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【Case:07 学校の怪談】4

お久しぶりです。

ちょっと落ち着いてきたので、ひとまず章の完結まで。









 結局、俐玖は涼花に暗示をかけた。気休めにすぎないが、その気休めが大事なのだ。涼花は笑って手を振り、午後の授業に戻っていった。


「やるじゃない、鞆江さん」

「少しでも元気になったならよかったですけど」


 そう言って俐玖は肩をすくめた。涼花の件がひと段落したので、次は学校で起こる怪奇現象の方だ。


「集団催眠ってことはなさそうなんだけど」


 俐玖が学校を見て回りたいと言うので、連れ立って歩きながら千草がわかっていることを教える。


「探したけれど、変な札とかもなくてね。まあ、さすがに備え付けのものとかは外したりしてないんだけど」

「起こっていることの共通点って、学校七不思議だということだけですか?」

「そうじゃないのもあるけど……」

「なるほど。でも、千草さんたちが調べたように、すべてが実際に起こっている怪奇現象とは限りませんから」


 実際に怪奇現象はあるが、その中には勘違いなども混じっている……と言うことだ。


「ああ……いないわけではないようだね」


 俐玖がそう言った時、眺めていたのは階段の踊り場にある鏡を見ていた時だ。大きな前進協で、一階と二階の間に設置されている。


「待って。私には何も見えないのだけど」


 千草が慌てて突っ込みを入れる。それから千草は振り返って脩と鹿野を見たが、二人とも首を左右に振った。俐玖には何が見えているんだ。


「おかしいな。私もそんなに霊視能力は強くないんだけど。幻覚?」


 俐玖は一度後ろを振り返ってから、「ここ」と鏡の右上を指さした。何気なくそちらに視線を移し、脩はひゅっと喉を鳴らした。


 いた。右上。背中を向けた髪の長い少女。十歳前後だろうか。小学校高学年くらいの年齢に見え、この学校の制服を着ていた。思わず後ろを振り返るが、いるわけがない。そもそも、そちらは下り階段の方だ。右上に姿が見えるわけがない。


「いるな」

「えっ、向坂君も見えたの?」


 どこ? と千草は視線がさまよっている。鹿野も見えていないようだ。二人とも見える人ではあるが、一般人の第六感が鋭い人と大して変わらない。というか、ここに集まっている四人とも、常時見える人ではない。


「とりあえず、何が見えてるの二人とも。確か、未来が見えるという鏡だったわよね」

「……未来は見えませんね」

「千草さんが見えたら、見えるのかもしれませんけど」


 脩も俐玖も首をかしげる。再び千草は「天然二人」とため息をついた。千草はよく当たる占い師である。言い方が詐欺っぽいが、これが本当に当たるのだ。自分や親しい人に関しては自分の願望が混じってしまうので正確には見えないそうだが。予知ではなく、占いだ。


「見えているのは女の子ですね。正確には、この学校のスカートタイプの制服を着たロングヘアの女の子です。体格から、十歳前後に見えますね」


 あいまいな言い方であるが、確かにこの時代、髪型や着ている服から性別を判断できない。まあ、男子児童でスカートをはく子はあまりいないが、女子児童でズボンをはいている子は結構多い。冬は寒いし。


「この学校の児童かしら」

「うーん……」


 制服を着ているからと言って、その学校の児童とは限らない。あいまいな返事だった。

 授業終了のチャイムが鳴った。もたもたしているうちに、午後の授業が終わったようだ。低学年はもう下校しているが、高学年はまだ授業中である。いや、今終わったが。

 何事もなかったように撤収しよう、と四人が二階に足を向けたとき、女の子の悲鳴が上がった。階段を降りようとした女の子がわなわなと震えている。


「佐藤さん」


 昨日脩が話したアリサだったので声をかけたのだが、アリサははっと脩を見て、そのまま身をひるがえした。三階から降りてきたようだが、また昇って行った。追いかけようと思ったのだが、他の児童たちが出てきて「こんにちは」と元気に挨拶していく。下校時間なので、みんなランドセルを背負っている。まだ、ランドセルの小学校は多いのだ。


「知り合い?」


 千草が脩に尋ねる。すれ違う子供たちにあいさつをしながら、器用だ。高学年も下校時間のようだ。


「昨日話をしました。五年生の子です」

「クラスと名前は?」

「聞いていますが……」


 まさか呼び出すのだろうか。千草はそのつもりのようだ。幸い、涼花は大丈夫だったが、子供が役所の人間に呼び出されたら怖いのではないだろうか。

 思わず顔をしかめると、俐玖が脩の服の裾を引いた。


「さっきの子、mixedでしょう。なら、私のことを話していいよ」

「ミックス? ……ああ、ハーフのことか。俐玖がドイツ生まれのドイツ育ちだってこと?」


 ハーフとは日本でしか通じないそうだ。脩はアメリカに留学しているときに、他の言い方を知った。


「それでもいいけど、私もmixedだからね」

「俐玖ってやっぱりハーフなのか」


 直接聞いたことはなかった気がするが、やはり俐玖は外国の血が混じっているようだ。俐玖を単独で見てもそうだし、俐玖の姉、恵那は明らかにヨーロッパ系の顔立ちをしていた。父親は日本人のようだが、母親が外国人なのだろう。


「日本風に言うと、クォーターにあたるかな。言ったことなかったっけ?」

「ないと思うが」

「そうだっけ?」


 聞かれたら言うが、俐玖は聞かれなかったら言わない気がする。脩も特段聞かなかった気がするので、言われていないと思うのだが。

 ともかく、クォーターと言うことはおそらく母方の祖父母のどちらかが外国の人なのだろう。それなら、恵那がくっきりとした顔立ちなのに、俐玖が日本人的な顔立ちなことに説明がつく気がした。


「鞆江さん、ハーフじゃなくてクォーターだったのね。ドイツ生まれのドイツ育ちに惑わされたのかしら」


 千草は俐玖の身上書を見たことがあるので、彼女がいわゆる純粋な日本人ではないことを知っていたようだ。俐玖も「育った環境の影響は強いですよね」とさほど気にしていない。


 とにかく、俐玖のことも話して脩はアリサを連れてきた。さすがに成人男性が小学五年生の女の子を連れて行くのはまずいので、結局俐玖にも一緒に来てもらったが。俐玖は、意外と子供とのかかわり方がうまい。


「鞆江さんのお母さんはどこの人なの? 私のお母さんはフィンランドの人なんだって」

「へえ。北欧だね。私の母は、父親が……つまり、私のおじいちゃんがアイルランドの人なんだって」

「アイルランドってどこ?」

「ユナイテッド・キングダム……いわゆるイギリスの隣かな」

「今度地図見てみる」

「そうだね」


 話をしながら会議室に入る。千草がお茶を用意していた。ちなみに、今日は涼花が来ることがわかっていたので大容量のチョコレート菓子を用意していた。


「その……こういうことを言うと、変な子だって思われると思うんですけど」


 アリサも涼花も、最近の小学生はしっかりしている。そういう切り出しで、アリサは話し始めた。

 アリサがいじめられるようになったのは、夏休みが明けて新学期が始まってからだそうだ。もともと、春に五年生になり、クラス替えがあってから浮いている自覚はあったそうだ。


「外国人みたいな見た目で本当にハーフなのに、英語とかも話せないし……」


 外国人のくせに日本語しか話せない、と男の子にからかわれて笑われたこともあるそうだ。なお、フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語だそうだ。まあ、このあたりの国の人は、英語が話せる人がほとんどだが。


 話を戻して、九月に何があったかと言うと、転校生が来たのだそうだ。両親とも日本人だがアメリカからの帰国子女で、日本語と英語が操れた。性格も明るく、すぐにクラスになじんでクラスの中心人物になった。

 そうなると、外国人の見た目なのに英語が話せないアリサがからかわれ、笑われるようになった。それがだんだん過激化してきて、教科書を隠されたり上履きをごみ箱に捨てられたり、引き出しに虫を入れられたりするようになった。

 アリサがいじめられるようになると、それまで親しかった友人たちも距離を置くようになってきた。自分が標的にされてはたまらないと、自衛のためだろう。これは難しい問題だ。

 例の七不思議のひとつである鏡のある階段は、日中はあまり使われない。玄関に近いので、登下校の時には利用者が多いが、授業中は人がほとんどいない。アリサはグループワークなどのある授業の時は、ここに逃げてきたそうだ。


「その時に、同じくらいの年の女の子に話しかけられたんです」


 鏡に映っている女の子で、まっすぐな黒髪をぱっつんにしているらしい。顔立ちは日本的な普通の女の子に見えて、この小学校の制服を着ていたそうだ。


「最初は怖かったんですけど、だんだんその、大丈夫になってきて。話をいっぱい聞いてくれるし……」


 ほとんど相槌を打つだけだが、話し相手がいて、話を聞いてくれると言うだけでうれしかった。家族にもいじめられていることを相談できず、クラスにも居場所がない。担任の先生にも言えない。そんな時に出会った相手だったそうだ。


「でも、昨日、向坂さんに会って、市役所の人が調査に来てるって聞いて」


 変なことを調べている、と言うから、この鏡の女の子について調べに来たのだと思ったそうだ。それで、昨日のうちに忠告し、今日は様子を見に行こうとしたそうだ。


「その……ごめんなさい」

「それは……」


 何に対する謝罪? とマジレスしそうになった俐玖だが、千草に言われたことを思い出して急遽方針転換したようで、違う言葉を発した。


「佐藤さんは、その女の子の顔を見て、話をしたんだね」

「う、うん。鞆江さん、信じるの?」


 アリサは、市役所が鏡の女の子を調べに来ていると思ったそうだが、心のどこかでは女の子はいないものだ、自分のイマジナリーフレンドのようなものだと思っているようだった。


「私はそう言うのはいてもおかしくはないと思っているからね。佐藤さんは、いないと思ってるんだ」

「……自分でも変だと思うもの」


 むくれた顔で、アリサは言った。俐玖は瞬きして小首をかしげる。


「逆に、普通って何だろうね?」


 確かに、普通を定義するのは難しい。何をもって普通なのか。


「……髪の色がみんなと違うわ」

「外国に行けば、むしろ一般的じゃないかな」

「ハーフなのに、英語も話せないし……」

「私は日本人の血の方が濃いけれど、帰国した時、ほとんど日本語が話せなかった」

「み、みんなに見えないものが見えるし」

「その人が何を見ているか、証明することはできないんだよ」


 一つ一つ反論されて、アリサが考え込む。怒るかと思ったが、そうでもなかった。アリサにとって、俐玖は自分と同じような立ち位置なのだろう。今いじめられている子と、かつていじめられていた子。そんな俐玖でも、こうして大人になっている。


「……怖かったの」

「うん」

「私があの鏡の子と話すようになってから、学校で七不思議が起こるって噂になって、わ、私のせいじゃないかって」


 確かに、時系列を整理してみると、新学期が始まりアリサがいじめられるようになった後に、七不思議の噂が広まってきているように思えた。


「ごめんなさい……」


 最後に謝って、アリサがぽろぽろと泣き始めた。千草が彼女の背中をなでる。向かい側の俐玖も、手を伸ばしてアリサの頭を軽くたたいた。


「あなたは悪くないよ」


 多分、こうして話を聞いて受け止めて、肯定してくれる人が必要なのだと思う。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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