをお守りに入れる神社など、まともだとは思えない。


「これ、自分で買ったの?」

「……いえ、貰い物です。効果があるからって……」


 去年卒業した先輩にもらったそうだ。OBやOGが母校を訪ねてくることはままあることで、卒業した部活の先輩と仲が良いこともいいことだ。だが、このお守りは……。なお、脩はやはり、何のお守りか見えていない。だが、頑なに梢が隠すことで、逆に何のお守りか推測できる。おそらく、縁結びとか、恋愛系のお守りだ。


「確かに、効果はあるだろうね」

「なんか微妙な言い方ですねぇ。どんな効果があるんですか?」

「見たまんまの効果だね」

「見たまんま……」


 梢が呆然とつぶやいた。俐玖は一つうなずき、続けた。


「おそらく、その先輩もこのお守りを捨てようとして、できなかったんだろう。こういったものは他人に譲ることでしか移動が不可能であることが多い」

「ええっと、捨てられないってこと?」

「正確に言うと、捨てても戻ってくる」

「……」


 思い当たることがあるのか梢が顔をゆがめた。捨てても戻ってくる、は怖すぎる。怪談などでよく聞く話ではあるが、ここ最近、梢の機嫌が悪かったのもうなずけた。


「……どうすればいいですか? 手放したくて、紙に包んで捨てるとか、試したことがあるんですけど……」


 一応、梢も試したことがあるそうだ。俐玖がお守りの起こす現象を言い当てたことで、梢の信頼を勝ち得たようである。


「いろいろ方法はあるよ。左義長で燃やすとか、このお守りを買った神社じゃなくても、近くの神社に持って行くとか。要するに、移動過程で自分の手元を離れなければいいんだよ」

「な、なるほど……」


 すぐに手元から離したくて、それは考えなかったそうだ。それに、買った神社に返さなければならない、と思っていたらしい。脩もそう思っていた。


「じゃあ、これから近くの神社に持って行けばいいんですね?」


 麻美が勢い込んで尋ねると、俐玖は「そうだね」と言いながら鞄からボールペンを取り出した。


「でも、もっと簡単な方法があるんだよ」


 彼女らしからぬにやっとした笑みを浮かべると、俐玖はさらさらとお守りから取り出した和紙にこう書いた。


 そいつはもういない。


 端的である。それだけ書いて、俐玖は和紙を破った。真ん中から、びりっと。


「そ、そんなことでいいの?」


 梢が驚いたように言った。簡単な作業だが、そう簡単にはできないのも理解できる。そもそも、お守りの中身を見よう、なんて思わないからだ。


「これで効力自体はなくなったはずだけど、本来なら焚き上げにすべきだね」

「庭で燃やしますか?」

「消防法的に、ダメだろう」


 つい、脩は口をはさんだ。むっと梢が脩をにらんだので、脩は黙る。兄妹を見比べて、麻美はくすくすと笑った。


「確かに、ここまで来たら神社に出す方が現実的かもね」


 俐玖もそう言ってお守りを引き取った。実家が神社である佐伯に処分を頼むつもりなのだろう。


「あ、そうだ。梢ちゃん、向坂さん、ちょっと寄ってください」


 何かを思い出したように麻美が言うので、顔を見合わせた脩と梢は少し身を寄せた。すちゃ、と麻美がスマホを取り出す。


「はいちーず」


 間髪入れずにかしゃっと写真を撮られた。突然のことに、脩も梢も驚いた。


「な、なんですか?」

「撮るなら撮るって言ってほしいんだが」


 苦言すると、「だって言ったら映ってくれないじゃないですか」としれっと麻美は言った。まあ、確かにその可能性は否定できないけど。


「課長に頼まれてたんです。週明けに見てもらいます」

「……なるほど」


 不覚にも納得したが、別にそれはわざわざ今の写真を撮る必要があったのだろうか。疑問に思ったが、一応黙っておく。


「え、どういうこと? なんで兄さんは納得したの?」

「課長が見える人だからな」

「は? 霊感があるってこと?」


 要するにそう言うことだ。梢は微妙な表情をしている。今、実際に自分が超常的な力で迷惑をこうむっていたので、霊が見える人がいてもおかしくはない。けれど、信じられない……と言ったところだろうか。


「まあ、報告書に使うようなものだよ。それに、これ以降に不都合がなくなったのなら、もう大丈夫ってことだし」


 ざっくりした回答を俐玖がする。だがまあ、間違ってはいない。脩もいるので、何かあれば脩から連絡がくる、くらいに思っているのかもしれないが。


「お守りはだめにしちゃったやつの代わりを調達してくるよ」

「あ……はい。あの」


 梢がおずおずと口を開いた。


「何?」

「私も、一緒に行っていいですか」


 せっかくなので、自分の好きなのを選びたいらしい。ちゃっかりしている。











「二人とも、今日はありがとう」


 結局、脩は車を出した。向坂家を出たとき、まだ日はあったが夕方であったし、女性二人をそのまま返すのは憚られた。俐玖も麻美も、そんなに家は遠くないが、俐玖は市役所の近くに住んでいるし、麻美の家も隣の校区だ。特に俐玖は、ストーカー騒ぎがあってから気を付けているらしく、夜遅くなる時は一人で歩いて帰らないようにしているらしい。


「でも、まだ明るいけどね」


 そう言って彼女は笑ったが、これは単なる自己満足なので脩は二人を送ることにした。


「どこの神社に行くか知らないが、お守りを買いに行くときも言ってくれれば車出すぞ」


 そもそも梢が一緒に行きたいと言っているのだ。女性三人の中に脩ひとり、となってしまうが、一緒に行ってもいいだろうと思える。


「梢さん、脩にお守りの内容知られるの、嫌がってたよね」


 一応、と言う感じで探るように俐玖が訪ねてきた。脩は「ああ」とうなずいた。


「嫌がっていたな。だから逆にわかる。恋愛系……縁結びのお守りだろう」


 俐玖も麻美も答えなかったが、逆にそれが答えだ。後部座席の俐玖は脩が察したことを察したようで口を開いた。


「縁結びって、恋愛的な縁結びだけをさすんじゃないんだよ。いい仕事に縁がありますように、とか、受験生なら合格に縁がありますように、とか」


 なので、受験生が縁結びのお守りを持っていても、それが恋人がほしいから、とかそんな理由ではないことがあるのだ。俐玖はそう言いたいらしい。


「まあ、知ったからと言ってからかったりはしないさ」


 脩はそう言って苦笑した。これには俐玖ではなく、麻美が「ならいいですけど~」と唇を尖らせた。それを見て俐玖は苦笑する。


「話、続けていい?」

「頼む」


 すでに先に降ろす俐玖のアパートの前についていたが、車を止めて俐玖の解説を聞く。


「さっきも言ったけど、縁結びで結ぶのは恋愛的な縁だけじゃないの。つまり、よくないものとの縁も結んでしまうのね」

「つまり、あのお守りを持っていた梢は、どこかで幽霊を拾ってきてしまったということか……」

「簡単に言うと、そういうこと」


 正確には幽霊ではないとのことだが、起こっている現象的にはそう間違っていないようだ。縁結びの影響で、妙なものと縁が結ばれた結果、あの家に悪影響があったそうだ。


「そう言うのを引き寄せるタイプのお守りだったってことでしょうか」

「中に入っていた和歌を見るに、そうだろうね。梢さんのところには脩がいたから、雰囲気が悪くなるくらいの影響ですんでいたけど、下手をすれば物理的にも影響があったと思うよ」

「……そうか」


 さしもの脩も身震いした。脩は汐見課長からもお墨付きの悪いものの影響を受けにくい、という体質らしいが、今ほどそれに感謝したことはない。と言っても、その体質を知ったのも半年ほど前の話だが。


「……そのお守り、俺が持っていた方がよくないか?」

「脩が持っていたら、梢さんのところに戻っちゃうじゃない。もう効力もないし、私が持ってるよ」


 俐玖はそう言って送ってくれた礼を言って車を降りる。俐玖が降りた後、麻美が身を乗り出して脩をのぞき込む。


「心配しなくても大丈夫ですよぅ。俐玖さんですもん」

「……そうか」


 苦笑して、脩は麻美も送り届ける。彼女は手を振って降りると、「梢ちゃんの同意が取れたら、神社までもお願いします」とちゃっかりお願いしていった。もともと車を出す気だったが、これは本腰を入れて説得しなければならないようだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


縁結びにもいろいろある。


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