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【Case:20 引っ越し】2







 俐玖は足を引き寄せて膝を抱えた。ここは倉庫なので、空調がさほど効いていない。一応小さなエアコンくらいはあるが、広さに見合っていないので凍え死ぬことはないだろうな、くらいだ。つまり、夏は暑く冬は寒い。なおかつ、今、電気が止まっている。


「俐玖、寒いか」


 俐玖の様子に気づいた脩が声をかける。俐玖は「ん」と肯定して見せる。チェスターコートを着ているが、寒いものは寒い。


「これ、エアコンが効きづらいだけが理由じゃないかもね」

「ああ、幽霊がいると気温が下がるっていうしね」


 原因がよくわからない俗説なのだが、この俗説は実は正しい。だが、現在の場合は純粋に気温が低くて寒いのだと思う。


「鞆江、こっちにいらっしゃい。くっついた方が温かいでしょ」


 佐伯がそう言ってくれたので、遠慮なく彼女の側にいった。コンテナに二人で腰掛ける。女性二人なら、何とか座ることができた。脩がどこからか発掘してきた毛布を二人にかける。


「課長もどうぞ」

「ありがとう。災害用の備蓄かな……」


 古いがちゃんとした毛布だが。災害時用の備蓄は役所の各場所に置いてある。一か所にまとめるだけの倉庫がなかったためだ。しかし、新庁舎にはちゃんと、そう言ったものをまとめておく場所が用意されている。


 もう閉じ込められてから二時間は経過している。そろそろみんな、おかしいな、くらいには思っているだろうか。電波が遮断されているのでおしゃべりしているくらいしかない。


「以前」


 唐突に口火を切ったのは脩だった。その視線は俐玖に向いている。


「山で異空間に入り込んだことがあっただろう。俺が入職してすぐのころと、俐玖と一緒の時と」

「ああ……」


 俐玖はうなずいた。どちらも彼女がかかわっているし、後者では一緒だった。確かにあれは、異空間に足を踏み入れていた。


「どちらも銃声で元の世界に戻ったよな。同じことができないか?」

「原理的に不可能ではないけど、現状では難しいと思う」


 脩の言うように、銃声、に限らないが大きい音を立てるなどして無理やり空間をぶち破ることはできる。俐玖は銃を多用しているが、別にガラスをたたき割るでもいいし、鹿野はホイッスルでぶち破ったことがあるらしい。


 異空間に入り込むと、まず音からおかしくなる。音が響かないとか、聞こえないとかはよくある話で、だからそういう時はあえて大きな音を出す。


 ここで同じ方法をとることは可能だ。だが、ここは異空間と言うより結界の中なのだ。脩が上げた二件では、脩も俐玖も向こう側に足を踏み入れてしまったわけでが、今は違う。今は閉じられているのだ。


「これをこじ開けなければ、私たちが外に出ることはかなわない。厳密に言うと、状況が少し違うね。……と思うんですけど」


 俐玖は自信がなくなって佐伯を見た。佐伯も「そうね」とうなずく。


「あれだけ調べて、試してみてうんともすんとも言わないからね。私も鞆江の意見に賛成かなぁ」

「そうですか……」


 女性二人から反応があり、脩はうなだれた。自分の意見が当たらなかったのでまだまだだな、と思ったらしい。


「でも、提案としてはありよね」

「……そうかもしれませんね。やってみます?」


 佐伯と俐玖はそろって汐見課長の方を見た。課長は苦笑している。


「うーん、やってみるのはいいと思うよ。悪影響は出ないだろうし」

「……自分で言っておいてなんですが、やるんですか?」


 言い出しっぺの脩が一番引いている。最初に言ったのはお前だ。佐伯が俐玖に毛布を押し付けて立ち上がる。


「ただ待っているだけなのも暇だしね。やってみましょ」


 何か大きな音が鳴るもの、あるかなぁ、と佐伯が周囲を漁る。俐玖も毛布を着たまま立ち上がり、あたりを漁った。さすがの俐玖も銃を携帯していない。そもそも、こんな室内で発砲できない。


 汐見課長や脩も一緒になって探して、出てきたのは趣味の悪い花瓶くらいだった。使わなくなって、とりあえず保管されていたものだろうか。


「これ、割っていいですかね」

「いいと思うけど、割れる?」


 佐伯と汐見課長が顔を見合わせる。花瓶なので、丈夫そうだ。しかもガラスではなく陶器である。床は普通のフローリングで、これまた割れやすい材質ではない。


「ここは俺が」


 と手を挙げたのは、言い出しっぺ且つ一番力のある脩だ。両手で陶器の花瓶を持った脩は、それを頭より高く持ち上げる。位置は、俐玖たちから少し離れていた。


「行きます」


 勢いよく花瓶が床にたたきつけられた。汐見課長が許可を出したとはいえ、思い切りよくやったと思った。見事に割れた。真っ二つだ。そして、残念ながらそれほど音は出ず、空間も解けなかった。


「駄目か……」

「でも、普通に音は出てましたよね」


 どことなくしょんぼりする脩の肩をたたきつつ、俐玖は首を傾げた。こういった異空間でよくある、音が響かない、と言うこともなかった。謎すぎる。


 念のため入り口を開けてみようとしたが、やっぱりあかない。そして、鍵も閉まっていない。つまり鍵が開いているのに開かない。


「駄目かぁ~。はあ、おなかすいた」

「すきましたね……」


 がっくりしている佐伯に、俐玖も同意するようにうなずいた。閉じ込められてからそろそろ三時間。終業時間が近いだろう。さすがにみんな、気づくだろうか。


 がた、とドアが音を立てた。四人の視線がそちらに向く。膝を抱えて座り込んでいた俐玖はゆっくりと立ち上がる。顔が冷えて、少し頭が痛い。


 がたがたがたがた、とドアが何度も鳴る。鍵がかかっているドアを無理やり開けようとしているようだ。怪奇現象でよくあることだが、ここにそれにおびえるような人はいない。


 電気も明滅し、そして消えた。そうなると、採光性の低いこの部屋はほぼ真っ暗だ。


「俐玖」


 はぐれるとまずいと思ったのだろう。脩が俐玖に寄ってきた。そのまま肩を抱き寄せるように腕を回してくる。佐伯と汐見課長も近づいてくる。


「さて、次の段階かな?」


 怪異の第二段階と言う意味だろうか。すごく嫌なのだが。怪異に慣れているとはいえ、怪異が好きなわけではないので。


 脩に抱き寄せられたまま身構える。ぎぃ、と音がした。


「お待たせしました」


 倉庫のドアが開いた。顔を出したのは瀬川だった。ものすごく、あっさり開いた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


大晦日ですね。皆さま、よいお年を!


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