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【Case:06 影法師】1










 いつがきっかけかはっきりしているのだが、脩は時折、絶対にこの世のものではないな、と思うものが見えるようになった。はっきりとわかったのは、お盆に墓参りに行った時だ。諸事情で夕方に行ったのだが、人魂のようなものが見えた。肝が据わっている、図太い、と言われる脩も、さすがにこれにはびくっとした。普通にホラーなどは好きだが、実際に見ると慄く。

 七月に調査した、川の水の色が変わっている怪異の際に、境界を越えたのが原因だろうと、脩と地域生活課の職員たちの意見が一致した。実際、一度怪異を認識すると、人ならざるものが見えやすくなる、という。ただし、見えるということは脩にはもともと素養があったのだということだ。

 自分でも適応力が高いな、と思ったが、そのうちあまり気にならなくなった。見えていると言っても、襲ってくるわけではないので、身構えるのが馬鹿らしくなったのだ。

 この機会にいろいろと聞いてみたところ、やはり課の中で一番見えているのが汐見課長らしい。笹原や幸島はほとんど見えておらず、神倉や鞆江のように明らかに視覚ではない何かで知覚している、と言う人もいる。日下部と鹿野がそろって「勘」と言った時にはちょっとわらってしまったが、この二人の勘が洒落にならないので世の中よくわからない。


 さて、そんな脩であるが、総務課から戻ってくると鞆江が子育て支援課の女性職員と押し問答をしていた。


「お金はいらないし、ご飯食べてちょっとおしゃべりするだけでいいから!」

「ええ……」


 年かさの方の女性職員が鞆江を説得しようとしているようだが、鞆江は引き気味だ。回り込んで日下部に尋ねる。


「どうしたんだ、あれ」

「次の日曜日の婚活イベントに俐玖さんを連れて行きたいみたいです。参加者が少ないらしくて」

「なるほど」


 鞆江が自分から行かないであろうイベントだ。それであれだけ渋っているのだろう。


「人選、間違ってないか?」

「急なんで断られまくったそうです。あたしが参加してもいいんですけど、二十五歳以上が対象なんですよねぇ」


 日下部は十九歳だ。誕生日が来れば二十歳だが、まだ酒が飲める年齢でもないし、年齢制限にも達していないため、主催側のサクラとして参加するには向かない。


「鞆江さん、一緒に行こう。私も行くから!」


 鞆江や脩と同年代と思われる方の女性職員が必死である。彼女も連れて行かれるらしい。鞆江と同期らしく、と言うことは脩と同い年だ。なら二十四歳なのでは、と思ったが、どうやら夏が誕生日で二十五歳になっているようだ。

 鞆江は学年的に一級上になるのだが、一年留学していた影響で、卒業が九月だったらしい。そのため、正式採用されたのは一級下の学生たちと一緒だったのだ。


「あんたは彼氏が欲しいって言ったでしょ、小柳」

「言いましたけど、コミュ障が婚活で話せるわけないじゃないですか。鞆江さんは私とおしゃべりする要員ですよ」

「彼氏探しにいって、女の子同士で話してどうするのよ。鞆江さんは彼氏が欲しいかもしれないでしょ。ねえ?」

「いえ、今は特に」

「そこはうなずくところよ!」


 なんだかおもしろいことになってきている。と言うか、話を聞いて思っていたのだが、今日下部にイベントのチラシを見せられて確信した。


「これ、俺も参加するやつですね」

「えっ!」

「向坂さん、彼女ほしいんですか!?」


 いると思ってました、と日下部が驚いた顔をする。大学生のころに付き合っていた彼女と自然消滅してそのままだ、と言う話をしたことがある気がするのだが、日下部が相手ではなかったのだろうか。ちなみに、イベントには友人に、参加したいが一人だと心細い、と言われて付き合うことになったのだ。ちょうど、今の小柳と鞆江の状態だ。脩は集団の中に放り込まれてもなんとなく何とかなるタイプなので、快諾したが。


「向坂さんが参加しなければ、私が行く必要はないのでは?」


 男女で一人ずつ不参加ならプラマイゼロなのでは、とひらめいたと言わんばかりに鞆江が言うが、どれだけ参加したくないのだろうか。


「ダメよ。彼が参加してもしなくても、小柳と鞆江さんは強制参加。だって、男性は定員三十名に達してるのに、女性は十八人しか応募がなかったのよ」

「募集期間が短いからですよ!」

「まだ行くとは言っていません」


 小柳と鞆江が二人して女性職員に訴えた。ちなみに、管理職級の彼女は長尾さんとおっしゃるらしい。これも日下部から聞いた。

 男女の参加者の人数に差がありすぎるので、差を埋めるために女性職員が駆り出されるらしい。それでも二十人なので、十人差だけど。


「いくら二人が人見知りでも、仕事だと思えばそれなりにしゃべれるでしょ。自己紹介して趣味とか、好きな映画の話をしたりするだけよ」


 さばさばと言う長尾の言葉に、鞆江と小柳が顔を見合わせた。これは説得されるパターンだと見た。イベントでは鞆江の様子も確認しておこうと思った。彼女が話せているか、ちょっと気になる。










 当日の会場はヘルシーなエスニック系レストランだった。野菜が多く、女性が好きそうなメニューが並んでいる。バイキング形式だが、席は指定だ。一応、テーブルが六つ用意され、一テーブルに男女が五人ずつ座れるということだが、女性は男性より十人少ないため、テーブルによっては女性が三人しかいない。どうやら、鞆江と小柳以外にサクラを見つけられなかったらしい。

 その鞆江と小柳はテーブルが離れており、脩の位置から見えるのは小柳の方だ。脩も友人とテーブルが離れてしまったのだが、その友人と話し込んでいる。この後、二回席替えがあってからの自由時間になる。

 自由時間になると、鞆江と同じテーブルになれなかった男性参加者が何人か彼女に声をかけに行った。女性が少ないので、女性は必ず男性と話している状態だが、三人に声をかけられた鞆江がびくっとしたのが目の端に見えた。

 ちなみに、イベントの進行は長尾が担当しているようで、てきぱきと滞りなく進められているように見える。子育て支援課の職員と思われる九人がスタッフとして会場を見守っており、しつこく絡まれるようなら仲裁に入るようだった。なので、鞆江も大丈夫だろうと脩は話しかけてきた女性に意識を向けた。しばらく恋人のいない脩なので、積極的に探していないだけで恋人がほしくないわけではないのだ。


「さきさか、って珍しい名字ですよね。私は初めて見ました」

「俺も親戚でしか会ったことがないですね」


 茶髪に染めたセミロングをふんわりと巻いたその女性は比較的脩たちと年齢が近い二十代後半だそうだ。イベント参加者では脩たちは最年少の部類に入るので、年上が多いのは仕方がない話である。

 しばらく彼女と話していたのだが、終了時間が近くなり、他の男性がその女性に話しかけた。ふんわりとした格好と雰囲気がかわいらしい人なので無理もないな、と思った。

 二時間半でイベントは終了した。脩を誘ってきた友人は、結局小柳といい感じになったらしく。


「ここで解散でもいいか? これから小柳さんと飲みなおそうと思って」

「かまわないが、小柳さんは片付けとか当たってないのか?」


 脩が尋ねると、友人はちゃんと彼女が市役所職員だと聞いていたらしい。今職場の人に話しに行ってる、と言うので長尾の方を見ると、小柳だけでなく鞆江も長尾のところにいた。二人とも真面目なので、片づけを手伝おうとしたのかもしれない。だが、長尾が小柳を送り出したことで、鞆江も片づけを手伝わずに帰ることになるようだ。これでは脩が片付けに名乗り出てもやっぱり断られるだろう。


「ねえ、ちょっとそこの地域生活課のイケメン!」


 長尾が妙な呼び方をするが、脩に向かって「あんたよ」と脩を手招きするので、脩のことを呼んでいるのだろう。


「なんでしょう」


 脩が長尾に声をかけると、彼女は鞆江を脩の方へ押し出した。


「まだここにいるってことは、恋人が見つけられなかったのよね。だったらこの子送って行ってあげて」


 一人で帰るっていうのよ、危ないでしょ、と当然のように長尾が言う。確かに彼女の主張は正しい。イベント自体は六時から始まったが、終了した今はもう九時だ。女性が一人で帰るのを危ぶむのは当然である。


「別に一人で帰れますよ」


 鞆江は肩をすくめて言うが、長尾は「ダメよ」と止める。


「私の目が黒いうちは許さないわ。送って行ってあげてね」

「わかりました」


 長尾と脩の間で交渉が成立したので、脩は「別にいいのに」と言う鞆江を引き取る。


「鞆江ちゃん、若くて美人なんだからもう少し危機感を覚えなさい。こんなところに誘っておいてなんだけどね。今日は助かったわ。ありがと」

「はい。お疲れさまでした」








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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