「丞之門(じょうのもん)」(シナリオ)
人物
近江敬之丞(16)若武者
新月(18)若武者
桔梗の君(16)姫
寺の境内(朝)
近江敬之丞(16)、ふと
目をさます。
とっさに、腰に携えている愛剣を
手で確かめて、ほっとして辺りを見回す。
敬之丞「・・・また、この世界に
やってきちまったようだな・・・」
敬之丞、自分の姿をまじまじと
ながめる。
質素な麻の装束、無精に伸びた髪。
敬之丞「いったいここは、どこなんだ?」
寺の境内から、外へ出る敬之丞。
城門の前(朝)
門には、札がかけてあり、
『丞之門』と記されている。
敬之丞、愛剣の柄を見る。
『敬』の文字。
敬之丞「・・・それで、自分の名前を
敬之丞と付けてみたが、
オレはいったい何者で、
どこからやってきたんだろう・・・」
山間の沢
新月(18)が、美しい桔梗の君(16)の
手を取り、沢を渡ってる。
新月「姫、大丈夫でございますか?」
が、姫、川の石に足を滑らせ、
悲鳴も上げぬまま、水につかる。
新月、慌てて、たくましい腕で
姫を抱きかかえ、沢を渡り始める。
安心しきって、新月に抱かれている
姫の愛らしい姿。
対岸の岸辺
新月が、姫と、こちらに渡ってくるのを見て、
色めき立つ敬之丞。
敬之丞「この世界で、初めて人と
出会ったぞ!」
喜び走り寄る敬之丞を、しかし、
新月は、剣を抜いて出迎える。
新月「貴様、何者だ!?」
目を白黒させている敬之丞に、
新月はいきなり切りかかる。
新月「この無礼者、名を名乗れ!」
敬之丞、新月に見据えられて、
カッとする。
敬之丞「・・・敬之丞・・・近江敬之丞という」
すらりと苗字が出て、
敬之丞自身驚く。
新月「・・・近江? 聞かぬ名前だな」
敬之丞「お前こそ、何者だ?
なぜ、いきなり切りかかる?」
新月「姫君を軽々しく見つめるからだ。
私の名は新月、西の国からやってきた」
敬之丞「では、そちらは、西の国の姫君か?」
新月「お前の知ったことではない」
新月は、小柄な敬之丞より背が高く、
体格もがっちりしている。
一方、桔梗の君の、儚げで美しい姿。
敬之丞は、なぜかその姿が懐かしく、
目頭が熱くなる。
新月「さぁ、姫君、先を急ぎましょう」
新月、姫君の手を取ると、
敬之丞に言う。
新月「・・・貴様、ついてくるなよ」
敬之丞「いや、待ってくれ、
聞きたいことが・・・」
新月「こちらはない」
敬之丞「いや、お前の姫君を盗み取ってやろうと
いう気は、今のところ、ない。
それより先に教えて欲しいのだ。
ここは、どこだ?
何という国の、何という時代だ?」
その言葉に、新月、立ち止まる。
岩肌のくぼみ
敬之丞、新月、桔梗の君が
座っている。
新月「・・・ここは、日の国だ」
敬之丞「・・・日の国?」
敬之丞、そろそろ頭上高く
上り始めた太陽を仰ぎ見る。
新月「どうだ、思い出したか?」
敬之丞、あいまいに首をかしげる。
新月「これは重症だな。
年歴は、月ヶ瀬十九年、今日は
ええと・・・十四月十日だ」
敬之丞「十四月!?」
思わず叫ぶ敬之丞。
敬之丞「いったい、一年は何月まである?
一ヶ月は、何日ある?」
新月「何を言っているんだ?
一年の月なぞ、その年によって
違うし、日も違う。
お前、いったい、何者だ?」
新月の目は、再び、警戒の色を
帯びてくる。
敬之丞「・・・それがわかれば、苦労はせん」
森の中(夕方)
憮然と先を進む新月。
敬之丞「なぁ、新月、姫は口がきけぬのか?
敬之丞、こそっと新月に尋ねる。
新月「お前には関係のないことだ」
敬之丞「半日、供に旅をして、
それはなかろう。
それに、オレも、姫君をお守りしたいのだ。
何か、事情があるのだろう?」
新月、フッと笑う。
新月「お前こそ、人の心配をしている場合か。
まぁ、いい。
そう、姫は口がきけぬ。
何を引き換えにそうなったのか、
その呪いを解くために、我々は旅をしている」
敬之丞「呪い? 何の呪いだ?」
新月「わからぬ。お前同様、我々も
何もわからぬ」
そう言うと、新月、おもむろに
少し離れた岩場を指して言う。
新月「敬之丞、お前はあちらで寝ろ」
敬之丞「お前は姫君といっしょか?」
新月、答えず、姫君と共に
別の岩場に向かう。
岩場(朝)
早く目がさめた敬之丞、
新月と桔梗の君の岩場に近づく。
新月と姫は抱き合って眠っている。
新月は、岩に背をもたげ、
そのたくましい腕に姫を抱いている。
姫の安心しきった寝顔。
そして、命よりも姫君が大切であるという
新月の想いがひしひしと伝わってくる
その光景に、敬之丞、強く胸を打たれ
朝日の中に佇む。
海辺(夜)
空には、上弦の月。
新月、敬之丞、桔梗の君が、
肩を寄せ、岩の上に座っている。
敬之丞「なぁ、新月、この世界は
どういうところなのだ?」
新月「その、世界、という言葉の
意味がわからん」
敬之丞「たとえば、ここが、お前の言う
日の国だと証明できるものはあるか?
人は誰もおらず、文字ひとつ・・・
あ、いや、あったぞ。丞之門という
文字があった・・・ということは、
漢字はあるわけか」
新月、真面目ま面持ちで、
敬之丞を見る。
新月「・・・おぬし、大丈夫か?
何の話をしておる?」
敬之丞「文字の話だ」
新月「・・・文字?」
敬之丞「ああ、ここでは、漢字があるだろう?」
新月と姫、顔を見合わせる。
新月「敬之丞、意味がわからぬ。
そなた、何の話をしておるのだ?」
敬之丞、しばらく押し黙る。
敬之丞「・・・新月、たとえば、お前の名前だ。
どういう意味を表す?」
新月「新しい月、だ。
夜、空に出る月」
新月は、自分の剣の柄に描かれている
上弦の月と、空に上った上弦の月を示す。
敬之丞「それを・・・お前の名前を表す文字、
つまり、記号はないのか?」
新月「記号? それが文字というものなのか?」
敬之丞、頭を抱える。
敬之丞「お前の名を知るのに、音、つまり
『しんげつ』という音だけが
頼りなのか?
たとえば、『真実の月』を意味する
真月と、『新しい月』を意味する新月を
区別するとき、どうするのだ?」
新月「それは、説明せねばわかるまい。
自分は『新しい月』を意味する名前なのだ、と」
新月と敬之丞の会話を聞いていた
桔梗の君の様子が変わり、
唇がかすかに動く。
新月「・・・姫!? どうされました!?」
と、同時に、新月の膝が、ガクンと折れ、
地面にひざまづく。
敬之丞「新月!?」
新月、ああ、とうなずく。
新月「・・・なるほど・・・そういうことだったのか。
姫、言葉を続けて下さい」
桔梗の君「・・・し・・・ん・・・」
新月、苦しそうに胸を押さえる。
新月「さぁ、もう一度」
桔梗の君、涙をこぼしながら、
桔梗の君「新月・・・新しい・・・月・・・
生まれ変わって・・・」
新月、うれしそうにうなずくと、
短剣を抜き、自分の装束の上着をはだける。
月夜の明かりに映し出されたのは、
美しい女の乳房。
敬之丞、言葉を失う。
新月「我らの禁断の愛の代償が、
姫から言葉を失わせてきた。
そして、今、姫が我が名の真実を
知った時、呪いは解け、
我々は生まれ変わって巡り合える」
新月、自分の心臓に短剣を突き刺す。
唇から血があふれ、微笑む新月。
新月「姫、次の世での真実の契りを夢見て
逝きます・・・」
ゆっくりと砂浜に倒れ込む新月。
桔梗の君の、天を切り裂くような悲鳴。
病院・外(夜)
『近江』の札がかかっている病院。
女の大きな悲鳴の後、赤ん坊の
泣き声が響き渡る。
古い城門・前(夜)
すすけた『丞之門』の札が
かかっている。
空には、上弦の月。
完