第12話
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長く伸びた人々の隊列が、道なき道を踏みしめていた。ずいぶん遠く歩いてきたと見える一向だが、疲労は見えても悲愴な感じはない。彼らには進むべき道、たどり着くべき場所がわかっているために、迷う必要がないようだった。
その軍団の先頭を馬にまたがって往くのは、麗しき女王アイナ・エイテリオン。やがて、彼女は行く手の地平が拓けていくのを目にする。
「……海、ね」
続々と辿り着いた後続の兵士たちが、その蒼い水面を目にして次々に喜びの声を上げる。そこは大陸の果て、人々が最後に訪れた場所だ。これにて、エイテリオン王家による大陸統一は成し遂げられたのだった。
「報告映像、撮影の準備を」
アイナは手短に指示を出す。慌ただしく露営の構築が始まった。とにもかくにも、ようやくこれで肩の荷が下りる。父クライスト先王も、これで満足するだろう。
馬を下り砂浜を歩いて行くと、魚人の集落があった。向こうはアイナを見ると、気心の知れた隣人のようにちょいと頷いてみせると、何事もなかったかのようにそれぞれの生活に戻っていく。特に興味も関心もない。ただ、漠然と通じ合っている。それが現在の、他の種族との関係性だった。
生命ネットワークと魔法ネットワークが繋がって、劇的に何かが変わったということはなかった。
任命式の日、イルを討ったことで魂の港は実質的に落ちた扱いとなったけれど、実際にイルは親玉でもなんでもない、ただの発話者だ。後でゴタゴタがあっても困るから、アイナが単身出向いていったところ、霊人総出で彼女を出迎えてくれた。知らぬ間に、話が通っていたようだった。
そのほかの箇所では、最初こそ少しばかり戦いは起こったが、そのうち向こう側からの殺戮が激減したことを理由に、アイナは積極的な侵略をしないようになった。するとしても、軍事顧問となったクライスト先王の顔を取り持つため、現地での戦闘はほとんど起こらず、実質的にはピクニックみたいなものだった。
今では皆、それ以外と呼ばれた者たちに興味をなくしており、獣人、狼人などと、固有の種族名で呼ぶようになった。アイナたちは魔人である。この呼称は特に誰が言い出すともなく、流通し出したものである。
報告映像で何を話そうかと考えながら、アイナは浜辺を歩いて行く。海には白い球状の何かが漂っている。海月というらしい。なんとはなしに知っていた。
と、その海月の群れに交じって何かが漂っていた。人の形をしている。海生系の種族だろうか、とアイナは近づいていくと、向こうも彼女の気配に気がついたらしい。
するするっと浮上してきたのは、海月ではなくて小さな霊人だった。
その姿に、アイナは思わず言葉を失った。
「イル……」
「あ、アイナ」
生まれたてなのか、イルはずいぶんとちんまりとしたなりで、幼い声をしていた。しかし、同一性は持っているようで、嬉しそうにふよふよとアイナの周りを巡ってみせる。その可愛らしい様子に、思わず涙が零れそうになった。
「やっと会えた。なんでこんなところにいるの?」
「海月になりたかったからです」
「海月?」
「私は頭脳を使いすぎました。その反動でもう何も考えたくないと思い、ここで漂っていました。アイナも試してみたらどうですか」
イルと会ったのは久しぶりだが、年月の懸隔を感じさせないくらい、彼女はおかまいなしに喋った。そうあるのが、当然のような口ぶりだった。アイナは、イルがそう思ってくれているのが無性に嬉しかった。
「イル、その頭をもう一度、私たちのために使ってみない?」
「えー、また大学校ですか」
イルは、ぽえーっとした顔をして首を傾げた。見ない間に、相当リラックスしていたらしい。憎らしく思うと同時に、以前なら見ることのできなかったイルの緩んだ顔に、アイナは母性を感じてしまった。
「あなたがいなくなって、魔法工学の停滞が著しいの。研究室をまるまる使って書かれた『研究室の定理』も解読されないで手つかずだしね」
「そんなことになってるんですか。まったく不甲斐ないですね。ついてってあげます」
イルはふん、と両手を腰に当てた。偉そうだったけど、喜んでいるのは誰が見ても明らかだった。
かつて、任命式を騒がせた霊人が戻ってくる。しかし、あの事件も過去の話だ。イル・トーヴァ教授があの霊人と同一の存在であると知る者は少ない。両親は嫌がるだろうけど、まあ、なんとかなる。
「やった。ありがとう。これでまた私たち、一緒ね」
「そうですね。私はずっと、アイナのそばにいますよ」
アイナとイルは幼き日の頃のように笑い合い、連れたって浜辺を歩いて行った。
やがて、誰もいなくなった砂の上に、ひとり分の足跡だけが残される──ただ、その一歩一歩には、確実にふたり分の足取りが刻まれていた。




