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【Case:04 黒女】5







「俐玖」


 不安げだが、川野が許可を出したので鞆江が病室に入る。許可を得て、眠ったままのはるかの手を取った。母親が不安そうに鞆江を見ている。


「ん……っ」

「おっと」


 頽れた鞆江の体を拓夢が抱き留めた。母親が「な、なにが……」とうろたえる。笹原が「大丈夫ですよ」となだめるが、これは大丈夫なのだろうか。脩も少し不安になる。


「何かわかったか」


 拓夢が尋ねると、鞆江は少し顎を引いてうなずいた。


「事故に会った時なくしたものが、まだ見つかっていなくて探しているんだ」


 それが鞆江が気づいた、雑貨屋のキーケースなのだろうか。鞆江を立たせた拓夢が、「はるかさんのもので、何かなくなっているものはありませんでしたか」と母親に尋ねたが、母親は「さあ……」と首をかしげる。まあ、普通、二十代の娘の荷物をすべて把握しているわけがない。


「探し物はなんだ?」

「大事なもの。もう会えない大好きな人に買ってもらったもの」

「いつも思うが、もう少し具体的なことはわからないのか」


 拓夢があきれたようにツッコむが、そう簡単なものではないらしい。脩たちにはわからなかったが、母親にはピンときたようだ。


「娘が、昨年亡くなった父……この子の祖父ですけれど、その人に買ってもらったキーケースを大事にしていました。それのことかしら」


 キーケースじゃなくて小物入れかしら、とも言っているが、鞆江が「こういうのですか」と彼女の従姉から借りてきているキーケースを見せた。それです! と母親。


「え、どこで?」

「いえ、これは私の従姉のものです」


 受け取ろうと手を伸ばした母親に、鞆江が間髪入れずに答えた。母親が罰悪そうに「すみません」と手を引く。


「同じ店のものですからね。仕方がないですよ」


 なぜか鞆江ではなく、脩がフォローを入れた。なんとなく、自分にはこの役目が求められているような気がしたのだ。多分、間違っていないと思う。


「あの……おばさん」


 開けっ放しになっていた病室のドアから、女性が二人覗いていた。大人数の室内に驚いているように見える。二人とも、はるかと同世代、二十代前半ほどに見えた。


「まあ、お見舞い? ありがとう」


 はるかの大学時代の友人たちだそうだ。一人は手に包帯を巻いている。事故当時、はるかとともに倒木に巻き込まれたのがこの女性らしい。


「これ、はるかのだと思うんですけど」


 同じく救急車で運ばれたのだが、荷物が混じってしまったようだ、とその女性が母親に渡したのがキーケースだった。


「これか?」

「これだね」

「えっ、なんですか」


 ちょっと引いたようにその女性が言うが、拓夢も鞆江も気にしない。


「じゃあ、川野はるかさんも目を覚ますな」

「手元に戻ってきたのに気づけばね。そこは私の管轄ではないから」

「何のことですか!?」


 はるかの友人の女性二人が引く。やっぱり拓夢も鞆江も気にしない。脩は傍観者に徹している笹原に尋ねる。


「はるかさんが舞衣さんのところに現れている女の霊だと仮定して、その場合、はるかさんが目覚めないとその現象がおさまらないってことじゃないですか?」


 笹原も「たぶんね」と同意した。


「でも、そう言うのは佐伯さんとか神倉君ができるから、最悪、連れてくれば何とかなるよ」


 なるのだろうか。鞆江は暗示をかけることができるが、それは相手が起きていないと効力を発揮しないらしい。


「すみません。こいつ、ほんとに外国の大学で勉強してきた頭いいやつなんですけど、変な奴なんですよ」


 唐突に拓夢のそんな言葉が聞こえて、脩はそちらに意識を戻した。ちょうど、ぱしん、と拓夢が鞆江の頭をたたいたところだった。仲の良い同性の友人みたいな関係だな、と思う。不服そうにたたかれた頭をさすり、鞆江は言った。


「とにかく、お母様とご友人で話しかけてあげてください。探し物が手元に戻ったので、きっかけさえあれば目が覚めるはずです」

「あなた、医療従事者か何か?」

「いえ。歴史学者です」

「市役所職員だろ」


 名刺を渡して、いったん退散となった。なんにしても、怪しすぎる。


「めちゃめちゃ怪しまれてましたね」

「あたりまえだろ。公務員とはいえ、霊能者なんて怪しすぎるだろ」

「三人とも霊能者ではないのだけど」


 鞆江の主張に、「似たようなもんだろ」と拓夢はにべもない。正直、脩にも違いは分からない。


「だからコミュ力磨けよ、お前」

「これでもましになってるんだけど」


 困ったように微笑み、鞆江が首を傾げた。拓夢がため息をつく。


「はるかさんが目覚めたら、こちらから一報入れる。だから、結果を報告しろよ」

「わかってるよ。もともと、警察からの案件だからね」


 笹原がそう言うので、そうだった、と脩も思い出した。すっかり忘れていたが、そもそも警察から回ってきた話なのだ。はるかが目覚めて、舞衣たちの元にあの黒い女が出なくなればそれで解決ではあるが。


「もし、関係なかったらどうなるんです?」

「どうもしないよ。順番に可能性をつぶしていくだけだね」


 さらりと笹原に言われ、思ったよりも長期戦になる仕事なんだな、と思った。だが、拓夢がきっぱりと「いや、たぶんこれで終わる」と言い切った。


「先輩の勘ですか」

「拓夢の第六感はよく当たるからね」


 脩も拓夢の勘がよく当たることは知っている。鞆江が「拓夢の能力の統計も撮りたいよね」とのんびりとつぶやいている。根本的に、この人は研究者なのだ。


「さて、今日のところはここで終了としよう。花森君も、同行ありがとう」

「いえ。まあ、いつも世話になってますし」


 礼を言われて拓夢は肩をすくめた。拓夢も直感があるので、よく共同戦線を張っているらしい。笹原の一声で解散となり、一度市役所へ帰還する。今日までの報告書を書き上げた。

 翌日、朝一ではるかが目を覚ました、という電話がかかってきた。なんでも、しつこく母親と友人たちで声をかけてみたらしい。眠っていても耳は聞こえている、と聞いたことがある気がするが、本当なのかもしれない。


「あとは、舞衣さんのところに出なくなっていればいいんですよね?」

「だねぇ。確認には課長に来てもらった方がいいかな」


 と、笹原が言うので、鞆江から汐見課長にメンバーチェンジである。野郎三人になった。

 はるかが目を覚ましてから一週間後、木村家を訪れた。今回も舞衣と母親しかいなかったが、舞衣の表情は明るい。


「あれから幽霊、見ないんです。今まで二日に一度は見てたのに……!」


 とのことだった。一週間、一度も見ていないらしい。おかげで夜も眠れるようになり、顔色もよくなったようだ。


「まだしばらくは様子を見た方がいいと思いますが、よかったです」


 笹原がほっとしたように言うと、舞衣もその母も「ありがとうございました」と頭を下げてきた。


「まだわかりませんよ」


 そう答えた笹原だが、一緒に来た汐見課長によると、何も見えないとのことだったので、おそらくもうあの女の霊は現れないだろう。ちなみに、来宮ももう見ていないらしい。こちらは鞆江が強引に強制排除してきたので、比較にならないが。かなり強力な結界を張り、家を出るときに残滓を無理やり引き連れて出たらしい。脩にはよく意味が分からなかった。


「あと、来宮君は本人もその奥さんも気が強いっていうのがありますね。意思がはっきりしてる、と言うか。霊はやっぱり、より弱い方に着くものですよ」


 と、汐見課長は言った。どうやら、舞衣がおびえていたのでいつまでも見えていた、と言うことらしい。なるほど。


「俺、結局一度もそういうの、見てないんですけど……」


 木村家を辞した後、脩がそう訴えると、笹原が「僕もそんなに見えてないけどね」と苦笑した。汐見課長も少し考えてから口を開いた。


「世の中の大半の人は、そんなものを見ずに一生を過ごすものです。先ほども言いましたけど、自我のはっきりした精神的に健全な人には見えない傾向が強いようです。向坂君はこれですね」


 助手席に座っていた汐見課長は、運転している脩を見て言った。


「向坂君は、温かい春の日差しのような人ですね。もし、怪異に遭遇し、それを認識したとしても、その影響を受けることはないでしょう」

「出ましたね。課長の予言」

「予言じゃありません。事実です」


 汐見課長も笹原もまじめ腐って言うので、笑うに笑えない脩である。


「どうだった?」


 汐見課長と交代したので置いて行かれた鞆江が、後ろの席の脩に尋ねた。座ったところだった脩は椅子をまわして鞆江の方を見る。


「この一週間、現れていないらしいですよ。もう少し様子を見た方がいい、と笹原さんは言ってましたけど」

「そう。見えていないことで前向きになれたのなら、本当にもう見ることはないでしょうね」


 鞆江も力強くうなずいた。鞆江と汐見課長の両面からもう出ないだろう、と言われたので、この件はほぼ解決とみていいだろう。


「……俺、ここで一人前になれる気がしませんね」

「そう? でも、今回は向坂さんが相手とのやり取りの間に入ってくれたから、私は助かったけど」


 驚いて脩は鞆江を見た。鞆江も驚いて脩を見つめ返してきた。顔が緩むのがわかる。


「そう言われると嬉しいです。鞆江さんは、もうちょっと会話ができるようになるといいですね」

「……これでも頑張ってるのに」


 拓夢に指摘されたときと同じように、少しむくれて鞆江が言い返した。理知的で端正な面差しに対し、どこか内気なところのある人だ。

 ふいに、背筋がぞくっとしてそちらを見ると、来宮がじとっとこっちを見ていた。シスコンの兄が妹に粉をかける男を見ているような眼だ。まったく血のつながりがないはずなのに、本当に兄妹のような二人である。

 報告書を提出し、通称『黒女事件』は一応の終結を見た。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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