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【Case:20 引っ越し】4








 俐玖たちはひたすら資料をめくる。俐玖が読んでいるのは郷土史だ。すでに宗志郎が目を通しているが、見落としがあるかもしれない、と言うことで。


「確かに気になる記述はないですね……」

「じゃあ、事件の方か? こういう広い土地は、田んぼや墓地をつぶしているものだが」

「前にもあったよね。体育館のやつ」

「ああ、去年な。分祀の社の件」

「あ、それ」


 分祀しているからちょっと違うか。確かに、学校や役所は建てる際に広大な土地が必要であるから、広い土地を確保できる田んぼや墓地の上に建てられやすい。墓地の上に建った学校で幽霊が見える、などは定番だ。


 そもそも、この役所が墓地の上に建っていれば話題に上っているはずだ。聞いたことがないから、そういう事実はないのだろう。


「昔、人柱が埋まってた話があったなぁ」

「いつの時代ですか。冥婚のために棺桶が動かされたことが原因のこともありましたね」


 あまりにも何の手掛かりも見つからないので、汐見課長と宗志郎がそんな会話をしだす。冥婚の話は俐玖も覚えていた。割と最近の話だ。


「うう……さらっと怖いですよね、実は……」


 麻美が身を震わせる。もっとも、恐怖と言うよりも寒さからかもしれない。コートを着てマフラーも巻いているが、さすがに少々冷え込んできた。頬が冷たいのが自分でもわかる。カイロで温めた手を頬に充てて俐玖は言った。


「小さな怪異がたくさん集まっているんですかね」

「一つが動き出すと連動して発生する、と言うことはよくあるからね」

「だとしたらやっぱり、原因は庁舎の引っ越しですよね」


 宗志郎も俐玖と同じ結論に至ったらしく、二人は目を見合わせた。これはどれだけ郷土資料をあたっても出てこないのではないか。調査に行ったみんなの報告待ちになる。


 と言うわけで、しばらく待つことにした。俐玖と宗志郎は調査に出かけてもいいが、何かあった時のために待機しておくことにした。


「お、脱出できたんだな。お疲れさん」


 相変わらず見た目によらずにおっさんのようなことを言うのは幸島だ。彼は下野と調査に出かけていたらしく、二人とも帰ってきた。調査部隊の中では一番のりだ。


「おかえり、どうだったかな」

「少なくとも三つ確認できましたよ」


 そう言いながら幸島がホワイトボードに箇条書きにしていく。場所と、起こった現象だ。


「幽霊、多いですね」


 幸島と下野がはっきりと確認したわけではないものも合わせると、全部で十件だ。そのうち八件が幽霊の目撃情報なのだから、多い。


「このうち何件かは枯れ尾花だろ」

「というか、牛の幽霊ってなんですか」

「そりゃ噂だな。俺たちは確認してない」


 幸島と下野が確認したのは、宿直室の若い男の幽霊、一階西階段奥の女性トイレの流しの鏡から手招く和装の女性、東階段で足をつかんでくる手。宗志郎が言った牛の霊もホワイトボードに書いてあるが、これは噂にすぎず未確定情報だそうだ。


「階段、危ないねぇ」

「下野が実際つかまれましたよ。なあ?」

「ちょっと危ないですよね。一段目ですけど」

「一段目かよ」


 登ろうとしたところで足をつかまれたらしい。打ち所が悪ければ死ぬが、たいていの場合は手をつけるだろう。怪我はするかもしれないし、降りていたら危ないかもしれない。


「私はどちらかと言うと、女子トイレの鏡が気になりますね……二人が入ったんですか?」

「確かに!」


 俐玖が指摘すると、麻美もはっとして声を上げた。そう。気になるのは怪異自体ではなく、男性である幸島と下野が女子トイレの怪異を確認したという事実だ。


「あー、まあ、ちょっと俺がな。入らせてもらった」

「幸島さんなら許されると思いません?」

「幸島さん、見た目よりも男らしいからね……」


 確かに幸島は中性的な美貌の持ち主だが、それとこれとは話が別だし、彼はこの見た目に反して性格は男前だ。いろんな意味でアウトである。イケメンなら何でも許されるわけではない。わけではないが。


「まあ、見られてないなら大丈夫かな?」


 ということにした。気になったが、あまり深く議論するものでもない。


「宿直室は?」


 宗志郎が話を進めようと尋ねた。そっちも見たぞ、と幸島。


「窓の前に立ってたなぁ。スーツ着てたから、役場の職員だったのかもな」

「ええ……」


 麻美が嫌そうな顔をした。宿直室は普段は夜中に泊まり込む警備員が使うが、閉庁日の日中は職員でも使用する。日直はめったに回ってこないが、若手の職員である俐玖や麻美、下野は入る可能性がある。


「麻美、引越しまでに日直当たってる?」

「! 当たってませんでした!」


 ぱっと顔を明るくして麻美が答えた。なら大丈夫だ。ほかにも幽霊はいるようだが。


 さらに鹿野も戻ってきて、少し遅れて佐伯と脩、瀬川と藤咲も戻ってきた。


 鹿野によると、三階の放送室で拍手喝さいが聞こえたため、一喝したら黙ったとのこと。


「さすが鹿野さん」


 寡黙な分、こういう時の威力は強い気がする。


 ほかの四人も怪異を拾ってきた。というか、脩が一緒で怪異を目撃できるだけでもどれだけの密度かという話である。


「配電室を確認してきました」


 と言ったのは瀬川だ。さすが、調査が効率的である。停電しているのだから、配電室を見てくるのは当然のことだ。


「何もありませんでした」

「ていうか、正常に動いてましたよね……」


 ともに確認してきた藤咲もちょっと遠い目だ。と言うことは、本当に電子的な問題はなく、副次的効果で停電しているのだろう。


「私たちは市長室を見てきたんですけど」

「お前ら、すごいな」


 感心したように幸島が突っ込みを入れている。市長室に乗り込んできたのは佐伯と脩の二人だ。確かにすごい度胸である。ともあれ、市長はこの緊急事態に対応中なので会議室にいて、市長室には不在だったそうだが。


「もう、入る前から瘴気みたいな靄っぽいのがあって」


 急に抽象的な説明になった。とりあえず、怪しいと言うことはわかった。


「市長室の観葉植物の隣に、膝を抱えた男の子が」

「ひぇっ」


 怯えた声をあげたのは麻美だ。確かに、子供とは無縁の市長室に男の子がうずくまっていたら怖い。


「脩は見えたの?」


 一応聞いてみると、彼は首を左右に振った。だと思った。方向性を示してやれば彼にも見ることはできるが、たぶん、佐伯はそんなことをしなかっただろう。脩は見つけるための要員ではなく、巻き込まれたときのための要員だ。


「市長が連れて帰ってきたのか?」

「うーん、違う気がするけど」


 宗志郎と佐伯が首をかしげている。北夏梅市長は脩と似たようなタイプで、怪異が寄ってこないタイプの人間だ。尤も、脩とは違って影響は受けるようだが。


「確かに、市長室にいて市長に影響がないなら、市長が起点じゃないんだろうね」


 落ち着いた口調で汐見課長が締めた。ちょっと市長と言う言葉がゲシュタルト崩壊しそうである。


 一時間程度で確認できただけでも、かなりの怪異が発生している。麻美が愕然としたように言った。


「こんな中で、あたしたち、仕事してたんですね……」

「幽霊はいても、見えなければいないのと一緒だからね」


 俐玖が言うと、麻美は「そういう問題じゃないんですよ」と訴える。


「純粋に、怖いんです!」

「悪さをしてくるわけでもないでしょ……」


 俐玖が困惑していると、脩が苦笑気味に口を開いた。


「二人の幽霊の対する捉え方の違いだろう。久々に俐玖が帰国子女だと感じたな」

「えっ」


 つまり、俐玖の感覚がおかしいのだろうか。俐玖はドイツ生まれドイツ育ちで、十二歳で日本に帰国している。人格の基礎となるものは、ドイツではぐくまれているのは確かだ。


「俺も詳しくはないが、日本で幽霊と言うとそこにいるだけのものも、悪さをするものも、ひっくるめて幽霊なんだ。逆に、欧米ではそこにいるだけのものは幽霊、悪さをするものは悪霊と言われることが多いそうだ」


 俐玖なら知ってるんじゃないか、と言われて、彼女はうなずいた。言われてみれば、そうだ。どうやら、俐玖と麻美の幽霊の定義が違ったようだ。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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