5-①
某月某日。草木も眠る丑三つ時である。
私、柳みどり子は、まるで凶悪犯罪の犯人のように、黒塗りの高級車に乗せられて、いずこかへと連行……もとい護送……いやいや移送、されていた。
左右を固めるのは、黒スーツに身を包み、深夜であるにも関わらずに分厚い真っ黒なサングラスを着けた、ガッチリムッチリマッチョメン。二人とも何も言わないが、「ぜったいににがさない」という強い意志を感じる。もう圧がそう物語っている。
外の様子を窺いたくても、そういうフィルムが貼られているのか、ガラスそのものにそういう加工が施されているのか、まったくと断言できるほどにさっぱり見えない。
深夜で真っ暗だからですよ、なんて言われたとしても納得できない。この徹底ぶり、どう考えても私に、これから向かう場所の所在を理解させないためであるに違いない。
おかしい。どうしてこうなった。私はただかわいいかわいいマイスイートファミリーにゃんこ、みたらしとしらたまを取り戻したかっただけなのに。嗚呼それなのに。返す返すも憎たらしいのはカオティックジュエラーのパチモン、通称イミテーションズのせいである。何もかも全部あいつらが悪い。みたらしとしらたまに手を出しやがったあいつらのせいだ。異存は認めない。膝の上に乗せたペット用キャリーケースの中で、すやすやと眠る二匹のこの寝息が、もう二度と聞けなかったかもしれないのだ。考えるだけでぞっとするどころの騒ぎではない。
自他ともに認める悪徳商人、アキンド・アメティストゥに確保されたあいつらにはもう明るい未来なんて存在しないことは解っているつもりだ。たぶん、自分達が犯した罪以上の天罰、ではなくて人災があいつらを待っていることだろう。お気の毒様ではあるが、みたらしとしらたまを誘拐したあげくに売り飛ばそうとしたあいつらにはもはや人権はない。せいぜい生まれてきたことを後悔するがいい。
そう、そしてみたらしとしらたまを取り戻した今の私にとっての問題は、むしろその後だった、というべきか。
そのイミテーションズとのひと悶着のせいで、私は朱堂深赤さんというたまたま知り合っただけの、顔見知り、と呼ぶ程度の、それ以上でもそれ以下でもない知人こそが、天下のジャスティスオーダーズ略してジャスオダのリーダー、レッドであることを知ってしまったのだ。
自分で言っておいてなんだが、つくづく信じがたい事実である。目の前で変身シーンを見せ付けられ、その変身解除の瞬間までばっちり見届けてもなお、繰り返すが信じがたい。
だってそんなことある? ほんっとに朱堂さんとは顔見知りの知人という関係でしかないというのに、実はジャスオダに敵対する悪の組織カオティックジュエラーの女幹部、レディ・エスメラルダたるこの私が、そんな事実を偶然知っちゃうなんてこと、そんなことある? いいやない。ありえない。反語は強い肯定である。
柳みどり子としての『私』と朱堂深赤さんの間にわずかに存在するうっすい関係とは裏腹に、レディ・エスメラルダとしての『私』とレッドの因縁は深い。大変不本意かつ遺憾ながらも深い。
大体の原因がレッドのほうにあると私は思っている。異論は受け付けない。その今までのレッドの言動を鑑みるに、あいつは『レディ・エスメラルダ』のことを恋愛対象とし、ぶっちゃけて言ってしまえば『惚れている』らしい。そのわりにはとんでもないセクハラされてるけど。やり方下手すぎると思うけど。百年の恋も冷めることしかされてないけど。
……アッ待って、嫌なことに気付いてしまった。私、朱堂さんに「責任を取れ」とかなんとか適当なアドバイスをしたけど、アレ、結局自分で自分の首を絞めてたってことではないか。何が責任を取れだ。「誠心誠意謝って、あとはもう近付かないようにしましょう!!」とでもアドバイスすべきだった。
我ながら最悪すぎる……と遠い目をしていると、不意に、車が止まった。キャリーケースにまでその振動が伝わらないように改めてぎゅっと抱き締めると、ポン、と肩を叩かれる。そちらを見遣れば、黒服が無表情にこちらを見つめていた。ひえ、とおののく私に、彼は深く頷きを返してくる。いや頷いてほしかったわけではないんですけど。なにその「覚悟は決まったようですね」みたいなその顔。こちとらぜんぜんまったくこれっぽっちも覚悟なんて決まってませんけど。なんならまだ今すぐ帰りたいとか思っていますけど?
「着きました」
どこに、と問いかけるのは無粋なのだろう。短くはっきりとそう言われ、いよいよ後戻りできなくなったことを思い知らされる。車に乗っていたのはものの十数分程度だった気がするけれど、どうしようもなくはてしなく遠いところまで連れてこられてしまった気がしてならない。
どうしよう、ものすごく帰りたい。帰らせて。しろくん、こんなときこそヘルプミー。
私が始末書を代わりに書くから今すぐこの車をストーンズで襲撃してくれないかな~~なんて、しろくんが聞いたら「カオスエナジーの無駄遣いは頂けないな」と笑顔でさっくり断られるであろうことを思いながら、促されるままに車から降りる。もちろんキャリーケースをしっかり抱えて、だ。
「ここは……?」
「我らジャスティスメイカーの秘密基地における地下駐車場です」
あっはいご親切にどうも。その言葉の通り、私を運んできた車は、ぱっと見で、いわゆる地下の立体駐車場のように見える場所に駐車していた。
真昼のように明るく明かりが灯されていて、こんなにも広い駐車場なんて会社の近くにあったかな、と不思議になる。少し離れたところには、朱堂さんが運び込まれたトレーラーも駐車していた。あっちの方が早くこの場所に到着していたらしい。パワースーツを着ていたとはいえ、あれだけ好き放題に暴力を受けたのだ。彼は大丈夫だろうか、と思ってから、すぐに自分で否定する。大丈夫なわけがない。
レッドのことは基本的に心の底から関わり合いたくない男だと思っているけれど、朱堂さんについてはまあまあ悪い人ではないかな~~という認識で、だからこそ普通に心配になる。そもそも私のせいだし。彼は私のためにあんなにもボロボロになってくれたわけで、それが理解できないほど私は馬鹿ではないつもりだ。ああ嫌だな、なけなしの良心がしくしくと痛んで仕方ない。
そうやって行き場のないもやもやを抱えてトレーラーを見つめていた私の視線に気付いたのだろう。黒服が「ご心配なく」と口を開いた。
「レッド……朱堂深赤の治療は既に終えていると連絡が入っております。大事には至らず、今はすこやかに眠っていると」
「そ、うですか」
さらっと改めてレッド=朱堂さんの方程式を強調された。どんどん外堀が埋められている気がするのは気のせいではない。いやまあね、朱堂さんが心配ないならそれに越したことはないのだけれど、それはそれ、これはこれだ。繰り返させていただきます。ものすごく帰りたい。
「では、レディ。こちらへ」
左右をまたしても黒服に固められ、奥の扉から出てきた新たな黒服に前後もついでに固められ、どこをどうしてもどうやっても完全に逃げ場を失った私は、表向きは神妙な顔で、内心ではダラッダラと冷や汗をかきまくりながら、黒服とともに移動する運びとなった。
黒服達は私の名前を知らないから便宜上『レディ』と呼んでくれているのだろうけれど、こればまた私の冷や汗を誘う。だってレディってあれじゃん。レディ・エスメラルダのあれじゃん。正体がバレているとは思わないけれどそれにしても心臓に悪すぎる。
ああああ、胸の痛みよりも胃の痛みのほうが強くなってきた。そろそろ穴が開くのではなかろうか。この場合労災って通るのかな。しろくんには普通に「却下」って言われそう。有休ももらえなさそう。しろくんは優しくて私に甘いけれど、仕事に関してはきちんとしてるし厳しい鬼上司なので。
現場を知らないぼんくら上司とかこっそりののしりたくなるくらいには彼はきちんとしすぎている……と、完全に現実逃避しながら、私はそのまま、黒服達と一緒に、エレベーターに乗り込んだ。
エレベーターは上に向かうかと思いきや、とんでもないスピードで下へ下へと向かう。地下何階なのかは解らない。ただ自動扉の横で赤く光る下向きの矢印が、やたらと派手に点滅し続けて、そうしてようやく、本当にようやく、いよいよ、ポーン! と世界の終末に天使が吹き鳴らすというラッパの音……ではなく、エレベーターが目的の階に到着したことを教えてくれる電子音が響き渡った。
自動扉が開き、黒服に囲まれたまま押し出されるようにエレベーターから足を踏み出す。黒服達の役目はそこまでだったらしい。彼らはさっさとまたエレベーターに乗り込んで去っていき、私はみたらしとしらたまが入っているキャリーケースを抱えたまま立ち竦む。
駐車場の真昼のような明るさとは裏腹に、この階は最低限の光しかなく薄暗い。見通しの悪さに目を細めてもいまいち全容がつかめない。んんんん? と首を傾げた、そのときだ。
パッと突然世界が明るくなる。薄闇に慣れていた目を襲う光に何度も目を瞬かせて、そうして私は、この空間が、まるでしろくん……ではなく、マスター・ディアマンの指令室のような様相を呈していることを理解する。そしてその一番奥のVIP席、デスクの向こうの重厚な回転椅子。背もたれ側がこちらに向けられていて、一見誰もいないように見えるけれど、解る。誰かが、その向こうに座っている。
ごくりと息を飲む私の視線の先で、くるりとその椅子が、こちらへと回転した。
「ジャスティスオーダーズ公的支援秘密組織ジャスティスメイカーにようこそ、柳みどり子さん」
いや長いな!? 初対面の名乗りにしてはだいぶ長くないですか!? と問いかけたくなったけれど、できなかった。だって、その、椅子に座っていたのは。
「――――大家さん!?」




