【Case:20 引っ越し】5
納得したところで、話を進める。
「課長はこの市長室の幽霊が大元だと思います?」
佐伯が尋ねると、汐見課長は「どうだろうねぇ」と微笑む。
「現状としては、怪しいのから順番に払っていけばいいんだろうけど」
「やってみます?」
わくわくしたように佐伯が言う。強い。確認してきたのも彼女だから、祓う自信があるのだろう。しかし。
「数、多くないですか?」
麻美が突っ込みを入れた。それは俐玖も思った。数が多い。いくつかは枯れ尾花ではあろうが……。
「だが、どれが妨害しているかわからない以上、順番に対処していくしかないんじゃないか」
そして、宗志郎の言うことも尤もだ。通常の方法で電気が回復しない以上、この怪異の中のどれかが邪魔をしている。どれかわからない以上、調べるよりも順次対処していった方が結局早い気がする。
「よし、やってみようか。反発を感じたらそれ以上深入りしないこと。逃げ場がないから、いいね」
はい、と返事があった。と言っても、強制除霊ができるのは佐伯だけだ。神倉あたりを連れてくればいいのかもしれないが、彼はたまたま不在だった。外にいる可能性はある。
ただじっとしていても仕方がないと言うことで、何組かに分かれて除霊、もしくは対処することになった。俐玖は幸島と一緒だ。
「なんか久しぶりだな、お前と組むの」
「そう言えばそうですね」
去年までは俐玖と幸島で組んで調査に行くことが多かったが、最近は別行動が多かった気がする。
「ま、危なくない程度に頑張ろうぜ」
「はい」
二人とも怪異への対処はできるが、強制的に排除はできないので、安全重視で行く。手始めにこちらを覗いてくる鏡にのぞき見防止シートを貼った。
「のぞき見防止ってこっちから見るときのやつだよな。なのに、あっちからも見えなくなるんだな……」
「こういうのって概念の問題ですからね」
確かに言われてみれば不思議ではあるが、概念的な問題なのである。俐玖たちの方法では完全解決をみない。ただの対処療法である。だが、こうして押さえて行けばおおもとになっているものがわかるはずだ。
幸島と協力して動く銅像に布をかぶせ、固定しているときだった。明らかに空気が揺れるのがわかり、俐玖は周囲を見渡した。
「どした?」
「今……明らかに異変があったんですけど、感じませんでした?」
「え、全然」
きょとんとして幸島は首を傾げた。彼にはこういうところがある。霊感が低いわけではないのだが、彼も方向性を示さなければ見えないことが多い。
それはそれとして幸島は落ち着いていた。違和感を覚えなかったからかもしれないが、落ち着き払った彼は「どの辺だ?」と俐玖に尋ねた。そこに向かうつもりらしい。
「ええっと」
気配を探る。斜め上の方から感じたので、二階だろう。位置的に庁舎の中心近くだ。
二人で階段を上がり、二階を探すことにしたが、目的地は早々に見つかった。佐伯と脩が壁に向かっていた。多分、棚が置いてあった場所だと思うのだが、佐伯が何かをその場に縫い留めている。
「よっ。何やってんの」
懐中電灯をむけながら幸島が尋ねた。脩はちらっとこちらを見て口を開こうとしたが、その前にこちらを見もしない佐伯が言った。
「見てのとおりですよ! 動こうとするのを止めてるんです」
「いや、何を?」
そう言う幸島を見て、さっぱり見えていないのだな、と思った。俐玖には、佐伯が手をついているあたりに黒い影が見えていた。おもむろにスマホを取り出して撮影してみる。
「あ、やっぱり何かいる感じか」
脩もそんなことを言うので、彼も見えていなかったようだ。たぶん、幸島よりは認識できている。
「鞆江、ちょっとこれどうにかしてよ」
「佐伯さんに何とかできないものが、私に何とかできるわけないじゃないですか」
そう言いながらも俐玖は周囲を見渡した。うろうろと引越しの荷物として廊下に置かれている箱を漁る俐玖に、男どもはちょっと引いている。
「何してんだ、お前」
「探し物?」
「釘とか……画鋲でいいかな」
「大きさ、違くないか?」
脩のツッコみが入る。とりあえず、『留めるもの』であれば大丈夫なはずだ。
俐玖は画鋲を二つ手に取ると、壁に刺して黒い影を縫い留めた。俐玖が場所を示したことでうっすら見えるようになっていた脩と幸島が「なるほど……」と感心した声を上げた。一応、奇行には訳があるのである。
佐伯が手を放しても、影は動かなかった。いや、動こうとはしているのだが、動けなくてもぞもぞしている。
「これが大元?」
「かもねぇ。少なくとも、怪異を呼び起こしていったのはこいつだと思うわ」
「佐伯、祓えるか?」
「やってみましょう」
幸島に尋ねられ、佐伯はさらりと言った。ぱん、と柏手が打たれる。事前の準備も何もなく、急に始められた。俐玖たちは少し下がって様子を見守ることにする。
「いつも思うけど、佐伯の能力ってちょっとおかしいよな……」
「それは能力が高すぎてってことですよね?」
「ああ。普通は下準備がいるもんだろ……」
祭壇を用意したりとか、そう言うことが。幸島は自分はあまり霊力は強くないものの、知識はあるのだ。
「うーん、駄目ね」
佐伯が首をかしげながら言った。それは下準備がなかったからではないだろうか。
「ひとまず封じます? あとで強力なライトを持ってきましょう」
「そうねぇ」
俐玖が提案すると佐伯が壁にペタッと呪符を貼った。画鋲で動きを抑えられていた影がぴたりと動きを止める。
「あ、ついた」
何度か明滅して電気が復旧した。おお~、といたるところで歓声が上がるのが聞こえた。
「こいつのせいだったのね……」
「もしかしたら、以前対応した人も祓えなくて封じたのかもな。引っ越しで荷物を片付けたときに、封じが動いたのかも」
これまで何度かそう言うことがあったので幸島が言った。脩も「なら、過去の履歴を調べれば何かわかりますね」と言っている。慣れたものだ。
とはいえ、もう夜の十一時だ。そして寒い。ひとまず電気の件は解決したので、後は明日になるだろう。
「俐玖」
事務室に戻ってひとまず帰ろうと言う汐見課長の言葉を聞いて解散となった後、脩が俐玖にささやいた。俐玖は視線だけをそちらにやる。
「今日、泊めてほしいんだけど……」
そうだろうと思った。色っぽい話ではなく、単純に夜遅いからだ。俐玖のアパートは市役所の近くだ。電車やバスを気にしなくていいし、楽だ。
「……まあ、いいよ」
恋人同士だ。これまでも何度か泊めたことがあるのだから、今さらためらうことはない。俐玖も短いとはいえ、夜道を一人で歩かなくて済む。
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