9.死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬー!?
密猟団のリーダーらしき最後の一人を倒して、私は無表情でナイフをしまった。
そして、
(あっぶなかったああああああああああああああああああああああああああああ)
と、額に冷や汗を垂らしながら内心で呟いた。
(不意打ちで1人倒せたのはラッキーでした。10対1は逃げないといけないシチュエーションですし)
そう。
『腐っても平民から宮廷聖女にまで上り詰めた者、癒しだけで生き残れるほど甘いものではなかったことを教えてあげましょう』
などと啖呵は切ったが、あれは相手に少しでも威圧感を与えるための小細工なのだ。
基本的に、集団に囲まれて襲われると一人の人間では勝てないのだ。だって、腕は二本、得物は一つしかないのだから。
つまり、大大大大大前提は、そんな戦闘行為をしないこと。勝てる勝てない以前に、やってはいけないことなのだ。
次点でも、ともかく煙幕でも張って逃げる、あるいは隠れるが正解なのだ。
ただ。
チラリと私は後方を見る。
そこにはケガをした少女が倒れていた。
「何事にも例外はあるということですね」
守るべきものがあるならば、そして癒しを待つ相手が目の前にいるならば! それは成さねばならない聖女の義務となる!
運が良かったのは最初のドロップキック、そして、ナイフを使用した高速戦闘に相手が翻弄されてくれたことだ。
一時的に身体能力の一部を高める活力の火という呪文があり、それを脚に使用したのである。
これによって瞬間的に脚力を強化した。
あとはもう、スピード勝負だ。
相手がこちらの聖衣を見て『動きにくそうな恰好だ』と誤認していることを利用して、虚を突き、一瞬のうちに倒す。
数が減れば減るほど、こちらが有利になる。
そして、幸いなことに、相手は私を相当な格上と誤認してくれたらしい。勝手に焦り、陣形を崩してくれた。
「木々が沢山あったのも助かりましたね」
木を使うことで立体的な高速移動をすることが出来たからだ。さすがに平地だけでは相手の視界から消えるような超能力じみたことはできなかっただろう。
そういう意味で薄氷を踏むような勝利だったのだ。
というわけで、いまだ緊張冷めやらぬ状態で、言葉も少なめになる。というか、余りしゃべる余裕もない。
「……」
すると、
「あれほどの圧倒的勝利をおさめながらも、驕る言葉一つ出さぬとは……。どうやら相当な使い手のようじゃな」
赤髪が印象的な美少女が、金色の瞳をこちらに向けながら言った。
年齢は同じくらいに見える。
いや、というか、
「いえ、とんでもない誤解をしていらっしゃると思いますよ。アレははったりしてやったり、みたいな感じで……非常に恥ずかしい内容と言いますか……」
「ますます謙遜とは。あれほど圧倒的な技量の差を見せつけておいて、しかもいささかも気負ったところもない。儂とて兜を脱ぐレベルであったぞ?」
「いえ、その、本当に違うので、ご勘弁ください。あっ、それよりも!」
私は少女に駆け寄る。
「ケガをしているのでしょう? 早く治さないと」
魔族と言っていた通り、よく見ると短い角が一本おでこにあった。
「ふ、無駄じゃ。実は儂は先代魔王。政争に負け人間の国に追い出された。この森で衰弱死するために魔力を使い切ったところであの者たちに襲撃されたのじゃ。人間に狩られれば魔族の国の権威も落ちよう。ゆえにこの1か月間、微量の魔力を吸収し応戦してきたのじゃが、しかし、奴らはしつこく儂を追い回し、とうとう捕まってしまったというわけじゃ。そんなわけじゃから儂を治療などしないことじゃな。それにそもそも、儂のそもそもの力は人類を大きく上回る。貴様がいかな癒し手であろうとも、多少の回復は焼け石に水じゃ。そして、もし回復したとしても、人の脅威としてお前をはじめ、人類を皆殺しにするかもしれんぞ。その責任が貴様に取れるか!?」
「水の精霊ウィンディーネよ、彼 の者の病をいやしたまえ。『生命の水 』! え? 何か言いました?」
「って、全然聞いておらんのじゃ、この小娘!!!!」
癒すことに夢中になっていた私は、うっかり目の前の少女が話す内容を、全て聞き流していたのでした。
「ま、まぁ。何にしても、無駄なことじゃ! 儂は自ら死ぬ寸前まで衰弱しておる。ゆえに人の使う回復などほぼ効果はない! 見よ!」
ヒョイ!
「この通り腕も上がらんし……」
スク!
「立ち上がることもままならぬ! その上!」
ピョーン
「ジャンプなどもってのほか! って、なんで回復しておるんじゃ儂!? えっ、これ貴様がやったのか!? どうやったんじゃ!? ありえんのじゃけど!? 儂は先代魔王じゃぞ!?」
「いえ、なんというか、こう……普通に?」
えい、って。
「普通ってなんじゃ!」
「む、哲学的な問いかけですか? 私ちょっと、哲学科の成績はあんまり……」
「違うわい! この天然娘めが!!」
ハアハアと、目の前の美少女が肩で息をしていた。
「疲れているようですが、まだやはり疲労が残っているのですか?」
「残念ながら違うわい! 貴様のおかげでぴんぴんじゃ!」
「ああ! それは良かったです。いつもより回復に時間がかかったので、ちょっとだけ熱がはいっちゃいましたよ」
「ちょっとだけ!? 儂、魔王なんじゃけど!?」
「なるほど。他種族を癒すのって、結構快感なんですね。ちょっとクセになりそうです」
あれくらい一人の癒しに力を使うのは初めてだった。やりがいがあったなあ、と思う。
「そんな感想なのじゃ~!?」
一方の魔王さんは、頭を抱えていた。どうしたのだろう。
「ふむ、その漏魔病の原因を探りに、この森に入ってきたというわけか」
「そうなのです。でも、とりあえず魔王さんを一旦森の外まで一緒に連れて行って、宿を確保ですね。まだ密猟団の残党がいるかもしれませんし、襲われたら大変です!」
「あの……儂、これでも結構強いんじゃけど。先代魔王なんじゃけど」
「でもやられてたじゃないですか?」
「ぬわああああああああああああああああ!!! 一生の不覚!!! あんなシーンを貴様に見られたのは一生の恥じゃ~!!!」
なぜか赤面して地面を転がりながら、恥ずかしがって身もだえている。
私は小首をかしげながらも、本来の目的を思い出しながら、ふと呟く。
「それにしても漏魔病の原因はなんなんですかね~」
「ああ、それは儂じゃよ」
「え?」
目の前の赤い美少女が、昏い笑みを浮かべて言ったのだった。