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【Case:01 人数が合わない】1

新連載です。

作者がホラーを書けないので、言うほどホラーではありませんが、怪奇現象が主題の一つです。苦手な方はお気を付けください。










 向坂さきさかしゅうは北夏梅市役所の新人研修の現場にいた。院卒の彼は、この四月から新入職員として故郷の市役所に就職したのである。友人などには、大学院まで出てなんで市役所、などと言われるが、自分の勝手で二年も長く学生生活を送らせてもらったのだ。もともと、卒業したら帰るつもりはあった。


 で、だ。脩は高卒や新卒や中途採用を交えたこの研修室で新人研修を受けていたのだが……講師役の職員が、困惑したように名簿と新人職員の人数を見比べている。


 研修三日目。脩も、その異様さに気づいていた。


 名簿に記載された新人職員の人数と、実際に会議室にいる新人職員の人数が、合わないのである。







 そもそも不自然さは初日からあった。今回の新入職員数は奇数なのだが、二人掛けの机がすべて埋まったのだ。人数が奇数なら、一席空かないとおかしい。特に座席は決めていなかったので、誰が紛れ込んでいるのかわからずじまいだった。


 二日目のグループワーク時も同じだった。人数から考えてどこかのグループ一つが、一人人数が多くなるはずだ。しかし、結果的には二組が人数が多くなった。


 つまりは、どう考えても一人多いのである。この異様さについてはおそらく、新人全員が気づいている。


 そして三日目の今日。午後から人が増えた。人が増えた、という言い方は正しくないが、研修を行う総務部人事課の職員のほかに、別の課の職員が二人、様子を見に来た。総務部地域生活課の職員らしい。中肉中背の男性が二人。三十代くらいに見えた。


 何をするでもなく、彼らは研修の様子を見守っていた。休憩時間などに、中性的な面差しの方が新人に話を聞いている。もう一人の方は研修室内を見回っている。正直言って、不審な行動すぎる。


 四日目、庁舎内の各部署の見学に行くのにも彼らはついてきた。そこで、脩は声を掛けられた。例の中性的な方だ。


「お疲れ様。ええっと、向坂君だっけ」

「お疲れ様です。向坂脩です。よろしくお願いします」

「地域生活課のコウジマです。よろしく。新人研修どう?」


 名札を見る限り、『幸島』と書くらしい。気さくで人当たりのいいひとだな、と思いながら答える。


「まあ、学生の時とやっていることは同じと言えば、同じですね」

「あー、確かに。新卒が多いもんな。向坂君も新卒なのか」


 周囲の高卒や大卒の新入社員より大人びて見えるのだろう。実際、おそらく二つばかり年上だった。


「院卒なので」

「なるほど。頭いいな」


 幸島はあっさりと納得してうなずいた。最近では、確かに院卒も珍しくはないが。


「幸島さんは、なにを調べているんですか」

「お、わかる?」


 にやっと彼は笑った。取り繕うことをやめたらしい彼は、直球で聞いてきた。


「というわけで、新入職員の中で、なんか変だな、とか気になる人はいる?」


 聞き方だけならかなりきわどい質問な気がするが、そういうことを聞いているのではない、とわかっていた。


「そうですね……初日から、人数がおかしいな、とは思っていましたが」

「えっ、そう?」


 なんで驚いた顔をするのだ。明らかに名簿と実際の人数があっていなかったと思うが。幸島は「ふうん」とうなずいてまじまじと脩の顔を眺めた。


「……なんですか」


 おおらかな脩もさすがに戸惑う距離感。幸島は「いや、男前だなと思って」と笑って答えたが、はぐらかされた感がすごい。一応礼は言っておくが。


「ありがとうございます」

「お前、天然って言われない?」


 それは言われる。自分ではそんなつもりはないのだが、初対面で少し話をしただけの人にわかるものなのだろうか。


 市民課窓口の美人職員を見たり、財政課で猛烈な勢いで資料を作り上げる職員を見たり、生活支援課で流暢な外国語で対応する職員を見たりしながら、幸島の所属先である地域生活課に到着した。ちなみに、総務部の管轄になるそうだ。


「こんにちは、皆さん! 課長のシオミです」


 地域生活課の汐見課長は気さくな調子で新人たちにあいさつした。ちょっと挙動がひょうきんだったせいか、かすかに笑いが漏れる。


「すみませんね。今、ちょっと出払ってて」


 という汐見課長の言う通り、座席は空席が目立った。というより、ほぼ空席しかない。汐見課長のほかには壮年の男性職員と、二十歳前後の女性職員しかいない。


 汐見課長がざっくり業務を説明しているが、脩は女性職員の方へ向かった幸島に意識が向いていた。


「クサカベ、みんなは? さっきトモエは見たけど」

「イワイさん、フジサキさん、カミクラさんは夏梅川沿いの青い桜の調査に行きました。チグサさんは会議中、カノさんは産振に貸し出されてます」

「まじか……イワイさんかカミクラが欲しかったんだけどなぁ」

「まあ、何とかなるのでは? キノミヤさんのうっかりがなければ、そんなに問題はない、ってチグサさんも言ってましたし」

「そうか? じゃあ大丈夫かなぁ」


 こっちの方が、単純に話の内容が気になる。青い桜って何だろう。むしろ見てみたい。


「あっ、次行くみたいですよ、幸島さん」

「ん。悪い、邪魔したな」

「いえいえ。冷蔵庫の中の幸島さんのプリン、一個食べてもいいですか」

「くっ。ええい、一個ならいいだろう」

「やった」


 案内の職員についていきつつ、背後の会話に耳を澄ませるが、すでに会話は世間話になっていた。少し遅れて幸島がついてくる。幸島はそれからも何人かの新人職員に話を聞いて回っていた。公務員の名札を付けていなければ、完全に不審者だなぁと思う。


 もう一人いた地域生活課の職員は、もうひとつの見学グループと回っていたようだ。おそらくこちらも聞き込みをしていたのだろうが、結局、彼らは研修が終わるまで何もせず、ただ見ているだけだった。脩の中に、ただ違和感だけが蓄積されていく。


 研修の最終日に人事課から配属先を伝えられた。ほかの市町村ではどうなっているかわからないが、この市では研修をしてから(仮)だった配属先が確定するらしい。明日は辞令交付式だそうだ。


 配属先の書かれた用紙を眺め、この研修中の違和感の答えが出るだろうか、と思う。







ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


御覧の通り、現代日本の役所の話ですが、設定が緩いです。実在の役所はこんなに緩くないと思います。たぶん。

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