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【Case:05 境界】4







 かなり歩いたが、ここで猟師たちの集合場所が見えてきた。六十歳前後に見えるおじさんが手を振っていた。


「おーい、無事か!」

「はーい。お待たせしました、田辺さん」


 鞆江も手を振り返して応える。待っていてくれたらしい猟師のおじさんたちがこちらに寄ってくる。


「無事で何よりだ。この兄ちゃんが探し人か」

「りっちゃんの彼氏か?」

「同僚ですよ」

「さっきの銃声、りっちゃんか?」

「そうです。鹿を見た気がしたんですけど」


 もしかして、脩を引き戻すために放った一発のことだろうか。確かに、何もない空間に銃弾を放ったとなれば問題だ。ここは日本である。銃刀法というものが存在するのだ。しかし、基本的にまじめで素直な鞆江がさらりと嘘を言えるあたり、常習犯な気がする。それにしても。


「……りっちゃん」

「やめてよ」


 本当にいやそうに鞆江が即座に返してきた。相手が猟友会のおじさんたちなので、あまり強く言えないのだろう。おじさんたちにとって娘か孫くらいの年齢だし、若い女性の猟師というのは珍しい。産業振興課の職員も中年男性なので、おじさんたちが鞆江を可愛がってしまう気持ちはわからないではない。

 脩は苦笑し、「俺が呼ぶなら俐玖って呼びますよ」と言った。以前彼女の姉の恵那が言っていたが、ドイツで育った彼女は名で呼ばれることに抵抗感が少ないのだろう。そうして、とうなずいた。

 そこからさらに下山すると、道路のところですでに幸島たちが待ってくれていた。確かに、鞆江が電話をかけてから、すでに三十分以上は経過している。


「いやー、鞆江が回収してくれて助かったぜ」

「アードラーが上からみつけてくれなかったら、そもそもたどり着けませんでしたよ」


 肩をすくめた鞆江が言った。神倉が鞆江を振り返った。


「鞆江、熊狩り終わったの?」

「今日の作業は。熊は見つけられなかった」

「なるほど」


 納得したように神倉はうなずいた。さすがに夜まで探し回るわけにもいかない。そう言えば脩が認識している時間よりも日暮れが早い気がする。


「今、何時ですか?」

「五時」


 神倉にそう返されて、えっとスマホを見る。


「……俺のスマホ、四時なんですけど」

「『あちら側』に足を踏み入れて、時間がずれたのかもな」


 幸島にこともなげに言われてさすがの脩も戸惑った。村橋が「気持ちはわかる」としきりにうなずいている。どうやら、脩がいない間にも彼は幸島と神倉に振り回されてきたようだ。


「幸島さん。私は猟友会の人たちと先に戻りますね」


 早く戻った方がいいですよ、と鞆江がこの場を離れることを継げに来た。脩を探しに来てくれたが、彼女はそもそも熊狩りに来ていたのだ。猟友会とともに帰るのが筋である。


「鞆江さん。迎えに来てくれてありがとうございます」

「礼ならアードラーに言って。彼が見つけてくれたからね」


 鞆江はそう言って手を挙げて猟友会のおじさんたちの方へ向かっていく。そう言えば、先ほども出ていた名であるが。


「アードラーとは? 鷲?」

「神倉の使役してる一匹だ」


 そう言えば、狼の颯のほかに、鷹を使役していると言っていた気がする。そこで、第二外国語がドイツ語だった脩は首を傾げた。


「アードラーって鷲じゃないですか。鷹はフォルクですよね、確か」


 そうツッコむと、神倉が「わかってるよ!」と涙目になった。


「その指摘、お前で三人目!」


 あとの二人は来宮と鞆江らしい。まあ、鞆江はドイツ語が母語だから仕方がない気もする。

 さんざんつっこまれたのだろう神倉は「仕方ないじゃん」とぶつぶつつぶやいている。正直に言うと、脩も鷲と鷹を見比べても見分けられるかちょっとわからないので、あいまいに笑っておいた。

 脩が怪異に巻き込まれてしまったので終業時間を過ぎてしまったが、無事に帰ってこられたのでよしとする。とはいえ、川の水の色が変わっている件について、解決したわけではなかった。なかったのだが……。


「えっ、なんで?」


 思わず声が出た。村橋も目を見開いているが、幸島と神倉は「だろうなぁ」と言う感じだ。


「どういうことですか?」

「どうもこうも、『何か』が引っ込んだんじゃねぇの」

「自然の怪異の中ではままある現象だな」


 こともなげに幸島も神倉が言うので、そういうものなのだろうとは思うのだが、いまいち納得ができない。だが、昨日鞆江が猟銃をぶっ放したのが原因だろうとのことだった。半分に分かれていた水の色が、今日はすべて透明度の高い水だった。つまり、普通の川に戻った。

 何とか脩にも理解できるように説明してもらったところ、川を挟んでこちらとあちらを分ける境界を作っていた何らかの現象があったはずだが、昨日の段階でその状態を解消する出来事があった、らしい。それが鞆江が猟銃をぶっ放した……というより、脩をあちら側から引き戻したのがきっかけのようだ。その衝撃で『何か』は引っ込んでしまった、と言うことらしい。


「つまり、そのうちまた出てくるかもしれないってことですか」


 脩が尋ねると、幸島は「多分な」とうなずいた。


「それが明日か、十年後か、俺たちが死んでからかはわからないけどな。実際問題、山全体を払うって無理だろ」

「無理です」


 一応陰陽師の修業を積んだ神倉が即答する。陰陽術が再現できるかはともかく、知識はあるらしいので、神倉がそう言うなら多分そうなのだ。と、脩は無理やり納得するようにしている。そこで尋ねても、理解ができないからだ。いくつかの事例に関わっていくと、ああ、あれはそう言うことだったのか、と納得できることもある。


「向坂君はなぜそこで納得できるんだ……」


 村橋が納得できない様子で言った。脩は苦笑する。


「俺も理解しているわけではないですね」


 そうしないと仕事が先に進まないので、考えないようにしているともいう。

 昨日と同じ位置で写真を撮り、庁舎に戻ったら報告書を作ることになる。危険度に合わせて番号を振られている、と前に言ったが、どういう仕組みで番号が振られているのかがよくわからない。ただし、今回の川の境界の件は予後調査が必要である。

 やっぱり、こういう完結が見える仕事はいいな、と思うのだった。


 なお、まだ熊は見つかっていないので、山側に向かうものは注意するように言われている。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ついに脩も怪異に遭遇しました。


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