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【Case:07 学校の怪談】6












 脩は千草とともに事務所代わりにしている会議室に来た。資料としてもらっていた各クラスの児童の名簿と写真の一覧から五年二組のものを引っ張り出す。千草がクラス担任の者も必要だと言うのでそれも探しておく。


「何をするんですか」

「後で説明するから、ちょっと黙ってて」

「はい」


 地域生活課の職員は変人が多いので、こういう要求はよくされる。脩も慣れているので素直に黙った。何をしているのか気になるが、後で説明してくれるのをわかっているので。

 ひたすら待つ。千草は一人ずつ顔と名前、生年月日を確認して言っているようで、それなりに時間がかかっている。待っている間に鹿野も帰ってきた。鹿野が帰ってきても寡黙な彼は静かなのでいてもいなくても正直そんなにかわらなかった。


「向坂君、教員名簿」

「はい」


 千草は集中しすぎて鹿野に気づいていない可能性がある。というか、存在感が薄い気がするのだ。

 ちらっと見ると、千草は五年二組の担任教員を見ていた。しばらくして、資料をテーブルに置く。


「あら、鹿野君、戻ってきてたのね」


 鹿野がうなずく。扱いが雑な気がする。脩は千草の前にペットボトルのお茶を出した。


「ありがと」

「何かわかりましたか」

「ええ」


 ペットボトルのふたを開けながら千草がうなずいた。こんこん、と指先で資料をたたく。


「五年二組の担任ね。向坂君」

「連れてきます。その前に、何をしたのか教えてほしいんですけど」

「……そうね」


 千草が一つうなずいた。後で説明すると言ったのを思い出したのだろうか。


「写真と名前、生年月日で簡易的に占ったのよ」

「……千草さんの願望が入るから、うまく占えないみたいなことを言ってませんでしたっけ」

「言ったわね。でも、それは学校全体を占った場合の話ね。占い対象が漠然としているから、私の願望が出やすくなるの」


 だが、個人をそれぞれ占った場合は違う。それぞれの児童や先生を、千草は詳しく知っているわけではない。だから、そこまで個人が限定されると、逆に千草の意識では左右されにくくなるそうだ。なんとなくわかるような、わからないような。個人レベルにまで細分化されると、対象は千草の良く知らない相手になる、ということだろうか。


「誰がかかわりがありそうですか?」


 名簿をのぞき込んで脩が尋ねると、千草は何人かにしるしをつけていく。脩はその名前を見て千草を見る。


「集めてきますか?」

「そうね……」


 千草は一人だけ指名した。妥当な判断だと思う。

 千草が呼んだのは五年二組の担任の山内やまうち颯真そうま先生だ。新卒二年目の若い男性教師で、二年目と言うことは脩の一つ年下になる。脩は背が高く体格の良い自覚があるが、山内先生は中肉中背の優男だった。ハンサムと言うほどではないが優し気な風情で、児童にも人気があるらしい。


「お忙しいところ、ごめんなさい」

「いえ……」


 できる女と言う印象の千草に指名されて呼び出された山内は緊張気味に顔を引きつらせていた。脩は千草とともに座って記録を取っているが、鹿野が入り口をふさいでいるので余計に緊張するだろう。はじめ、脩が立っている、と言ったのだが断られた。鹿野は自分が会話に向かないと自覚しており、それを避けたと思われる。

 自己紹介をして、千草はさばさばと切り込んでいった。


「学校側の職務に踏み込みすぎなのはわかっているけれど、あえて言いますね。山内先生、自分の担当しているクラスでいじめが起こっていることはわかってます?」


 踏み込みすぎなのは脩たちもわかっている。しかし、おそらくこれが、学校で起こっている怪奇現象に関わっているのだ。避けるわけにはいかない。

 山内はあからさまにびくっとした。同年代の脩や俐玖なら、指摘されたことが事実だったとしても動揺をあらわにしないだろう。


「……それが、どうかしたのですか」


 知っているとも知らないとも言わなかったが、言動がもはやいじめに気付いていることを証明している。


「私たちがこの学校で起こっている怪異を調べに来たことはご存じですよね。五年二組のいじめが、かかわっている可能性が高いんですよ」

「……そんなこと、わかるんですか」


 疑わしそうに、と言うより怯えているように山内は反論する。


「可能性が高い、と言ったでしょう。というか、疑いがある時点であなたは放っておくべきことではないと思いますけど」


 教師として、というか、人としての道徳的に放置すべき問題ではない。脩たちはアリサからしか話を聞いていないが、クラス全員の話を聞いて、手を入れるべきところは入れるべきだ。


「まあ、私たちもこの学校が同いじめに対処するかにまで口をはさむつもりありません」


 きっぱりと千草は言い切り、山内がひるむ。基本的に気が弱いようだ。


「山内先生、あなた、思いつめるあまり何かしていませんか」

「な、何もしていません!」


 何度か同じような問答を繰り返したが、山内の返答が変わることはなかった。千草はこれ以上は無理だ、と判断したらしく、話を切り上げた。


「いいんですか」

「彼が自分から話すことはないわね。だって、自分が何かしている、と思っていないから」


 さらっとそう言って、千草は立ち上がった。彼女の占いは彼女の能力によるもので、千里眼の一種ではないかと俐玖が言っていた。だが、千草は相手との会話や表情から情報を読み取る、コールドリーディングも学んでいる。山内からはそれで情報を読み取ったのだろう。

 今回の件は、いわゆる言霊、と言うやつなのだそうだ。課員の中では、佐伯が似たような能力を多少行使できる。しかし、この言霊と言うやつ、日常生活に普通に存在している。いわゆる霊感とか、霊力とかいうものがない人でも、その強制力が働くことがあるそうだ。


 山内は子供たちに人気な教師だった。一年目だった去年は順調に終えたらしく、評価もよかったので自分はできる教師だ、と思ったそうだ。確かに、それなりにできる教師なのだろうと思う。だが、その思いが強すぎた。

 二学期に入り、アリサがいじめを受けている、という訴えは本人以外の友人からこっそりと上がっていたらしい。山内なりに調査も行ったようだが、その結果が『いじめはない』。というより、自分が担当しているクラスでいじめが起こるはずがない、と言い聞かせた結果であるようだ。

 すると、いじめを覆い隠すように、怪奇現象が起こりだした。山内が、ものがなくなったり壊れたりするのは、怪奇現象のせいだ、と言い聞かせたせいなのだそうだ。脩としては、そんなことある? と言いたいが、そんなこともあるのがこの業界である。


 怪奇現象が誘発されて、閉ざされた空間である学校に『力』がたまり始めた。そして、ずっと息をひそめて学校の様子を見守っていた鏡の少女が動き出し始めた。この子も、いじめを学校側が認めず、失意のうちに自殺した子だった。同じような立場のアリサを見て、放っておけなくなったのだろう。

 少女はあらゆる方法で存在を示し始めた。そして、それに誘発されてさらに怪奇現象が増えて、少女が力を持つ……という循環だったそうだ。


 なので、千草はいじめ問題が解決すれば、問題の半分が解決する、と考えたのだ。どちらにしろ、放っておくのはよくない。職分を犯すことになるかもしれないが、人間の道徳的に間違っている。

 山内からの解決は不可能だと悟ったので、鹿野経由で中林たちあってもらい、校長に報告した。すでに教育委員会にも報告してあるので、動かざるを得ない。怪異の中で力を持つ者の一つである鏡の少女が力を失えば、他の怪異もおさまっていくだろう。

 とはいえ、千草は要望を出して佐伯を呼び寄せた。元巫女の彼女は、除霊の力がある。少女は鏡に捕らわれているのだろう、と判断したのだ。


「でも、彼女は学校で亡くなったわけではないんですよね。それなのに、なぜここに捕らわれているんでしょう」


 やってきた佐伯に脩が質問すると、彼女は「そうねぇ」と首を傾げた。


「亡くなった後、思い入れのある場所や、強烈な印象に残っている場所に捕らわれることは、たまにあることなの」


 絶対ではないけど、と佐伯。そういうものなのか。ひとまず脩は納得しておく。


「さて」


 佐伯が階段の踊り場の鏡に手を触れた。脩はちらっと映っている少女を見る。やはり背を向けていて、顔は見えない。アリサは見た、と言っていた。もしかしたら俐玖も顔が見えていたのかもしれない。脩はいじめられたことがないので、共感力が足りないのだと思う。


「もう大丈夫……とは言えないけれど、あなたが気にしていたことは明るみに出て、それなりの処分が下されることになったわ。安心して。あの子はあなたと同じようにはならないわ」


 多分、佐伯は少女が見えているわけではない。それでも語り掛けている。脩は少女の後ろ姿を見えているだけなので、表情の変化などはわからない。身じろぎもしない。


「あなたももう眠っていいのよ。そのまま道を進んで、安らかに」

「……!」


 声をあげそうになって、脩は自分の口を掌で押さえた。少女がすっと透けて行き、消えたのだ。佐伯も「気配が消えたわね」と言っている。


「いわゆる成仏したんでしょうか」

「私は神道だから成仏した、とは言えないけれど」


 確かに、成仏と言うのは仏教の言葉なので元巫女の佐伯にとっては違うのだろう。ならば、なんと言い替えればいいのだろう。


「でも、そうね。無事に川の向こうへ行けたと思うわ」

「なら、よかったです」


 怪異の中でも強い力を持っていた存在がいなくなれば、徐々に怪異は消えていくだろう、というのがみんなの見解だった。噂が下火になって、みんなが興味を示さなくなれば、その存在を維持できなくなる。そういうものなのだ。

 会議室に戻ると、ほかの明らかな怪異の対処に行った千草と鹿野は、まだ戻ってきていなかった。急遽呼ばれた佐伯が勝手に紙コップにコーヒーを入れ始めた。


「あちっ。……千草さんは、向坂君なら私と同じ方法で除霊ができるかもしれない、と思ってるのかもね」


 紙コップなので、手に持ったら熱かったようだ。それはともかく、脩は佐伯の言葉が気になった。


「佐伯さんと同じ方法で、ですか。俺にできるとは思えないんですけど」

「そう? 霊視能力はあるんだし、この除霊方法は初歩的なもので、難しくないわよ」


 追い払うだけでも出来たらちょっと違うしね、と佐伯は笑う。それは、確かに、自分で身を守れるのは大事だ。

 そんなわけで、佐伯の講釈を聞いている間に、千草と鹿野が戻ってきた。


「佐伯さん、無事に除霊できたみたいね」

「たぶん、ですけど」


 佐伯が肩をすくめるのを見て、千草は片方の眉を少し吊り上げたが、「まあ、佐伯さんなら大丈夫でしょ」とさばさばと言った。あまり突っ込んでこないのが千草のいいところである。


「こちらも、大元は対処したから怪異は弱まっていくと思うわ。しばらく、様子見は必要だけどね」

「そうですか。よかった」


 佐伯が微笑んでうなずいた。その横で脩は鹿野にささやく。


「中林先生、大丈夫でした?」


 学年が違うので大丈夫だと思うのだが、鹿野とかかわりがあったので巻き込まれていないだろうか。話をするとき、彼女を通したはずだ。鹿野はしばらく脩を見つめた後に口を開いた。


「大丈夫ではないかもしれないが、学校側がここまで放ってきた結果だろ。特に野端は、亡くなった女子児童のことを覚えているからな」

「ああ……そうでした」


 介入する機会があるのなら、中林は口をはさむだろう。彼女は亡くなった上級生のことを覚えている。

 いくつかの手を打ち、千草は河原町小学校から撤収することに決めた。

 これは完全に後日談になるが、小学校から撤収してから一週間ほどたったある日、市役所の地域生活課の事務所に珍しい客が来ていた。


「こんにちは」

「こんにちはー」


 女の子が二人顔を出した。日下部が愛想よく「こんにちは!」とにこにこ笑う。


「森田さん、佐藤さん」


 脩も気づいて立ち上がる。


「あ、向坂さん」


 アリサがひらひらと手を振る。思いつめたような表情が多かった彼女も、今はにこにこしている。それは一緒にいる涼花も同じだ。二人とも、表情が明るい。


「どうしたんだ? 二人で」

「友達になったの」


 ね、と二人が顔を合わせて笑いあう。クラスは違うが、友達になれたのならいいことだ。脩もほっこりして「そうか」とうなずいた。

 二人を応接用の椅子に座らせて、お茶を出してやる。役所なので、さすがにジュースなどはおいていなかった。鹿野も誘ったが、首を左右に振られたので千草と二人で小学生二人の相手をする。


「でね、ちょっとは学校もましになったんだよ」

「まだ空気は微妙だけどね。前よりはマシ」


 涼花とアリサがうんうん頷きながら言った。一週間足らずでそこまで話が進んだのなら大したものだ。


「向坂さんとか、千草さんのおかげだよ」

「あと、鹿野さんもね」


 存在感の薄かった鹿野のことも、涼花はちゃんと覚えていた。まあ、彼女は超能力関係で話をしたのだから、記憶に残っていても不思議ではない。


「中林先生がね、たまに話を聞いてくれるの。四年生の担当なんだけど」


 アリサが嬉しそうに言った。涼花も「そうそう」とうなずく。


「他の先生たちは全然だけどね」


 涼花はそう言って肩をすくめる。アリサは「聞いてくれるだけいいと思うんだけどなぁ」と言っている。


「二人が前向きに考えられるならよかったわ。それで、その後不思議なことは起きてる?」

「ううん」


 アリサが首を左右に振った。彼女が言うということは、あの踊り場の鏡の少女も現れていないのだろう。涼花は「噂も減ってきたよね」と証言を強化する。二人の言う通りなら、次調査に入った時に事件は完結、となるだろう。

 一通り話して、アリサも涼花も満足したようで「もう帰るね」と笑った。


「ね、鞆江さんは?」

「別のお仕事中なの」


 尋ねたのはアリサだが、涼花も気にしているようで「そうなんだぁ。会いたかった」と唇を尖らせている。


「鞆江さんにありがとって言っておいてね」

「私の超能力? もあんまり出てこなくなったって伝えておいてください」


 明るいうちに二人の小学生を帰し、しばらくしたところで俐玖が帰ってきた。残念、すれ違いだ。

 二人の伝言を言うと、俐玖は「そう」としか言わなかったが、少しうれしそうに見えた。過去の彼女が少しでも慰められたのなら、それもよかったのだと思う。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

第7章、完結です。再び投稿をお休みします。すみません…。

なお、いじめ問題については私は専門外です。この話はファンタジーです。実在する人物、団体、出来事とは一切関係がありません。


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