【Case:04 黒女】3
「笹原さんに話してもらえばよかったです」
若干気落ちした様子で鞆江はそう言った。笹原は「僕じゃあうまく説明できないからね」と苦笑する。笹原は怪異などについての知識はあまりないらしい。日下部と同じく、ほぼ事務屋なのだそうだ。
「じゃあ次は向坂さんに話してもらいます」
「俺の方がわからないんですけど」
当然のことを突っ込むと、鞆江がむう、と唇をゆがめた。そのすねたような顔がちょっとかわいい。
「鞆江さんは基本的に頭がいいんだよね。自分がわかってることは相手もわかってるって思って話してるところがあるよ」
「……幸島さんにも言われたことがあります」
笹原の指摘に明確にわかるくらい鞆江は肩を落とした。自覚はあるようだ。あまり、コミュニケーションが得意ではないのだろう。事務的な説明はできるが、相手のニーズを読み取るのが苦手、と言うか。
そういえば、「付き合ってくれ」と同級生に言われて、「どこに?」と真顔で尋ねたことがある、と音無が言っていた気がする。そういう意味では鈍いのだろうと思う。
「……次は、俺が間に入りましょうか。専門的な話はできないですけど」
「よろしくお願いします……」
女性同士の方がいいかと思って口を挟まなかったが、間に入った方がいい気がした。笹原も「それがいいねぇ」とうなずいた。
「コミュニケーション能力の高い人の存在はありがたいよね。僕らでも事務的な説明はできるけど」
仕事内容が仕事内容なので、うさん臭くみられることも多いらしい。まあ、確かに胡散臭い。脩も完全に信じているか、と言われるとそうではない。そういうものは『あってもおかしくない』と、この課に配属されてから思うようになったが、信じるかどうかはまた別の問題だ。
「あー、わかる。わかるよ。あるんだろうなぁ、っていうのと、信じてるかっていうのは別の問題だよね」
笹原もどちらかと言うと、脩の立場に近いため同意を示した。汐見課長がわざわざスカウトしてきたという鞆江はどうだろうと思ったが、彼女も別に、怪異などを全面的に信じているわけではないようだった。
「そういう現象があるということは、これまでの事例から認めざるを得ないわけだけど。けれど、それは信じるということに直結はしないよね。だって、見たり感じたりできない人にとっては、それは事実ではないのだもの」
すごく論理的なことを言われた気がする。鞆江がそう言ったことを研究する人であるというのを思えば、そんなものなのかもしれないが。
「だから私は、こういった現象が存在するとか、存在しないとか、そう言うことではなくて、相手の不安を解消することが仕事なのだと思ってる」
とても納得できてしまった。カウンセラーなどと、ちょっと似ている。笹原は医者に似ている、と言った。病気があるかないか、ではなく、不安を解消するために医者にかかるのだ、と。
これが鞆江の持論なのだとしたら、彼女は自分のコミュニケーション能力の低さにショックを受けているのかもしれない、と思った。
そんな翌日。夜の間に木下家ではひと騒動起きたらしい。夜、また出たのだそうだ。しかも、今回は舞衣だけではなく彼女の弟も目撃しているそうだ。両親は見ていないらしい。
「年齢の問題ですかね」
「一概に否定はできないね」
子供の方が見えやすいとか、性別で見え方が違う、と言うことはままあるそうだ。だが、考えてみれば来宮だって目撃している。どの年齢で分けるかと言う問題があるが、来宮は子供ではない。比較的若い方には入るかもしれないが。
そんなわけで、朝から木下家に行くわけだが、その前に鞆江は来宮を捕まえた。
「宗志郎、怪異が起こる前に、何かいつもと違うことをした?」
昨日、ついに来宮に会えなかったので、鞆江は話を聞けなかったのだ。なので、時間はないが朝に尋ねているのである。
「……それ、今必要か?」
「必要。概要は昨日の向坂さんの報告書を読んで」
きっぱりと鞆江がうなずくことと、朝っぱらから住民を訪ねることから、来宮は急用であることを察したらしく、少し考えてから口を開いた。
「思い出した分をお前にチャットで送る。後で確認してくれ」
「わかった。お願いね」
話している場合ではないので、鞆江は来宮に頼み込んで公用車に乗り込んできた。運転は今日も脩である。
「じゃあ向坂君。今日は会話よろしく」
「わかりました」
まじめすぎて仕事の話しかできない笹原と鞆江に会話を頼まれる。世間話くらいしかできないが、そういうのが大事なこともあるということにしておこう。
木下家には、今日は脩たち三人だけが来た。警察は来ていない。後から来るかもしれないが、犯罪的なことが起こったわけではないので動けないようだ。
「結界が壊れているわけではなさそうだね」
どこを見ているのかわからないが、鞆江が言った。鞆江の力はそれほど強くないそうなので、この結界も能力と言うよりはただの技術的なものだそうだ。違いが判らないけど。
「おはようございます。早速ですけど、何を見たんですか」
笹原が情緒のかけらもなく尋ねた。だが、舞衣も話をしたかったようで前のめりに話始める。
「出たんです! 鏡越しだったんですけど、帰ってきた時にふと鏡を見たらう、後ろに移ってて……!」
「どういうのが映ってたんですか」
今までほとんどしゃべらなかった脩が尋ねたので、舞衣は少し面食らったようだったが、とにかく訴えたい欲の方が勝ったようだ。
「こ、怖くてよく見えなかったんですけど、長い黒髪の奥から目が光ってて、白っぽい服を着て天井からのぞき込んでるみたいな……」
悲鳴を上げたら消えたそうだ。正確には悲鳴を上げてからもう一度鏡を見たら、見えなかった。おびえているのか肝が据わっているのか、微妙なところである。
舞衣の弟の和彦は風呂場で見たそうだ。やはり、鏡越し。髪を洗っていると見えたそうだ。
「俺は見間違いかもしれませんけど……」
自信なさそうに和彦は付け加えた。舞衣は「絶対現実よ!」と訴えている。
「何かいるのよ、この家!」
そのままわっと泣き出した舞衣の背中を、母親がさする。脩はさすがに困って鞆江を見た。鞆江はじっと舞衣を見つめていた。何かわかったのだろうか。
「舞衣さん。少し、試したいことがあるのですけど、催眠術とまじない、どちらがいいですか?」
「なんですかっ、それ!」
涙声で怒っていたが、鞆江は動じなかった。そのことに舞衣がたじろぐ。鞆江は落ち着いた口調で言った。
「ええっと、精神的にきつそうなので、対策をしようかと。気やすめですけど」
「そんなことできるなら、初めからやってほしかったです……」
「そういった干渉をせずに解決できるなら、それに越したことはないのですけど」
鞆江が涙目で訴える舞衣に生真面目に答えた。こういうところが、彼女をコミュニケーション下手に見せるのかもしれない。
舞衣はおまじないの方がよい、と言ったので、鞆江は彼女に簡単なまじないを教えていた。手を組んで言葉を三回唱える、と言うもので、本当に気休めだった。雷が鳴ったら「くわばら」と唱えるのに似ている。
「その怪異は見えるだけで、あなたに何もしません。ただ怖いだけです」
「怖いのが問題なんですけど!」
「落ち着いて、舞衣さん」
多分、鞆江が何もしないというのなら、本当に何もしないのだと思う。だが、怪異に直面している舞衣にとってはそういう問題ではない、ということだ。
「見えたとしても、落ち着いて、今習ったおまじないを唱えてください。大丈夫ですよ」
「そ、そっか。そうですね」
今怪異除けのまじないを習ったことを思い出したらしい。脩の言葉に舞衣はうなずいた。鞆江が結界を確認して、木下家を後にした。
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