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【Case:04 黒女】4







「鞆江さん、何かわかった?」


 助手席から後部座席にいる鞆江を振り返り、笹原が尋ねた。どちらかと言うと事務屋の笹原は、調べることはできても根本的な理由がわからないことが多々あるらしい。


「そうですね。推察はできています。向坂さん、四丁目の通りに向かってほしいんだけど」

「四丁目ですね。どのあたり?」

「ええっと……」


 鞆江が言ったのは表通りではなく、裏道になる旧道だった。少し古い町並みだが、今はハンドメイドの店や隠れ家的カフェなどが立ち並んでいる。


「やっぱり鞆江さんもあの事故、気になった?」


 笹原が助手席から鞆江を振り返って言った。鞆江が「そうですね」と応じている。


「事故そのものと言うよりは、それに伴う周囲の影響が気になります」

「また難しいことを言うねぇ」


 ははっと笑う笹原に正確な場所を聞きながら、脩は尋ねた。


「事故って、一週間くらい前の暴風で倒れた木に女性が下敷きになったってやつですか。まだ意識が戻っていないんでしたっけ」


 もしかしたら目覚めているかもしれないが、そういう情報は入ってこないものだ。それはともかく、この事故が関係があるのだろうか。


「その事故。ああ、調べたのは笹原さんだよ」


 なんとなくの担当のすみわけができているのには気づいていたが、笹原はそう言った現代ニュースなどの調べものが担当のようだ。ただの事務屋ではなかった。


「それくらいしかできないからねぇ。鞆江さんたちみたいに、特殊技能があるわけじゃないから」

「それでもすごいです」

「私も特殊技能があるわけではないんですけど……」


 何か国語も話せる時点で特殊技能だ、というツッコみを入れた方がいいだろうか。

 コインパーキングに車を止め、小さな公園のような、木とベンチがあるだけの場所に向かう。暴風で気が倒れたので、今はベンチしかない。木は根元から倒れたようで、丸く木の植えられていた痕だけが残っている。


「何かあるんですか?」


 尋ねると、鞆江は「何かあるか調べに来たんだよ」と言った。なるほど。


「宗志郎に話を聞いたんだけど、舞衣さんと別に共通点はないんだよ。だから、紅羽の話を聞いたんだ」

「来宮さんの奥さんの?」

「そう」


 ついでに鞆江の従姉だそうだ。何度も言うが、兄妹げんかのようなことをよくしている鞆江と来宮だが、別に血はつながっていないのだ。血のつながらない親戚ではあるけども。


「舞衣さんと来宮君じゃ共通点が見つからないけど、舞衣さんと来宮君の奥さんなら、どちらも女性だもんね」


 笹原もうなずいた。なるほど、と納得しかけた脩だが、鞆江は「それもありますけど」とそれだけが理由ではないらしい。


「舞衣さんの持ってた雑貨、見覚えがあるなと思って」


 アンシャンテというクラシカルな雑貨を扱っているブランドがあり、その店のものだそうだ。写真を撮らせてもらったとはいえ、それを覚えていて突き止められる鞆江の記憶力が怖い。


「イングランド風なのに店名がフランス語だから、印象に残っていたんだよ」


 なるほど。脩はさして気にしないが、気持ちは理解できる気がした。呉服屋の店名が英語、みたいな感じだろう。別にいいのだが、少し変な感じがするのだ。


「紅羽も、同じ雑貨を持ってた。これ」


 何やらお守り袋のような巾着から取り出したのは、キーケースだった。昨日会った時に舞衣がそのキーケースを使っているのを見て、昨日の間にいとこの紅羽から借りてきたのだそうだ。来宮にも話を聞いたのは、紅羽との話の齟齬がないか確認するためだったのだろう。


「……鞆江さんの記憶力がすごい」

「頭いいよねぇ」

「頭がいいのとは違う気がしますが」


 脩と笹原の感想に鞆江は首を傾げた。その時、脩の首筋がぞわりと泡立った。六月のこの時期に、外で冷気を感じる。


「これはあなたのものではないよ。私がいとこから借りてきたものだ。あなたのものは失くしたの?」


 突然、鞆江が口を開いたので驚いた。誰かに問いかけているようだ。もしかして、いるのだろうか。きょろきょろするが、脩には何も見えない。


「笹原さんは見えるんですか」

「いやぁ。ぼんやりと何かいるな、って感じ」


 そんなに強い霊じゃないんだね、とこともなげに言われて脩は思わず「そうなんですか」と言った。鞆江は話を続けている。


「同じものを持っているからと言って追い回すな。それより、本体の目覚めをみんなが待っているはずだ」


 そう言うのって、幽霊に通じるのだろうか、と脩は思ったが、黙っておく。案の定、聞いてもらえないようで、鞆江が言葉を変えた。


「これはお前のものではない。消えなさい」

「あ、消えた」


 笹原が言うので、霊は消えたのだろう。鞆江が近づいてくる。


「どうだった?」

「納得していないようだから、またどこかに出るのではないかと思います」

「うーん、そのなくしたものを見つけないといけないのかな?」

「証拠として、警察が接収しているんじゃないですか」


 脩が言うと、鞆江と笹原が顔を見合わせた。すっと鞆江がスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。


「あ、拓夢? 俐玖だけど」


 急に警察官の拓夢に電話をかけ始めた。担当の橋本達ではないあたりが何とも言えない。単純に、聞きやすかったのかもしれないが。

 どうやら、脩が指摘したように、被害女性の荷物が警察に接収されていないか確認したかったようだ。管理不足で木の内部が虫にやられ、倒れた事故だったので、一度回収された荷物はすでに被害女性の家族の元に返しているらしい。だが、回収した中にキーケースはなかったようだ。


「えっ、家の鍵とかは?」

「家の鍵は別にあったみたいだけど」


 家の鍵は帰した荷物の中にあったそうだ。


「うーん、まだ入院中だよねぇ。ご家族に話を聞いてみたいなぁ」


 笹原がそう言うので、鞆江が拓夢に入院中の病院を訪ねているが、個人情報である、と教えてくれなかった。それはそうだ。

 と思ったら、拓夢がやってきた。急いで駆けつけてきたようで、若干息が切れている。


「先輩、わざわざ来たんですか」

「え、向坂君、花森君と知り合いなんだ」

「高校の先輩です」

「へえ」


 前にもしたような会話を笹原とかわしている間に、拓夢は鞆江と話し合っていた。


「来てくれてありがとう。せめて被害者女性のご家族に会ってみたいんだけど。それと、できれば本人に」

「被害女性はまだ目ぇさめてねぇぞ」


 そう言いながらも、拓夢は女性が入院中の病院に連れて行ってくれた。警察が一緒なので、すんなりと病院も通してくれた。


「ありがとう、拓夢」

「お前の無茶振りにはなれてる。つーか、入れても解決できるかは別問題だろ」


 拓夢の鋭い突っ込みに鞆江が肩をすくめた。笹原が口をはさむ。


「でも、鞆江さんが見れば、その女性が問題かどうかがわかるはずだね」

「それは……たぶん?」


 なぜか笹原の方が自信満々だ。脩は見学気分だったのだが、病室に着いた途端に被害女性の母親の方へ押し出された。


「川野さん、はるかさんの様子はいかがですか」


 にこやかに拓夢が話しかけた。彼は初対面ではないらしい。強面ではあるが、彼は愛想がよく気の利く人だ。


「見ての通り、まだ目が覚めなくて。花森さん、こちらの方たちは?」

「市役所地域生活課の笹原と申します」


 すっと笹原が名刺を差し出した。その勢いのまま鞆江と脩のことも紹介する。脩と鞆江はぺこりと頭を下げた。


「私たちは、住民の皆さんが遭遇したちょっと変わった困ったことを解決するための部署なんです」

「……生活支援のような感じですか?」


 通常の生活支援の部署はまた別にある。地域生活課は総務部の管轄なので、そことはまた系統が違うのだ。


「大きくは違いませんね。通常の方法では解決できないことに対処している、と言いますか」

「……はあ」


 思いっきり怪しまれている。木下家は自分たちが怪異に遭遇しているので、こちらにも比較的好意的だったが、川野は違う。こちらから押し掛けてきたので、怪しむのは当然のことだ。


「こちらの鞆江がこういった事態の専門家なんですけど」


 鞆江が笹原を一瞬にらんだ。変な言い方をするな、と言うような視線に見えた。上司相手なので、口には出ていないが不満げである。確かに、言い方が怪しげだ。すっと拓夢が間に入る。


「外国の大学で勉強してきたので、頭がいいんですよ」


 こちらもちょっと違う、と言いたげな表情を鞆江がした。どちらも嘘は言っていない。


「はるかさんを見させてもらっても構いませんか」

「……まあ、私が見ている前でなら」







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


別に鞆江は勘がいいわけではないです。


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