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【Case:20 引っ越し】1









 さて。一年近くかけて準備してきた、庁舎の引っ越しである。準備と段取りは整えたはずだが、それでもバタバタすることはわかり切っていた。


 新年から新庁舎での業務となるため、年末にお引っ越しである。窓口業務のある課だけは最後までお仕事であるが、それ以外の課は十二月の半ばから順次引っ越し作業を始めていた。


 地域生活課も窓口のある課ではないので、早めに引っ越し組だ。逆に、芹香のいる市民課は最後まで残ることになる。慌ただしすぎる、と芹香はちょっと泣いていた。


 古い機材は処分していくし、大きな棚や机などは業者が運んでくれる。なので、俐玖たち職員は個人情報などが書かれた重要書類を運ぶこと、業者が運べるように机や棚を片付けることがお仕事だ。


 これが結構大変なのだ。書類が多い。いくらペーパーレスが叫ばれていても、過去の情報はすべて紙だ。そして、まだ紙文化が根付いているのがお役所仕事なのである。最近、ハンコはなくなってきた。


「持ち上がらない~!」


 書類を詰めたコンテナを持ち上げようとした麻美が悲鳴を上げる。当たり前だ。明らかに麻美より腕力のある俐玖だって持ち上げられない。


「日下部、肩と腰を痛めるからやめておけ」


 脩が苦笑してコンテナを台車に乗せる。さすがの脩も、書類の詰まったコンテナを持って運ぶことはできなかった。紙の束と言うのは結構重い。脩と下野、そして鹿野が主戦力である。


「うーん、俺ら非力だな、来宮」


 そう言ったのは自分の机のものを段ボールに詰めている幸島だった。声をかけられた宗志郎は割れ物を新聞で包んでいる。


「仕方ないですよ。俺たちが俐玖より非力なのはわかっていたことです」

「私だってさすがにそんなに力強くないよ……」


 五キロ近い狙撃銃を持ち、そのリコイルショックにも耐えるため、俐玖は女性にしてはかなり腕力が強い方だろう。しかし、それでも成人男性と同じぐらいか少し強い、くらいだろう。さすがにそこまでゴリラではない。


「腕力って言うか、定期的に鍛えてる鞆江たちは違うよな、それでも」


 幸島がフォローになっているようないないようなことを言う。まあ、動くのは得意だ。


 俐玖はパソコンにつながっていたケーブルを回収する。これは失くすと後から面倒くさいので、結束バンドで縛って段ボールに入れていく。


 さて、この辺りは問題ない。問題は回収して封じている呪物の移動だ。倉庫になっている部屋にしまわれているのだが、これを動かすのが大変だ。物理的な問題ではない。その場で安定しているものを、あえて別の場所に移す、と言うのが難しいのだ。なら置いて行けばいいのでは、とも思うが、この旧庁舎は取り壊される予定なので、いずれにしろ動かさねばならない。


「とりあえず、箱に呪符を貼ってきました」


 作業は佐伯と汐見課長で行われていた。うっかり呪物がこぼれ出ないように佐伯の呪符で封じ、動かすことにしたのだ。その作業は巫女としての能力がある佐伯と、千里眼で様子を見ることができる汐見課長の二人で行われていた。


「運ぶのは向坂君の方がいいかもしれないね」


 怪異の影響をほとんど受けない脩は、こんな役目ばかりだ。本人は少しいやそうにしつつも、最近は慣れてきたのか苦笑している。


「なら、俐玖も一緒にな」

「えっ」


 俐玖も脩の体質の影響を受けているとはいえ、彼よりは怪異に会いやすい。そもそも脩だって、影響を受けにくいだけで巻き込まれることはあるのだ。なんというか、脩は異世界に取り込まれて周りの気がふれても、自分だけ正気を保っているとか、そういうタイプの影響の受けなさなのである。それはそれで気が狂いそうであるが。というか、彼が健全な精神力の持ち主であることが一番大きい気がする。


 まあ、そんなわけで脩と俐玖も回収物を動かすために駆り出された。それなりに数があるので、汐見課長と佐伯も含めて四人体制だ。というか、課長も普通に手伝ってくれているが、いいのだろうか。だが、何かあった時に最初に気づいてくれるのは汐見課長のような気がする。


 台車に乗せたケースに小さめの呪物を詰め込んでいた俐玖は、奥から脩に呼ばれて顔を出した。


「俐玖、手伝ってくれ」

「……なにこれ」


 大きな箱だった。大きいが、厚さはそれほどない。なので重くはないが、一人でもち上げるのは大きさ的に難しかったようだ。


「ていうかこれ、大きさ的に台車に載らなくない?」

「そもそも縦にしないとドアから出せないよな……」


 とりあえず、入り口付近に運んでおくことにする。廊下に出してもいいが、廊下も広くはないので置いたら踏まれる気がする。出すのは最後でいいだろう。


 二人が奥に戻ろうとした時だ。突然、電気と空調が消えた。


「えっ、停電?」

「かもな。いったん外に」


 出よう、と脩は言おうとしたのだと思う。その前に、音を立てて倉庫のドアが閉まった。


「えっ」

「ええっ!?」

「どうしたの?」


 一列隣の奥にいた佐伯が、俐玖の悲鳴を聞いて様子を見にくる。手にはスマホを持って、ライトをつけていた。俐玖と脩はドアを開けようと押したりして見ている。


「え、嘘。閉じ込められた?」


 慌てて佐伯が駆け寄ってくる。一応、中に閉じ込められたとき用の緊急開閉ボタンがあるはずだが。


「停電!」


 当たり前だが、電気が来ていないので作動しなかった。


「落ち着いて。すぐに非常用電源に切り替わるはずだから」


 落ち着いた様子で汐見課長が声をかけてきた。ここは市役所なので、非常用電源がある。それに切り替われば、少なくともドアが開くはずだ。


「とりあえず、瀬川君に連絡を」


 と、スマホを手に取った汐見課長が固まった。


「課長?」


 脩が首をかしげる。汐見課長は固まった笑顔のままで言った。


「圏外だ」

「え」


 三人も慌ててスマホを見た。なるほど。圏外だ。覗くと、脩のスマホも県外なので、倉庫自体に問題があるのだろう。いくら脩でも、結界を避けることはできない。


 呪物を保管している倉庫とはいえ、ただの倉庫なので電波遮断などしていない。これは怪奇現象的なやつだ。


 佐伯と俐玖が二人してあちこち調べまわる。佐伯が扉に向かって祝詞を上げて見たり、呪符を貼ったりしてみたがうんともすんとも言わない。


「内側からだからかしら」

「結界のようなものが遮断しているのは確かだと思いますが……」


 調べた女性二人の結論がこれだった。内側からでは、どうにもならない。外側からなら、たぶん、開くのだが。


「窓から外も見えませんね。もやがかかっているようだ」


 倉庫とはいえ、採光用の窓がある。だが、開くことを前提としていない嵌め殺しで、大きさも小さい。たとえ開いたとしても、俐玖や佐伯でも通れないだろう。


 脚立を登ってその採光用の窓を覗いた脩は脚立を降りながら言った。本格的に隔絶されてしまった。これは銃で撃っても傷つけられないタイプのやつ。


「まあ、仕方がないね。少なくとも退庁するときには誰かが気づいてくれるよ。大丈夫」


 前向きなのかあきらめなのかわからない口調で汐見課長は言った。待っていれば、誰かが気づいて開けてくれるだろう、という他力本願な解決方法だ。内側から働きかけることができないので、仕方がないのだが。


「この中のどれかがこの空間を形成してるのよね……」


 佐伯がまだ半分以上残っている呪物をにらみつけるようにして言った。こうしてみると、随分たくさんある。


「ここにある呪物が原因とは言い切れないんじゃないかな。古い庁舎だから、建物自体に怪異がついてるし」


 のんびりと汐見課長も言った。二人とも、コンテナをひっくり返したものに段ボールを敷いて座っている。俐玖も同じようにしていたが、脩は謎の木箱に腰掛けていた。


「俺たちを置いて引っ越しするんじゃねぇ、って言ってるのかもしれませんしね」


 佐伯が膝に両肘をついて頬杖を突きながらため息をついた。早めに気づいてくれるといいのだが。


「もし、この中にこの空間を作っているものがあるのなら、探し出して解除できるのでは?」


 脩が意見を出すが、佐伯が「不毛すぎるでしょ」と息を吐く。


「数が多いし、うまく怪異を解除できなかったから、封じてここに保管してあるのよ」

「ああ……そうか」


 苦笑して脩は意見を引っ込めた。まだ多数の呪物が残っているし、この中から探すのは困難だ。よしんば見つけられたとしても、解除できるかわからない。佐伯の言うように、当時できなかったからここにあるのだ。


 庁舎にすくっている怪異なら、結局閉じ込められている俐玖たちにはどうしようもない。外から働きかけてもらうしかないのだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


最終章の予定です。年末ですが、このままいきます。


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