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【Case:08 お守り】1

1か月くらい経ちましたが、1章分投稿しようかと。











「幸島さん! 私、二十歳になりました! 約束通り、お酒飲みに連れて行ってください!」


 麻美が幸島の隣でそんな宣言をしたのは、十月半ばのことだった。十月の頭が彼女の誕生日だったのだ。高卒二年目の彼女も、ついに二十歳になった。日本の成人年齢は十八歳だが、飲酒や喫煙は二十歳からだ。


「あー、そんな話、したなぁ」


 苦笑気味に幸島が応える。


「でも、俺とお前だけで行くわけにはいかねーだろ。俺が犯罪者で捕まっちゃうよ」


 双方成人しているので、犯罪者で捕まることはないだろうが、二十歳になったばかりの女性と四十手前の男性が二人きりなのは気まずいかもしれない。見た目だけなら、幸島は三十前後ほどにしか見えないのでつり合いはとれているかもしれないが。


「大丈夫です。俐玖さんと佐伯さんが一緒に来てくれるって言いました」


 佐伯が親指を立てたのが見えた。俐玖は普通の顔でお茶を飲んでいる。


「余計だめじゃねぇか。おじさんの社会的信用が落ちるだろ」


 ぶはっと噴出したのは俐玖だ。幸島とおじさんの言葉が釣り合わなくて噴出したらしい。脩もちょっと面白かったので人のことは言えない。


「幸島さんなら女の子侍らしてても大丈夫じゃないですか?」

「大丈夫じゃねぇよ」


 麻美に冷静に突っ込みを入れて、その場で幸島は飲みに行く予定日を今週の金曜日に設定した。


「来宮、は、ダメだな。鹿野、神倉、向坂、誰か行ける?」


 酒に弱い来宮は最初から除外された。鹿野は首を左右に振って断ったし、神倉は次の日が早いから駄目だ、と言う。


「俺が行きます」

「お前、ほんとにいいやつだな」


 幸島が苦笑して脩に言った。五人でどこか店を予約するらしい。幸島が。一応、脩がやると言ったのだが、自分が言い出したのだから、と幸島が断ったのだ。


「ありがとうございます。楽しみ!」


 嬉しそうに麻美が言うので、本当に楽しみにしていたのだろう。幸島はそんな課内最年少を見てまた苦笑した。


 場合によっては予定通りにいかず、予定が吹っ飛ぶこともあるこの課だが、うまい具合に依頼も片付き、金曜日は五人で役所の近くのイタリアンに行った。酒、というかカクテルの種類の多さで選んだそうだ。


「おしゃれですね。彼女さんと来たとか?」

「来たことないとは言わないけどな」


 うきうきした麻美に尋ねられた幸島が肩をすくめた。脩もそうだが、幸島もしばらく恋人がいないらしい。


「日下部さん、どれにする? 飲みやすい方がいいわよね」

「初めてならオレンジとかジンジャーエールで割ったものがいいかもね」


 女性陣は麻美を真ん中に佐伯と俐玖が座っている。ほか四人も適当に注文した。最近はタッチパネルなので注文が楽だ。


「あ、おいしい」


 結局オレンジジュースで割ったものを頼んだ麻美がグラスに口をつけて言った。甘い酒なので、飲みやすいのは確かだ。


「飲みすぎるなよ。それと、すきっ腹に入れるな。何か食べとけ」

「幸島さん、お母さんみたい」

「誰が母さんだよ。人様のお嬢さん預かってんだぞ。気にかけるわ」


 む、と麻美がすねる。まんま親子のようで、中間層の三人は笑った。


「日下部さんはさ、なんでそんなにお酒飲んでみたかったの」


 何気なく佐伯が尋ねた。麻美は首をかしげる。いつもより少し幼げなしぐさに見える。


「だって、みんな楽しそうにしてるじゃないですか。その中であたしだけお酒駄目だったし、なんかうらやましくて」


 なんだかかわいい理由を聞いた気がする。確かに、自分だけ周囲と違ったら気になるものだ。まあ、飲酒可能な年齢と言うだけで、来宮のようにアルコールが苦手な人も存在する。自らのまないのと、法的に飲めないのは別問題のような気もするが。


「佐伯さんは、旦那さんとなんで結婚したんですか」


 質問を返された佐伯は、一言「妥協」と答えた。あまりにも平坦な声で、幸島がむせた。聞いた本人もぎょっとしている。


「えっ、妥協なんですか」

「妥協っていうか、この人ならいいかな、って。中学校の同級生なんだけど、その時はそんなに仲がいいわけじゃなくて、たまたま同じ市役所に勤めることになって顔合わせて、お互い独身だし、いいかなって」


 仲が悪いわけじゃないわよ、と佐伯はからりと笑う。世の中にはいろんな夫婦があるものだ、と思った。


「最近は友情結婚とかもあるもんな。昔の人は、やっぱ結婚して一人前、みたいなところあるし」


 どうやら幸島は親族に結婚しないのか、とつつかれているようだ。余計なお世話だ、と思う。


「そう言えば私も、お客さんに結婚してるのか、って聞かれたことありますね。私の態度が気に入らなくてそんなだから結婚できないんだ、と言うようなことを言いたかったんだと思います」


 方言がわからなかったんですけど、とこれは俐玖だ。異国語の通訳はできるが、同じ日本語の中の方言はわからない。最近の人は比較的標準語に近いが、やはり一定の年齢以上の人はまだ方言が強い人が多い。


「それと結婚してないことは関係ないですよね?」

「ないだろうね」


 麻美と俐玖が顔を見合わせて首をかしげている。藤咲ではないが、可愛い。


「鞆江もあんまり真に受けるなよ。相手にキレることはないって信じてるけど」

「はぁい」


 幸島に慰められて俐玖は肩をすくめた。


「結婚するもしないも個人の自由だけど、したいんなら日下部さんも鞆江さんも気をつけなよ。気づいたら三十過ぎてるから。特に鞆江さん」

「そこまで行って結婚したかったら、見合いをします」


 きっぱりと言った。その考えはぶれていないらしい。麻美が「幸島さんとかいいんじゃないですか」と何故か幸島を檄押ししだした。


「見た目的にもつり合いとれてる気がします」

「日下部ほどじゃないが、鞆江とだって十以上歳離れてるぞ」

「顔だけなら好みだと思います」

「まじかよ」

「幸島さん、来宮さんに刺されないようにね」

「向坂、押さえとけ」

「嫌です」


 突然話を振られて脩は即答した。いくら過保護な来宮とは言え、俐玖が幸島の顔が好みだと言っただけで刺したりしないと思う。それくらいで切れていたら、俐玖は本気で結婚できないと思う。

 麻美が次何を飲もうかとパネルを操作している。それを横からのぞき込んでいた佐伯が言った。


「幸島さん、日本酒いきません?」

「いいな。適当に選んでくれ」

「はーい」

「あたしも飲んでみたいです」

「なめるくらいにしておきなさい。別の頼んでおくのよ」


 そんなに? と言いつつ麻美は言われた通り、今度はジンジャーエールで割ったカクテルを頼む。飲み慣れていなければ、日本酒は強い。


「鞆江と向坂は飲めるか?」

「飲めます」

「あまり得意ではありませんが」


 幸島に尋ねられ、脩と俐玖がそう答えたので、佐伯はお猪口を人数分頼んだようだ。俐玖は得意ではないと言うだけあって、別のものも頼んでいる。


「んふ。お揃いですね!」

「そうだね。麻美、酔ってる?」

「わかりません」


 言動は普段とあまり変わらないような気もするが、少し頬が赤く、上機嫌な気はする。


「今頼んだので日下部は最後だな」

「ええー」

「経験者の言うことは聞いておくものだぞ」


 どうやら、幸島は酒でやらかしたことがあるようだ。まあ、脩もやらかしたことはあるのであまり人のことは言えないが。


「幸島さん、やらかしたことあるんですか?」


 と思ったら、佐伯が尋ねた。いろいろあるぞ、と幸島が教えてくれたのは生垣につっこんで寝ていたことがある、と言うことだった。


「誰しも一回くらいは経験あるだろ」

「ないとは言いませんね。私は終電で寝過ごして帰れなくなったことがあります」


 と、佐伯。それって結構危ないのでは。


「弟に迎えに来てもらったわ」


 弟にはかわいそうだが、ちょっと安心した。終点がどこかわからないが、女性一人でそんな場所で夜明かしするよりは安心だ。


「俺も何とか家まで帰ったんですけど、玄関開けっ放しだったことがありますね」


 大学で独り暮らしの時のことだ。男とはいえ、玄関を開けっぱなしで寝ていたことにぞっとした。


「私は間違って店のメニュー表持って帰ったことがある」


 これは俐玖が留学中の話らしい。留学中は姉とルームシェアしていたので、腹を抱えて笑われたそうだ。その姉は酔ったら寝るタイプらしい。


「皆さん、いろいろやらかしてるんですね」

「そうだぞ。だから気をつけろよ」

「お酒に弱い女の子は可愛いけど、ちょっとお酒に強い方が安全よね」


 幸島と佐伯が真面目な表情で忠告している。脩と俐玖も「確かに」とうなずいた。


「一応女性がその辺で寝るわけにはいかないものね。最近は男の人も危ないらしいけど」

「お前もそう言う意識が芽生えたのか」


 俐玖の言葉に幸島が感心したようにツッコんだ。少しむくれた俐玖が「私だって反省したんです」と言った。


「さすがに夏のことは怖かったですし」

「そうか。お前、向坂に感謝しとけよ」

「とっても感謝してます。ありがとう」

「どういたしまして」


 流れでお礼を言われたので、脩は軽く手を振って流す。お礼は夏のストーカーの件が解決した時に言われている。脩が俐玖を助けた後、彼女は駆け付けた音無や来宮、さらに両親にもがっつり怒られていた。特に、温厚な父親に怒られたことがショックだったらしく、めちゃくちゃ反省したらしい。


「むむう。俐玖さんと向坂さんの関係が怪しいです」

「これは恋が芽生えてもおかしくないやつよね」


 こそこそと麻美と佐伯が会話を交わしているが、がっつり聞こえている。二人も隠す気はないだろう。俐玖も苦笑して「怪しくないよ」と言っている。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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