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【Case:01 人数が合わない】2









「ようこそ、地域生活課へ!」

「よろしくお願いします」


 やたらと朗らかに課長の汐見しおみ尚孝なおたかが歓迎を口にした。脩は苦笑しながらも生真面目に頭を下げる。今日からの上司だ。まあ、脩も社会人になりたてだが、バイトくらいはしたことがあるので多少は振る舞いがわかる。つもりだ。


「まじめだねぇ。とにかくよろしく。課長の汐見です」

「今日から配属になりました、向坂脩です。よろしくお願いします」

「よろしく。あ、座席は一応フリーアドレスなんだ。と言っても、そことそこしか空いてないけど」


 と示されたのは、二つある机の島のうち一つの島に空いている二席だ。脩は一応、新人として末席を選ぶ。隣と向かい側は書類とノートパソコンが閉じた状態で置いてあるが、人はいない。というか、今日も今日とてこの課は人が少ない。課員は総勢十一人、脩を含めて十二人だと聞いていたのだが。


「今いないけど、向かい側は神倉かみくら主任。で、隣は来宮主査。新人研修の様子を見に行ってた一人だね」


 今はいないが周囲の人はわかった。脩は隣の机の島と面した内側の席を選んだのだが、真後ろにあたる席も今は席を外している。


「まあ、全員いないけど紹介ね。この島の課長補佐の千草ちぐささん」

「よろしくね」


 四十代後半くらいの女性だ。脩が選んだこの島は、今はこの女性課長補佐しかいない。課の入っている部屋の一番奥、机の島と島から等間隔のところに課長席がある。各島の一番奥の席が課長補佐の席らしい。フリーアドレスとはいえ、一応役職や年齢順になっているようだ。


「反対の島の課長補佐の笹原ささはらさん。幸島君は会ったことがあるかな。それと、最年少、日下部くさかべさん」

「よろしく」

「よろしくお願いします」


 笹原と日下部が微笑んで、ついでに日下部は手を振ってくる。研修の時に見に来た時にも、この二人はいた。そのとき内線電話が鳴ったので、日下部はそれをとった。


「はい、地域生活課、日下部です」

「とまあ、こんな感じかなぁ。後の六人はちょっと調査に出かけててねぇ。青い桜事件」


 汐見が軽く言うので、脩は思わず尋ねた。


「青い桜って何ですか」


 そういう歌があったような気もするが。汐見がにっこり笑う。


「お、気になる? 向坂君は、この課の仕事を聞いているかな」

「地域の困りごとを調査する課だと聞いていますが」


 ざっくりした仕事内容である。そもそも、生活支援課は別にある。つまりこの課は何をしている部署なのだろう、と思っている。生活支援課は健康福祉部だが、地域生活課は総務部にあるのだ。


「正確には、ちょっと不思議な、通常では解決できないものを調査する部署なんだよ。なお、解決するか、対処療法になるかはその調査の結果次第」

「……つまり、俺……私たちの研修の人数が合わなかったのは、『通常では解決できない』ものだったということですか」

「鋭いねぇ。結果気になる? 幸島君」

「まだ報告書作成中でぇす」


 猛烈なスピードでキーボードをたたきながら幸島が応じた。だが、答えてくれる気はあるようで、作成中だといった報告書をプリントアウトして脩と汐見に渡した。脩は渡されたレポートに目を落とす。なるほど、この役所ではこういう様式なのか。ほかは知らないけど。


「ええっと。新人研修の怪異ね。人事課研修係から連絡があったのは、研修二日目。二日目の間に必要な情報をまとめて、三日目に現地。主訴は名簿の人数より実際の人数が多いってよ。調査員は幸島千紘と来宮きのみや宗志郎そうしろう


 この来宮と言う人が脩の隣席の人で、脩の教育係になるらしい。


「で、結論から言うと、見た通り。二年前、この市役所に入庁する予定だったけど、その前に事故で亡くなった新卒の女性が、仲間と一緒に研修を受けたいってことで幽霊になって潜り込んでたんだな。だから、名簿と実人数が合わない」

「けなげだよねぇ。死んでからも就職先に思いをはせるなんて」


 汐見がしんみりと言うが、茶化しているようにしか聞こえない。


「よくわからないのですが、その女性は実体があったということですか? 幽霊なのに?」

「うーん、見えるのと実体があるのは別かなぁ。そこにいるように見えても、触れないことが多いし」


 脩の疑問に答えたのは汐見だった。


「だからたぶん、講義を聞いていただけなんじゃないかな。たまにいるよ、大学とかにもね」

「……」


 それは嫌なことを聞いた。では、脩が熱心に聞いていた大学の講義にも、そういう霊がいたのだろうか。


「つーか、新人の中で違和感だけでも主張したの、向坂だけだったんだけど。幽霊の話をしても否定しないし、もしかして見える人?」

「いえ、別に変なものは見たことがないと思います。多分」


 子供のころのことはさすがにわからないので、たぶんとなるが、少なくとも脩が認識している限り霊的なものは見たことがないと思う。


「だけど、高校時代の先輩に、どう考えても超能力でもなければ説明できない第六感の持ち主がいたので、そういうこともあるかなと」

「へえ、柔軟な考えだな」


 感心したように幸島がうなずいた。汐見も口を開こうとしたが、その前に声がかかった。


「課長! ちょっと課長から来宮に言ってやってくださいよ」


 電話をしていた千草が憤慨したように汐見に電話を突き付ける。どうやら千草ではどうにもならなかったようだ。


「うーん、わかったよ。彼もねぇ。仕事はできるんだけどねぇ」


 電話をまわしてもらい、課長席で電話をとる汐見。それを見ながら幸島は「うん」とうなずいた。


「とりあえず、研修のことは納得したか?」

「ひとまず、害はないから放置されたのだということは理解しました」

「まあ、その通りだから否定しようがないんだけどさ。通常業務のことは千草さんに確認してくれ。ちなみに、教育係の来宮だけど、あいつ、そういうことは役に立たないから」


 ひどい言われようであるが、本人を目にしたことがあるだけで話したこともないので、うなずいておく。というか、そう言う人を教育係にするのもどうなのか。


「そういえば、青い桜と言うのは?」

「文字通り青い桜が咲いてんだよ。ま、花はだいぶ散ってるから、今は予後調査だな」


 気になるならそのうち報告書上がってくるよ、と言われて勝手に読んでいいのか、と思った。


「ああ、それいいわね。向坂君、通常業務を説明するから、そのあとは調査報告書読んでみましょ。簡単なやつと普通のやつと難しめのやつ」

「わかりました。よろしくお願いします」


 幸島の案をあっさり採用した千草に通常業務を教えてもらい、ついで報告書を渡されたあたりで午前中が終了した。


 午後になると課員が続々と戻ってきた。午前中の間に、引継ぎに行っていたのだという鹿野かの主任と佐伯さえき係長が戻ってきていた。


「お疲れ様です……あ、新人さん」

「お疲れ様です」


 脩の向かいの席の神倉が戻ってきた。軽く挨拶を交わし、業務に戻るが神倉がぐったりしているのが気になる脩である。


「おかえり神倉君。来宮君はおいてきたの?」

「おいてきましたよ。ただのとばっちりですし」

「言うねぇ。あ、新人君の向坂君。仲良くね」


 流れるように千草が紹介してくれたので、向かいの席になる神倉に頭を下げる。


「向坂です」

「神倉です。どうぞよろしく。てか、また普通そうな人が来たな」

「普通そう、とは」

「変人ばっかなのさ、この課は」


 ……自虐が入っているのだろうか。確かに課長の汐見と幸島はちょっと変わった人かもしれない、と思ったが。脩も普通かと言われると、首を傾げなければならないかもしれない。普通ってなんだ。


 幸島に選んでもらった報告書を読む。まず簡単だ、と言うやつから。それから普通難易度だというものを読んで、首をかしげる。根本的に解決するわけではないのだな。


「ただいま戻りました」


 女性が二人課内に戻ってきた。三十前後とそれよりいくつか年下に見える女性二人。藤咲と鞆江と名乗った。幸島が手を上げる。


「おかえりー。予後調査、どうだった?」

「問題なし。来年は普通の桜が咲くと思う。まあ、紫の可能性はなくはないけど……」


 幸島の問いに答えたのは鞆江の方だ。彼女は脩と同じくらいの年だろうか。


「ま、徐々に色が戻っていくだろうし。葉に問題がないなら、後は来年待ちだな」

「なら、継続調査で報告書を上げておきます」

「よろしく」


 藤咲に幸島が応える。こうして、この報告書は作られているわけだ。


 そして、その日、脩は最後の一人には会えなかった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


自分でも全然怪異してないなと思っています。


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