26.私の大好きなお姉様
「うふふ、それにしても嬉しいわ。お姉様が帰ってきてくれて! 突然出て行ってしまわれたから、ミスティカ、とっても悲しかったもの」
「あ、あはは。ごめんなさい、ミスティカ。でも、私がいたら家族のみんなに迷惑がかかると思って……」
「せめてミスティカには言って出て行って欲しかったですわ。突然いなくなってしまわれたら、お姉様がされていたお仕事なんかは誰がしますの?」
「そ、そうだよね、ごめんね」
ミューズさんの妹さんのミスティカさんの家に招かれて、今はディナーを頂いているところだ。
ミスティカさんは天真爛漫を絵に描いたような、美しくも愛らしい容姿をしていて、いるだけで場が華やぐ。
「でも、帰って来てくれてよかったですわ。今日は沢山食べてください。明日からのことはまたお話したいわ。魔王様も聖女様もたくさん召し上がって。腕によりをかけて作ったんですよ」
「手の込んだ料理じゃな。うまうま!」
「本当ですね。とても美味しいです」
肉類こそないが、木の実や野菜、キノコ類などをたっぷりと使って蒸したものが皿の上に置かれ、それをチーズや特製の調味料につけて食べる。パンも柔らかくてとても美味しい。
「みんなに召し上がって欲しくて頑張って勉強したんですよ」
「そうなんですね。そう言えば、ミューズさんもお料理はお得意だったりするんですか?」
「い、いやぁ。最初は私が先に始めたんだけど、すぐにミスティカが上手になっちゃってさ。お父様もお母様もミスティカのほうが美味しいっていうし……」
「ああ、そう言えば、不幸な事故もありましたものね。気に病む必要はありませんのに、お姉様ったら」
「う!?」
憂うような表情をして、ミスティカさんは言う。一方のミューズさんは何だか縮こまっている。
「お姉様が作った料理に、入っていてはいけないキノコが入っていたんです。それでお父様が激怒してしまって……。まぁ、確かにお姉様は少し注意散漫だったかもしれませんし、お父様が怒るのも無理ないかもしれませんが……。おかげで、それ以来、お料理を作る時は私ばかりすることになったんです」
「ご、ごめんね」
「いいえ。いいんですよ。誰にだって間違いはありますもの」
ミスティカさんはやはり天使のような微笑みを浮かべて言う。
「それより沢山食べてください。今日はお祝いなんですから。お姉様が帰ってきてくれた、こんなに嬉しいことは他にありません。ね、お姉様、もう私に何も言わずに出て行ったりしないでくださいよ? お姉様がいない生活なんて、本当につまらないのですから」
「う、うん」
「うふふ、良かった」
姉妹同士の積もる話には余り口を挟まず、私とリリちゃんは、出された料理に舌鼓を打った。
本当に美味しい。
私たちは遠慮なく、お料理を平らげたのだった。
「今日はここでお休みください。個室にさせて頂きました」
「ありがとうございます」
ミスティカさんはとても大きな家に住んでいて、一人では広すぎるほどだ。
部屋もたくさんあって、その一室を割り当ててもらった。
「セラ様、今回は本当に、お姉様を連れ帰ってきてくれてありがとうございました」
「ふふふ、治療のためでしたら、私はなんでもするタイプですから、感謝など不要ですよ」
「さすが、聖女様ですわ。それではお休みなさい、聖女様。良い夢を」
そう言って、ミスティカさんは退室する。
フワフワのベッドに、何かのお香だろうか? とてもリラックスした気持ちになる。
何だか身体も少しけだるい。
お腹もいっぱいだし、これはよく眠れそうだな。
そう思って、ベッドへともぐりこんだ。
想像以上のスピードで、私の意識は夢の世界へと誘われたのだった。
そしてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ぴちょん。ぴちょん。ぴちょん。
「冷た!」
「お、起きたか、セラよ」
「ふわー、おはようございます。もう朝ですか?」
「まだ夜ではないかのう? ほれ、ミューズも起きんか」
リリちゃんがミューズさんの耳をグニーとする。
「ふにゃああああああああああああ! あ、魔王さん! って、ここはどこですかぁ!?」
「そりゃあ、そなた……」
リリちゃんは周囲をぐるりと見回してから、実に楽しそうに言った。
「地下牢であろう」
ゴツゴツとした壁と、鉄格子。ひんやりとした空気がひりつくような雰囲気。
と、その時である。
コツ……コツ……コツ……コツ……コツ……コツ……。
遠くからゆっくりと近づいて来る足音。
そして、その人物は、鉄格子越しについに姿を現した。
「そ、そんな。ど、どうして……」
ミューズさんが驚愕の面持ちになる。
「いやだわ。お姉様」
その少女は言う。クスクスと嗤いながら。
「あなたを殺すために決まっているじゃありませんか」
次期族長ミスティカ。
その容姿は相変わらず美しい。
だが、その美しい顔の上には、これから目の前の対象を嬲り殺せることに酔いしれる、狂人の笑みが浮かんでいた。