【Case:08 お守り】2
二杯目のお酒を飲み終えたところで、麻美は本当にお酒をやめさせられた。まあ、脩も初めての飲酒で無理をしない方がいいと思う。ほかの四人は引き続きお酒なので、麻美はむくれた。
「ずるいです」
「ずるくない。日下部は飲む量少しずつ増やして飲める範囲、確認しておけ。父親に付き合ってもらうとか」
「うち、父も母もそんなにお酒飲まないんです」
それで幸島に頼んできたらしい。なるほど。向坂家はたまに父や母、脩に成人した弟と晩酌をすることがある。そう言えば、高校生の妹はそれを見て「いいなあ」と羨んでいたから、麻美も妹と同じような気持ちなのだろう。
お猪口は人数分もらったが、麻美は俐玖のお猪口から日本酒をなめるように少し飲んで一言。
「辛い」
「比較的飲みやすいやつなんだけど」
佐伯がメニューを確認して言うが、それは飲み慣れてくればの話だ。というか、俐玖がお猪口で日本酒をたしなんでいる姿に違和感がある。本人も言う通り、日本人寄りの顔立ちなのだが。
女性陣は食後のデザートを食べることにしたようだ。脩も一緒になって選ぶことにしたが、幸島はコーヒーだけ頼んだ。曰く、「これ以上食ったら胃もたれだよ」とのことだ。微妙に年齢を感じることを言われて反応に困る。
麻美はワッフル、俐玖はチーズケーキ、佐伯はコーヒーゼリー、脩の前にはイチゴのシャーベットが運ばれてきた。
「向坂さんが一番女子っぽい気がする」
麻美は目をすがめてそんなことを言ったが、生クリームをたっぷり付けたワッフルを食べて顔がほころんだ。
会計でも少しもめた。気前の良い幸島が支払う、と言ったのだが、さすがにそれは、と佐伯、俐玖、脩もいくらか出した。今回は麻美のお祝いなので、麻美の持ち出し分はない。
「じゃあ、俺は佐伯と鞆江送っていくから、向坂は日下部を頼む」
「わかりました」
とは言うが、佐伯は夫が迎えに来る最寄り駅まで、俐玖は家自体がすぐそこだ。幸島も一人暮らしで市役所の近くに住んでいるらしい。この三人はいわゆる新しくできた市街地の近くに住んでいる、後から入ってきた人なのだ。
一方実家暮らしの脩と麻美は昔からある住宅街に家がある。聞いたところ、麻美の家は脩の家の隣の校区のようだった。
仕事の話などをしながら歩いていると、コンビニの前で麻美が「ここまででいですよ」と言った。バスやタクシーに乗るほどではなかったので、歩いてここまで来たのだ。
「うち、もうそこですし」
どうやらコンビニの裏に家があるらしい。じゃあそこまで、と言ったのだが、「いいですよぉ」と麻美は笑った。
「向坂さんみたいな男の人が家の前までついてきたら、お姉ちゃんが大騒ぎします」
「そうか」
どういう風に大騒ぎするのか怖くて聞けなかった。一応、家に入るまで見送り、脩は来た道を戻り始める。校区が隣とはいえ、脩の家のある地区を通り過ぎていたのだ。たぶん、麻美はこのあたりも気にしたのだと思う。いい子だ。
土日をはさみ、月曜日に出勤すると、いつも通り麻美が先に来ていた。
「おはよう」
「おはようございます。金曜日はありがとうございました」
「いや、こちらこそ、楽しかった」
これは事実だ。麻美が入れているコーヒーのおこぼれにあずかる。給湯場所へ行くと、麻美が不思議そうに脩を見上げた。
「なんだ?」
「んー……。なんか……よくわからないので皆さんが来るまで待った方がいいですかね」
「何がだ……」
この課にいるとたまにこういうことがある。麻美は相手の言動の真偽がわかる程度なので、ちょっと勘がいい、と言う程度ではあるが。この勘がシャレにならないので、麻美は見る目があるのだ。
そのあとにやってきたのは幸島と藤咲だったが、この二人は何も言わなかった。まあ、この二人は霊的な感覚が鈍い二人ではある。
「おはよう」
続いてやってきたのは俐玖だった。脩や麻美が幸島に礼を言っているの見て、彼女も金曜日の礼を述べに来た。
「……なんだ?」
幸島に礼を言った後、俐玖はまじまじと脩の顔を見つめた。それからペタペタと脩の顔に触れる。さすがの脩もうろたえた。間近で見ると、俐玖の瞳が日本人に多い黒や茶色ではなく、グレーであることがわかる。
「お前、そういうことは人目につかないところでやれよ」
幸島が突っ込みを入れたころ、俐玖が「うん」とうなずいて言った。
「脩じゃないね」
「何? さすがに不穏なんだが! 何が俺じゃないんだ?」
「大元は脩ではない、と言うこと。詳しくは課長や神倉さんに見てもらった方がいいと思う」
それはそれで怖い。今まで何度か本物の怪異に遭遇してきた脩だが、一度も影響があったことがない。ここにきて何か起こっているということが、図太いと言われる脩であっても怖い。
「おや、みんなでどうしたの?」
そうこうしているうちに件の汐見課長が出勤してきた。みんなが「おはようございます」と口をそろえる。
「うん、おはよう。……おや、向坂君、珍しいことになってるねぇ」
「俺、何かまずいでしょうか」
緊張しながら尋ねると、汐見課長は「向坂君本人ではないね」と俐玖と同じことを言った。
「それはさっき、俐玖にも言われました」
「そうかい? そうだねぇ……」
じっと汐見課長に見つめられ、緊張がひどいが、何を言われるか聞かなければおさまらない。
「身近な女の人だね。その人から影響を受けて、瘴気のようなものが向坂君に取り付いてる」
君自身には影響はないと思うよ、と若干矛盾したことを言われた。
「君自身は春の太陽のような気を持っているからね。影響を受けにくい。けれど、近すぎて取り付かれそうになっている……と言ったところかな。後で神倉君か佐伯さんからお守りか護符でも貰うといいよ」
「わかりました……」
微妙に納得がいかないまま、脩はうなずく。始業のチャイムが鳴った。話を聞いていた神倉が護符をくれた。
「身近な女の人って、母親か?」
「それか、妹ですね」
神倉に問われて脩は素直に答える。写真はあるか、と言われたのでスマホの写真ファイルを開いた。神倉と、来宮ものぞき込んでくる。
旅行に行った時の家族写真を表示して見せる。しばらく眺めていた神倉が「妹さんの方だな」と言った。そんな気はしていた。
「妹が何かにとりつかれてるってことですか」
「うーん……取り付かれてるっていう感じではないと思う。でも何かよくないものを持ってるって感じかな」
「なんですかそれは……」
「直接見るくらいじゃないと、俺にはわかんない」
神倉がそう言って肩をすくめた。念のため汐見課長にも尋ねたが、彼も写真だけではわからないそうだ。
「妹さん、当たり前だけれど、平日は学校だよね。なら、週末に見に行くよ。鞆江さんが」
「えっ、私?」
勝手に決める汐見課長に、俐玖が驚いた顔で自分を指さした。汐見課長が「うん」とうなずく。
「向坂君の妹さん、高校生でしょう。年の近い女性の方がよくない?」
解決は鞆江さんならできると思うよ、と汐見課長は完全に俐玖に投げる気だ。俐玖は複雑そうな表情をした後に、「なら、麻美も連れて行きます」と言った。「あたしもですか? 行きます!」
麻美は乗り気で返事をした。脩の意見も聞かずに決められたが、脩は礼儀正しく「よろしくお願いします」と頭を下げた。
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