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【完結・連載版】悪の組織の女幹部に恋をする余裕はない  作者: 中村朱里
第3章 悪の組織の女幹部に休日はない
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3-②

「――――柳さん?」

「え」


なぜ私の名前を、とぱちりとこちらが目を瞬かせるのをよそに、彼は駆け足でこちらにやってくる。

平均よりも身長が高く、見事なスタイルの、凛々しくさわやかなイケメンである。何故か嬉しそうな笑顔を浮かべているけれど、その笑顔にはどこかあどけなさが残り、そのいい意味でのこどもっぽさはおそらく世間にはかなりの好印象を与えるのだろう。

……常日頃から美形に囲まれているせいか、その辺のイケメンを見ても「へ――――――」としか思えなくなってしまった私の悲しくかわいそうな審美眼でもばっちり太鼓判を押せるイケメンは、片手にコンビニのビニール袋をぶら下げて、ベンチに座ったままの私の顔を覗き込んできた。

近い近い近い。パーソナルスペースバグってないか。美形だから耐えられる距離だぞ。相手が私じゃなかったら悲鳴を上げているぞこら。ちなみにその悲鳴はおそらく世間様は黄色い悲鳴なんだろう。世の中はつくづく不条理にできている。

そう内心でぼやく私に気付いた様子もなく、イケメンは嬉しそうに笑みを深めて、すとんと私の隣に腰を下ろした。あまりにも自然な動作だったから止める間もなかったし、私が逆に立ち上がる隙もなかった。こやつ、できる。


「柳みどり子さんだよな? ええと、覚えてないだろうか。前にここで、俺はあなたにおにぎりをもらったんだけど」

「…………ああ、ええと、スドーさん?」

「そう。朱堂深赤すどうみあかだ。覚えていてくれたんだな」

「ええ、まあ」


いやわりと忘れてたんですけど、おにぎりという言葉で思い出しました。私の鳥南蛮おにぎりを全部持っていきやがった憎いこんちきしょうだったわこのひと。

まさかまた会うことになるとは思っていなかった。世の中は意外と狭いなぁと思っていると、私のささみをすっかり食べ終えた三毛猫と白猫が、私の膝から朱堂さんの膝へと移っていった。ああんつれない! そんなところもかわいい子猫ちゃん! 私の膝よりもイケメンの膝のがお好みですかそうですか!!

いいなあうらやましいなあという私の視線に気付かない様子の朱堂さんは、コンビニ袋から、おそらくは子猫用と思われるパウチタイプのペットフードを取り出した。あ、と思う間もなく、彼はそれを慣れた手つきで同じくコンビニ袋に入れていたらしいプラスチックの器に出す。ふなぁお! なぁお!! と三毛猫と白猫はどっからどう聞いてもそうとしか聞こえない歓声を上げて、お皿に顔を突っ込んだ。

むしゃむしゃとささみよりもよほどおいしそうに食べる姿はやっぱりかわいくて、なんとなく無言になってその姿を見つめていると、不意に視線を感じた。顔を上げると、赤みがかった朱堂さんの瞳とばちりと視線がかみ合う。


「何か?」

「いや、この子達にご飯をやってくれてありがとう。今日は俺が来るのが遅くなってしまったから心配していたんだ。本当は保護して連れ帰りたいんだが、二匹とも警戒心が強くて……」

「いやめっちゃあなたの膝の上でどっちもゴロゴロ言ってますけど?」

「ああ、これが初めてなんだ。触らせてくれたのも、膝に乗ってくれたのも。だから俺は今、ものすごく感動している」

「…………よかったですね」

「ああ!」


私の言葉に、そりゃもう輝かしい笑顔で頷きを返してくる朱堂さんは、本当に嬉しくて仕方がないらしい。きらきらと星が輝くような瞳で、ご飯を食べ終えて膝の上でたわむれる三毛猫と白猫を見下ろしている。

一般的に、野良猫に軽率にご飯を与えるのは褒められた行為ではないし、もしそうしたいのならばきちんと保護するなりなんなり、相応の対応が求められるべきだろう。無責任にご飯だけ与えるのはいただけない。いや私もうっかりささみをあげちゃったから強くは言えないのだけれど。

それにしても本当にかわいい。この子達本当にかわいい。朱堂さんの膝の上で遊ぶ子猫達にそっと手を伸ばすと、まず三毛猫が鼻先を指先に押し付けてきて、それに負けじと白猫が額を手の甲に押し付けてくる。うぐぅ、かわいい。

顔がだらしなく笑み崩れてしまうのを感じながらそのまま撫で続けていると、「あの」と上から声が降ってきた。私よりもだいぶ背が高い朱堂さんだ。


「その、柳さんは、猫は好きか?」

「はい、とても」

「……もし、よければなんだが、その、この二匹を……そう、保護、とか、してもらうことは可能だろうか」


一つ一つ、いかにも慎重に言葉を選ぶようにそう言われ、思わず瞳を瞬かせる。引き取るって、私が?

いやほぼほぼ初対面の私にそれを言うか? そんな軽率にこんなちいこきいのちを……! と固まる私に、朱堂さんは懸命に続ける。


「俺は職業上、家を空けることが多くて。同僚にも相談しているんだが、もちろん同僚も家を空けることが多い職業だから、そう簡単に決められることじゃないと皆、なかなか……。とはいえこのこ達をこのままこの公園で野良生活させておきたくはないんだ。唐突なお願いだとは解っているんだが、このこ達がこんなにも懐いている姿を見ると、柳さんなら、と思ってしまって、その、だから、いや無理にとは……」


……ずるい言い方をするなぁ、と、いっそ感心してしまった。朱堂さんは、自分がとてつもない無茶ぶりをかましているという自覚があるのだろう。だからこんなにも申し訳なさそうに、辛そうにしているのだ。

繰り返すがほぼほぼ初対面の私に、かわいがってきた子猫を二匹も任せようとするその根性、なっかなかにやばいものがある。けれどそうせずにはいられないほどに、もうこの青年はこのこ達のことを放っておけなくなっているのだ。それが解る。表情からも声音からも、もう痛いくらいに伝わってくる。だからずるい。とてもとてもずるい。

ここで断ることは簡単だ。だって私は朱堂さんには何の義理もなくて、子猫ちゃん達だって私が手を差し伸べなくてはならない理由はな…………い、ことは、ないな。


「解りました」

「え」

「解りましたよ。二匹とも、責任をもって、私が引き取ります」

「っいいのか!?」

「……私も、ささみをあげちゃいましたから。一度手を差し伸べたなら、最後まで責任を取るのが筋というものでしょう」


私は権利は好きだけれど義務は嫌いだ。義務に伴う責任はもっと嫌いだ。

社会人としてどうかと思う主張であることは重々承知の上である。ここでこの三毛猫と白猫を引き取らなくてはならない理由なんて、きっと私はないのだろう。二匹もの猫と暮らすとなれば、生活費は今以上に苦しくなるだろうし、他にもあれこれ難しくなる問題だって増えるだろう。そんなことは解っている。なぜなら以前、癒しを求めて犬や猫との暮らし方を検索しまくったからだ。だから多少は知識はあるつもりだし、苦労が増えることは目に見えていることも、やっぱり理解しているつもりではある。

けれど、でも。


「今日は私、休暇なんです。きっと、これも、縁なんだと思います」


さいわいなことに私が住むボロアパートは、なんと小型犬一匹か、猫二匹までなら一緒に暮らしてオーケーだよ! と大家さんに言われている。「みどり子ちゃんも寂しくなったら家族に迎えな! まあそれで婚期を逃さないように注意しなきゃならんけどね!」と酸いも甘いもかみ分けた、素敵に無敵に歳を重ねられた大家さんに背中を叩かれたのはつい先日の話である。大家さんはこの未来を予測していたのか。つくづく敵う気がしない。とりあえず先月の家賃まだ払ってなくてすみません、ちゃんと払います、本当にすみません。

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