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【Case:06 影法師】4








 脩の問いに、鞆江は何度か瞬きをしてから口を開いた。


「……むしろ、脩はなんでついてきたの?」

「お前ら、意思の疎通できてるか?」


 後部座席で首を傾げあっている自分の友人と後輩をバックミラーで見て、拓夢はあきれたようにツッコんだ。


「まあ、現場検分だな。実際に対象に触れないとわからないってのは、便利なのか不便なのか」

「便利ではないよね。手をつなぐのとか、嫌がられるし」

「何の話?」

「私のESPの話。尤も、かなり微弱だけどね」


 ESP、つまり超能力だろうか。助手席の沢木が「はあ?」と眉をひそめている。


「そんなもの、あるわけないでしょう」

「実際に目に見えないものですからね。見えなければ、ないのと同じ。あると証明することは難しい。けれど、自分が見えないからと言って、それが必ずないとは言い切れないでしょう」

「それ、お前の論文の序文じゃねぇの」


 なんとなく論理的なことを言っていると思ったら、実際に論文の文章のようだ。拓夢はその論文を読んだことがあるらしい。全文、英語らしいので、時間があるときにでも読んでみようと思う。四か月ほど地域生活課にいて気が付いたが、鞆江は文化史を修めた学士としてより、超能力の研究者としての名の方が知れているのである。


「私は微弱なサイコメトリーがあるんだよ。信じるかは別だけどね」

「まあ、信じない理由はないな」


 拓夢のようにやたらと勘が鋭い人もいるし、汐見課長のように何か別の世界が見えている人もいる。さらに、神倉のような動物を使役しているような人もいるのだ。鞆江にサイコメトリーの能力があっても、今さら驚かない。むしろ、ある、と言われたら納得できることの方が多い。黒女の事件の時、倒木の被害者の『探し物』を察することができたのも、広大な山の中から、案内があったとはいえ脩を探し当てたことから、彼女は探し物が得意なのだとわかる。


「私の場合は人の感情のような複雑なものは読み取れない。残留思念なんかは読み取れることもあるけど……大体は、対象に残った『記録』を読み取ってる」

「あ、もしかして鞆江さんの狙撃は」


 まさかサイコメトリーの恩恵、と思ったが、即答で「違う」と否定された。


「ESPを通さない銃を使ってるし、そもそも、私の能力程度では自分が持っているライフルがどこを向いているのかまで読み取れない」


 どうも、彼女の能力は『過去』を読み取ることに限定されているようだ。人によっては、現在や未来まで読み取るものもいるそうだが。


「今のところ、被害者は三人とも十代の女性だ。乱暴はされていないそうだが、大丈夫だな?」


 念を押す拓夢に、襲われたときの情景を見ることになるかもしれないのだ、と脩はやっと気が付いた。難儀な能力だ。


「私の力ではそこまで読み取れることはほとんどないよ」


 現場に到着した。一人目の被害者が襲われた場所だそうだ。普通の住宅街の中で、街灯があるが夜は暗そうだ。そして、人通りも多くないだろう。

 鞆江はうろうろとあたりをうろつき、街灯の明かりの範囲から外れると思われるあたりにしゃがみこんだ。


「相変わらずだな。そのあたりに被害者が倒れてた」

「なるほど」


 地面に手をつき、鞆江がそのまま固まる。サイコメトリーは接触感応の能力だ。


「……駄目ね。雑多な記録が多すぎて読み取れない」

「なら、やはり被害者に会ってもらうしかないか……」


 拓夢が顔をしかめる。被害者は三人とも、まだ入院中なのだそうだ。また病院。


「多分、私ではうまく彼女たちの記憶を読み取れないと思うよ」


 首を左右に振って、鞆江が否定する。鞆江の能力では、意識のある人間から記憶を読み取ることは難しいそうだ。読みたい記憶が、その人物の意識に阻害されるのだという。つまり、記憶自体よりもその人の意識の方が強い、と言うことになる。


「じゃあ、話をしてその時のことを思い出してもらえばいいんじゃないか」

「脩、鋭いね。でも、そういう会話が私にできると思う?」


 以前、似たような状況で被害者の女性と話をしたときのことを思い出す。


「……難しいだろうな」

「何のためのお前の暗示だよ」

「うまく話せないのに、暗示にかかってくれるわけないでしょ」


 拓夢につっこまれるが、鞆江はそうツッコみ返した。能力と性格が一致していない。


「当てが外れたってことでいいんですかね」


 ここまでほとんど会話に入ってこなかったので忘れていたが、沢木が一緒だった。彼が鞆江をにらみながら拓夢に尋ねる。警察ではない人間を連れてきて、何の情報も得られないのだ。しかも何をしているのかわからない。気持ちはわかるが、鞆江をにらむのは筋違いだ。脩は鞆江と沢木の間にさりげなく移動した。


「いや、まだだ。三人の被害者のうち、誰かに会えるように手配する。脩、お前が話せ」

「俺ですか?」

「なるほど、拓夢、賢い」

「だろ」


 この軽いやり取りが仲の良い友達な感じで腹が立つ。いや、ではなく。


「わかりました。鞆江さん、聞くことリスト作ってくれないか」

「了解。想定問答作ってあげるよ」


 そう言うのは得意、と鞆江。むしろ、マニュアル化してくれそう。

 そこではいったん解散し、拓夢に送ってもらって市役所へ帰った。戻ると来宮が事件の情報を集めてくれていた。前職が研究者なので、こういうのが得意なのだ。


 仕事終わり、夕方六時ごろ、拓夢からメッセージが入った。駅の近くの焼き鳥屋で待ち合わせる。


「よう」


 拓夢が片手をあげて挨拶をしてきたので、脩は反射的に「お疲れ様です」と言おうとして口を閉ざした。


「どうしたんだよ」

「いえ、社会人になると反射的に『お疲れ様です』と言いたくなるな、と」

「ああ~わかるぞ」


 社会人あるあるなのだ。二人で笑いながら店に入った。


「んで?」


 早速拓夢が話を促してきた。脩は焼き鳥を飲み込んでから口を開く。


「ストーカーって、警察に相談に行けばいいんですか?」

「お前にストーカーするとか、チャレンジャーだな」

「俺じゃないですよ」

「わかってる。俐玖だろ」


 そもそもそう言う話で約束を取り付けたのだ。人の話を本人の了承なしに広めるのもどうかと思うが、来宮が鞆江に話を聞いてみたところ、やはり首をかしげていたので、鞆江はなにも違和感を覚えていないのだろうと思う。


「あいつは自分がそう言う対象になるわけないって思ってる節があるからな。この前、芹香と俐玖とプールに行ってきたんだが」

「なんですかその楽しそうな状況は」


 拓夢と拓夢の弟の和真、音無、鞆江と四人で行ってきたらしい。もともとは、暑いからと鞆江と音無が二人で行く約束をしていたそうだ。


「ナンパされる未来しか見えませんが」

「だから俺らも一緒に行ったんだよ」

「なるほど」


 暑い時期だったから、拓夢も和真もそれなりに楽しんできたそうだ。鞆江のことが好きな和真は緊張しっぱなしだったのでは。

 それはともかく、拓夢と和真が一緒でも、鞆江と音無は声を掛けられまくったらしい。背後に拓夢が控えていても声をかけるとか、なかなか度胸がある。大学生らしき若い男が多かったそうなので、怖いもの知らずなのだろうか。脩が学生の頃はそこまでではなかったと思いたい。


「帰りに話を聞いたら、『みんな芹香に興味があって、自分はおまけでしょ』って言うんだよな」


 これが本気なのか冗談なのか、鞆江の場合はよくわからない。本気で言っている可能性が高い気もするが、そんなに自分がもてないと思えるものだろうか。いや、脩は以前の鞆江を知らないが。

 それでも鞆江には前科がある。告白されても気づかない、ナンパにあっても気づかない、さすがに痴漢に遭遇した時は気が付いたそうだが、そんなに欲求不満だったのかな、と言い放ったそうだ。というか、なぜそこまで遭遇しておいて鞆江の現状なのだろう。


「話し戻すけど、本人がストーカーを認識していないなら相談しようもないよな。俺も芹香に話しておくが……つーか、今日あいつは?」

「来宮さん宅で夕食をごちそうになって、そのまま来宮さんが送るそうです」

「なら安心だな」


 来宮なら車で鞆江を送るだろう。同じアパートに住んでいる、と言うのが不安材料だが、過保護な来宮は昨日の脩と同じように、部屋に着いたら連絡をするように言うだろう。


「つーかお前、随分仲良くなったな」

「年が近いですからね」

「俐玖となら実質同い年だろ」


 誕生日の離れ具合を考えるのなら、俐玖と拓夢より、俐玖と脩の方が誕生日が近い。


「和真もお前くらいのコミュ力があれば、俐玖と付き合えたかもな」


 どちらも内気な性格なので、うまくいかないだろう、と言うのが拓夢の見解なのだ。実の弟に対してシビアである。


「先輩はどうして音無さんと付き合うようになったんですか」

「お前、この流れでそれ聞くか?」


 連鎖的に思い出して気になったのである。いつまでも俐玖のストーカー問題を話しているわけにはいかない。音無は拓夢も大概女性に免疫がなかった、と笑っていたが、どう付き合うことになったのだろう。


「まあ、俐玖が共通の知り合いだからな。学部が違ったけど、ほら、一二年の時は共通科目があるだろ。それで仲良くなって」


 意外と教えてくれるものだ。自分で聞いたのにそんなことを思いながら、脩はうなずきながら話を聞く。


「あいつが留学してた頃、よく話すようになって付き合うことになった。以上」

「なるほど」


 どうやら拓夢の方から告白したらしい。鞆江の縁でできたカップルだった。世の中、何が縁になるかわからないものである。

 拓夢も音無も、留学してしまった鞆江を心配していたようだ。留学先は姉の恵那が在学中だったオックスフォードであったし、何ならルームシェアもしていたようだし、そもそも鞆江はドイツ生まれである。それを理由に二人で会いたかっただけなのでは、と思ったが、黙っておいた。


「何、お前、恋人がほしいの? ていうかお前、今まで長続きしてなくないか?」

「まあ、そうですね」


 今まで三人の女性と付き合ったことがあるが、そのすべて相手から告白され、相手から振られている。とりあえず付き合ってみよう、と言うノリが悪かったのだろうか。


「まあ、わかる気はするよな。お前、誰に対しても態度変わらねぇから」

「そうでしょうか」

「そう。朗らかで快活に見えるけど、底が見えないっていうか」

「底が見えない……それほど考えてるわけじゃないんですが」


 むしろ、何も考えていないことの方が多い気がする。そう思って苦笑すると、拓夢は急に話を戻してきた。酔っ払いあるあるである。


「とにかく、俐玖のことはあの辺の見回り、増やしてもらえるように言っておくわ」

「……そうですね。本人が自覚しない限り……これって赤の他人が言い聞かせてもいいものなんですかね」

「……そうだな。確証があれば、巻き込まれたって言って介入できる気もするが」


 その確証もないのだ。つまり、どうしようもない。

 その後も音無に同行を頼むとか、せめて実家がよいにしてもらう、とかいろいろ話はしたが、すべて鞆江の意思に任されることになる。途中で面倒くさくなった拓夢が、「一回痛い目見てみるのも手だよな」と警察にあるまじきことを言い始めたあたりで、お開きにした。まだ週の始めで、明日からも仕事であるので。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


鞆江と脩は同じ年の二月と四月生まれ。


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