【Case:07 学校の怪談】3
授業一限分涼花を預かったが、さすがにその後、彼女を教員に引き渡した。と言っても、相手は保健室の先生だけど。一応、担任の先生には話を通しておくことにした。いじめ問題にどこまで突っ込んでいいのかわからなかったので、超能力の調査のことだけだ。
「つまり、彼女が今回の怪奇現象の原因だと?」
「違います」
疑った担任に、千草がきっぱりと言った。なんとなく思っていたのだが、千草と仕事中の俐玖の言動は似ている気がする。
「それと森田さんのことは別の問題です。たまたま、こうした力を持つ人への対応もしているので、お話しすることになっただけです」
千草ははっきりとそう言い切った。もしかしたら、涼花はこの怪奇現象に関係がある可能性もあるが、証拠もなく決めつけられるわけにはいかない。
「明日、もう一人職員が来るので、よろしくお願いします」
先ほど、脩に行ける、とのメッセージが入ったので、明日俐玖も追加で来る。ほかのところで人数が足りなくなれば、脩か鹿野がそちらに行くことになるそうだ。その前に来宮を返してくれればいいのに。
その日は、もう一度起こった現象を調べ、超能力がかかわっていそうなものをより分けておく。明日、俐玖に見てもらえばよい、と言うのが千草の言い分だ。
翌日、彼女は来た。また週の半ばだが、すでにぐったりしている。昨日おとといの二日間で、二年分は喋った気がする、と言っていた。どんな状況に放り込まれていたのだろう。来宮が切れていないだろうか。
「キレてた。課長に間に入ってもらった」
「キレてたんだ……」
「あの子も、短気ねぇ」
脩としては、来宮をあの子扱いする千草も恐ろしい。
職員玄関から学校に入った俐玖は、開口一番「空気が悪いね」と言った。脩は首をかしげる。
「窓が開いてるし、換気はされてると思うけど」
「そうじゃないよ。それ、わざと?」
「?」
二人で顔を見合わせて首をかしげる。千草が手をたたいて「天然二人、後でやりなさい」と言った。
「それで、どういうこと?」
「閉ざされた空間である、と言うことですよ。日本の学校って、そう言うところが多いんですけど……外界と境界を引いて、明確に分けられている、というか」
なんとなく理解はできる気がした。実際の空気ではなく、気配と言うか、そう言うのが『悪い』と言っているのだろう。
「一つの出来事に触発されて、連鎖反応が起きているのかもしれませんね」
「……なるほど。考えてみましょう」
職員室で俐玖を紹介すると、超能力の専門家だというから壮年の男性でも想像していたのだろう。名は伝えてあったが、俐玖は名前も中性的である。若い女性が現れたことに面食らったようだった。
調べてほしい涼花が授業中なので、先に学校七不思議について話し合う。ついでに、脩や鹿野が在学していた時の七不思議も伝えておいた。
「へえ。脩と鹿野さんってこの小学校の出身なんだね」
「在学期間はかぶってないけどな。俐玖はどこの出身だ?」
「TubingenのGrundschuleに通ってたね」
「ごめん……なんて?」
日本語がうまいので、彼女がドイツ生まれのドイツ育ちなのを忘れていた。テュービンゲンってどこ。
「ドイツの小学校みたいなところだよ。テュービンゲンは学園都市でね、父がそこの大学の教員だったんだ」
「あ、あった。ドイツの南の方ね」
マップを開いた千草が場所を見せてくれる。鹿野とともにのぞき込むが、よくわからない。ミュンヘンとも近くないし、ミュンヘンよりはフランス寄りだということしかわからない。
「つまり、来宮さんはそこの大学出身ということか?」
「あっ、そうだね」
以前、来宮は俐玖の父に大学時代から就職まで世話になった、と聞いていたのでそう言う結論になった。千草も「なるほどねぇ」とうなずいている。
「話を戻すけど、七不思議、どう思う?」
「こういう七不思議とか、都市伝説とかって時勢や流行を反映していることが多いんです。だから、鹿野さんや脩の時と比べて、変遷しているのは当然のことです。また、実際に起こっていたとしても、時を経るにつれてそのあらわれ方が変化していることがよくあります。脩が卒業してから十年以上たっているわけですし、移り変わりを調べれば何か見えてくるかも」
「近年の卒業生を全員連れてくるってこと?」
さすがに無理だ、と千草は首を左右に振った。ですよねぇ、と俐玖も肩をすくめている。
「理論的に解明できないから、対照実験を行ったり、こうした変化を調べていくしかないんですけど」
「あなた、そんなに理屈っぽいのに、理論的に解明できないのね」
「そうですね。というか、怪奇現象は別に、私の専門ではありません」
こんなに詳しいのに専門ではないのだ。文化史なので、かすってはいるそうだが。
そうこうしているうちに昼休みになり、涼花が来る。来る前に、千草が俐玖に念押しした。
「鞆江さん。相手は小学生よ。鹿野君にも言ったけど、マジレスしちゃだめよ」
「マジレス?」
「本当のことを真面目に返答しちゃダメだということだ」
「なるほど。しませんよ」
脩の解説を聞いて、俐玖は苦笑した。俐玖はたまに、現代っぽい略語や和製英語がわからなかったりする。脩は気づいたらフォローを入れるようにしていた。子供時代を日本の外で育ったにしては語彙が豊富だと思うのだが、子供のころに経験しなかったことはなじみにくいものだ。
俐玖が涼花にやらせたのは、線を引いた紙に硬貨を置いて動かせるか見るもの、それから、水を張った水槽(水を張れるなら何でもよい)に外から触れて、波を立てることができるか、と言うような簡単な検査だった。本格的に調べようと思ったら、機材が必要らしい。
「……動きません」
涼花が不安そうに俐玖を見上げる。俐玖は「そうだね」と少し目を細めた。
「森田さんはサイコキネシスの持ち主だね。子供にはままあるものだよ」
昨日の鹿野と似たようなことを言って、俐玖は涼花に彼女の背後にあったパイプ椅子を見せた。
「……えっ」
涼花が戸惑いの声を上げてしまうのもわかる。パイプ椅子のパイプ部分がねじ曲がっていた。人間の力では、こんなことはできない。どうやら、目の前に差し出されたものは気をそらせるためのものだったようだ。緊張やストレス、意識しすぎると能力を発揮できない、と言うことはよくある。
「これ、あたしが……? じゃ、じゃあ、学校で起きてる変なことって、やっぱりあたしが」
「違う。そうではない」
俐玖は首を左右に振って即座に否定した。なんとなく既視感がある、と思ったら、昨日千草が学校の先生に言ったことと同じだ。
「森田さんのせいではないよ。むしろ、学校で起きている現象に、森田さんの潜在能力が誘発されたんじゃないかな」
「せんざい……?」
俐玖の言葉が難しかったようで、涼花は首をかしげたが、俐玖もかみ砕いて説明できないようで首をかしげて、それから脩を見た。脩は思わず苦笑した。
「つまり、森田さんがもともと持っていたけど、目には見えなかった力が、学校の怪奇現象に触れることで目に見えるようになった、と言うことであってるか?」
「そう、それ」
俐玖が深くうなずいた。俐玖と脩のやり取りを見て、涼花が笑う。
「鞆江さん、天然って言われない?」
「……言われる」
十一歳の女の子にまで指摘されて、俐玖はちょっとむくれた。俐玖には気の毒だが、涼花が笑ったのでよかった。
「それで、鞆江さん。森田さんのこれはどうすればいいの?」
流れをぶった切って千草が話を進める。涼花も緊張気味に俐玖を見上げた。
「それほど力が強いわけではないので、訓練をしなくても自分で制御できる範囲だとは思います」
後から聞いたのだが、涼花のサイコキネシスはストレスが原因の可能性が高く、ストレスが消えれば能力も消滅するだろうということだった。俐玖も今自分が説明することではない、と思ったらしく、その場では言及しなかったが。
「でも、心配なら暗示をかけておこうか」
「暗示? 催眠術?」
涼花がこわごわと尋ねた。俐玖は「そうだよ」とうなずく。
「私も力が弱いから、どちらかと言うと自己暗示になるけどね」
きっかけを与えるだけで、俐玖の暗示は彼女のが本当にかけるものとはちょっと違うらしい。そうだったのか。
「テレビとかでやってるの、見るけど、あれって効くの?」
「よほど自我が強くない限りは、効く。暗示に耐性のある人っていうのもいるけどね」
「ええー。鞆江さんって何者なの」
「北夏梅市の公務員」
「それは知ってるよ」
同性だからか涼花も緊張ほぐれてきたようだ。千草とは、やはり親子ほど年が離れているので気やすくはなれなかったのだろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
投稿を再開したばかりですが、しばらく投稿できないと思います。ここまでは予約投稿だったのですが、不測の事態が起こってしまったので…。




