はじまりっ!!
桃色の花がまだ抑えめな日差しに照らされている中、私はまだフカフカとした毛布の中で寝転がっていた。
そんな夢うつつな私を颯爽と呼び起こしてくれるのは王子様の口づけならばどれほど良かっただろうか。
そんな事を日頃から朝には考えてしまうが無慈悲な呼び出し音は勝手に鳴り終わってはくれない。
手をベッドの近くにある古ぼけた机を幾度か叩き、ようやく目的のものに触れると睡眠を妨げる音が鳴り止んだ。
これでもう少し眠れる……
そんな二度寝という自堕落の頂点とも思われる怠惰な快楽に身を委ねようとした時、階段の下からそんな幻想を完璧に打ち破る声が耳に入ってしまった……
「露利〜!!そろそろ起きないと学校に遅刻するわよ!!」
目覚まし時計を止めた後にくる第二の魔の手、母からの呼びかけに仕方なく眼を開き、今の私の気持ちを表したかのような特に可愛げのない紺をベースにしたセーラー服に着替え、渋々と階段を降りていった。
階段を降りた後にすぐ右に見えた扉を開くとすぐにリビングへ、目の前には既に用意された味噌汁とパンという和洋を取り込んだ欲張りセット。
要するに夕食の残りと調理の必要のない食パンがテーブルの上に置かれているではありませんか。
椅子に座るといつもはついているテレビが真っ暗な画面で私の姿を映しています。
水色の髪に、特に特徴的な面のない平均的な体型。
もう何度も見飽きたパッとしない見た目をしていますね。
「今日は入学式なんだからしっかりと食べてから家を出なさいね。」
声のした方角をみるとせっせと母はキッチンで食事を作っているようだった。
娘には残り物だけを出すのに自分の昼食はしっかりと作るのかと心のうちで悪態をついておく。
「はいはい。」と適当に返事をしご機嫌とりのために目の前に出された食事にありついていく。
急いで食べ終わり、前日の夜に忘れないようにと玄関の前に置いてある鞄に手を取り靴を履いていると急いで母が弁当を持って追ってきた。
何だろう。今日は入学式だけだから弁当はいらないと事前に言っていたはずだが……
「そんな嫌そうな顔しないの。弁当持って行きなさい。」
「今日は入学式だから午前中で帰れるって言ったよね。」
「入学式の後に友達と遊ぶなり、部活を見てくるなりしてきなさい。ほら持って。」
そう言って人の話を聞かないバーサーカーは私の防ごうとした手をかいくぐりそっと弁当をかばんの中に落としこんだ。
「早く出ないと遅刻するわよ。」
ふとその言葉を聞いて仕方なく玄関を飛び出した。
学校への距離はそこまで遠くはないのだが時間を確認せずに家を飛び出したせいで、今は時間に余裕があるのかないのかがわからない。
仕方がないのでもしものために少しばかり走る事にした。
家から出てから約5分ほど、お隣の犬の吠える声や普段からお世話になっている近場のコンビニを過ぎ去り、信号にも運良く恵まれたあたりで、ふと我に返って考えてみた。
これって周りの子の制服で大丈夫かわかるのでは?と。
息を切らし額から汗が溢れるほどの水滴を垂らし、周囲を見てみると似たような制服の子が何人か歩いている。
何なら私を見ている子も多く、少し。いや、かなりこっぱずかしい気持ちになっていった。
ひとまずポケットに突っ込んでおいたハンカチで冷静に顔の汗を拭い、ホッとひと息をつくとごく自然なように歩き始める事にした。
そんなトラブルがあったもののそれから10分ほど歩いて高校に到着。
時計を見たがまだ10分ほど余裕がある。
母め、私を起こすためだけに嘘をつきテレビを消して時間を見えなくさせたな。
目覚まし時計を確認しなかった私にも0.5割ほどの非はあるがこれは母の性格の悪さが滲み出ている。
そんな事を思いつつも事前に確認しておいたクラスへと入り、程なくして入学式を行うためにクラス全員で体育館へ向かう事になった。
「今年も生き生きとした生徒が裏星女学校に入学してくださり……」
そんな感じの校長挨拶があったところまでは覚えている。
私は運良く苗字ガチャに成功し、出席番号が後半寄りのため何のためらいもなく眠りについたのだ。
よく運動をした後の眠りは格別である。
意識を失ってからしばらくし、背中をささやかに揺らされたことで、意識が覚醒した。
目が覚めた頃には既に1時間が経過していた。
「君、立ったほうが良いよ〜」
そんな小声が聞こえふと周りを見ると、私の周りが起立をしていた。
慌てて立ち上がり内容は分かっていないがとりあえず周囲に合わせて礼をした。
「「以上で入学式を終わります。一年一組から順に退室をして下さい。」」
そんなアナウンスが聞こえ、私は前に合わせて足を動かし始めた。
「君、入学式から居眠りなんて中々度胸あるね〜。」
ふと声の主に顔を向けると、オレンジの髪色に癖っ毛で垂れ目が特徴的な私よりも拳1個分ぐらい身長が高めな子がそっと微笑みかけていた。
「さっきはありがとう。」
先程起こしてもらえなければもしかしたら大恥をかいていたかもしれない、お礼の言葉をとりあえず述べておく。
「別にお礼なんて求めてないよ〜。えっと……まずは自己紹介だよね。私の名前は 望月 用。
気軽にモチモチって呼んでも良いよ。」
おっとりとした口調で暫定モチが颯爽と距離を詰めてきた。
さては、私と同じで友達がまだいないから話しかける人を探していたな。
「森町 露利。よろしく。」
「オッケー、ツユリンだね。よろしく。」
勝手に変なあだ名をつけられてしまった。
モチモチみたいな絶妙に、いや、かなりダサいあだ名ではなくて少しはホッとしたけど。
そんな言葉を交わしながら教室へとやってきた。
とりあえず、まだ席順は出席番号順のため知り合いが近くの席にいるのは有り難い。
ほどなくして、クラス担任と思われる先生が入ってきて、先生の音頭で恒例行事の自己紹介が始まった。
しかし、名前以外は自由に語ってくれという適当すぎる先生の指示には困惑を隠せなかった。
「えっと……一番の熱海 一さんは今日は欠席だから二番の伊豆 透子さんお願いします。」
「皆さんはじめまして、伊豆 透子です。部活は野球部に所属していました。皆さんこれからよろしくお願いします。」
まぁ、そうなるよね。
とりあえず、こういう状況で鉄板なのは所属していた部や出身中学などだろう。
そんなありふれた退屈な自己紹介が次々と続いていった。
無駄な事を聞いているのも面倒なので私は皆の自己紹介は適当に聞き流すことにした。
そんなこんなで、順番はモチまで回ってきていた。
「皆さんこんにちは〜、望月 用です。中学校ではモチモチと呼ばれていました。皆さん、よろしくおねがいします。」
ふむ。先程は二人での会話だったため対して気にしていなかったが、大勢の前でこんな事を言う勇気は参考にはしたくないが正直すごいと思った。
自己紹介でモチモチという恥ずかしめなあだ名を開示するということは、これからクラスの愛されキャラになるか、あだ名が理由でいじめられるかの二択ということだ。
そんな事を考えているうちにモチモチは緊張した。とぼやきながら前の席に着席をした。
モチモチには二階級特進くらいの扱いをしてあげても良いかもしれない。
私は立ち上がり、呼吸を落ち着けてから喋り始めた。
「森町 露利。よろしく。」
とりあえずお辞儀をし、それだけ述べてすぐに着席をした。
「森町さん、それだけですか?」
先生がご丁寧に確認まで取ってきたので、目線を向けて力強く頷いた。
「そ……そうですか。では、次の方。」
先生は私でもわかるほど萎縮をして、言葉でも徐々に声のトーンが落ちてしまった。
私の出る幕はもう終わった。
後は、授業が終わった後の予定を考えよう。
そんか考えにシフトしていこうとした矢先、ポニーテールの茶髪が非常に迷惑な騒音を響かせ私の考えを吹き飛ばした。
「私の名前は吉田 勝ですっ!!野球部やっていこうと思ってるんで、野球に興味ある方は気軽に声をかけてほしいですっ!!」
教卓の前に手足をしっかりと伸ばした彼女の行動、体力面以外は無駄のない動き、きっとマンションに住んでいればすぐに周りの住民に壁を叩かれるであろう声量。
紛う事なき、むさ苦しい体育会系の香りがする。
私はそんな彼女の運悪く前の席になってしまった。
まずい……間違いなく話しかけられる……
好かれも嫌われもしない程度に適当に対応する考えをまとめておかないと……
そんなことがあり、後の人の話は何も聞かずに、私は会話デッキを揃えようと必死に取り組んでいました。
「はい、じゃあ。全員の自己紹介も終わった事なので、一旦休憩にしましょう。先生は今から配布する教材を取りに行きますが、どなたか手伝ってくれる方はいますか?」
「はいっ!!私が手伝います!!」
映画館さながらのボリューミーな声が後ろから聞こえ、次の時にはもう吉田さんは前へと歩き始めていた。
「ありがとう、吉田さん。それじゃあ職員室まで来てもらうわね。」
何とか助かったと言ったところか……
動く災害はひとまず私に関わる事なく通り過ぎていったようだ。
こうなれば私のものだ。流石の彼女も眠っている初対面の人を起こしてまで話してくる野蛮人ではないだろう。
そう思い、当たり障りのない会話受け流し作戦から偽装睡眠作戦へと作戦をスライドしていこうとした矢先に、前からツンツンと制服をつつく触感がした。
「ねぇ、ツユリン。ちょっと聞いても良いかな?」
「えっと、何かな?」
机に突っ伏し睡眠体勢に入る前に聞かれたので、ふと頭を上げてモチモチの顔を見る。
いざこのクラスで浮いてしまった時の保険としてここでモチモチと悪い関係になるわけにはいかないから。
「ツユリンって、何部に入ろうかとか決まってるかな?」
何だそんなことか。私は年中帰宅部としての活動を全うするつもりだ。
「私は何処にも入らなくて良いかな。」
「でもこの学校、原則として全校生徒の部活動加入っていう校則あるよ?」
「え!?マジよりのマジ?」
私はモチモチが私を揶揄っているだけという淡い期待をしたが、彼女の「マジだよ〜」という非情な一言に全てが打ち砕かれた。
クソっ……そこそこ近場だからという理由だけで自称進学校
何かに進学するのではなかった。と後悔の念が押し寄せて来た。
「どしたの〜、ちょっと怖い顔をしてるよ?」
私の顔を見てモチモチは少しばかり不安げな表情に変わった。
あれ、私そんなに顔に表情でるタイプだったかな。
「ううん、何でもない。モチモチの方は決まってる?」
とりあえず、質問には答えていないが同じ質問をふっかけてみることにしよう。
モチモチがもし楽そうな部活を述べたり、決まっていないのなら同調すれば良い。
そうだとは考えづらいが、モチモチがガチガチの運動部を希望するのなら残念だがお別れだ。
「私〜?私は色々見てから決めようかな〜。」
「そっか。実は私も何だよね。一緒に見学に行かない?」
さっきの失言を帳消しにしつつ、いざ部活に入った時に友達がいなくて困るという現状を打破するための一手を、私はここで切り出した。
しかし、そんな偽装工作を吹き飛ばすような嵐がそこに吹き荒れた。
「森町 露利さんとモチモチさんっすよねっ!!まだ何処に入るか決まってないんすか?」
その嵐は、私たちが机に座って話している横をダンボール2箱を両手で抱え、そっと近づいてきていた。
モチモチは嵐の登場に何にも嫌がる様子はなく「呼び捨てで良いよ〜」とお気楽に返事をしている。
遂に彼女が私たちのところに登場してしまった。
まずい……モチモチはまだ彼女が登場した理由に気づいていないようだ。
この鈍感娘め……
「そ…そうだけど、何でそんな事を。」
「あぁ、申し訳ないっすね。盗み聞きなんて柄でもないんすけど、廊下で荷物を運んでいる時にちょっと小耳に入ってしまったっす。」
何だこの女。普通のボリュームで話すこともできるじゃないか。
「それで、野球部に入るのはどうっすか?今なら誰でも即レギュラー、期待の大型新人っすよ。それに……あの……アットホームな部活にもします!!」
何その怪しい勧誘……明らかに裏がある謳い文句じゃん。
「でもこの学校、野球部ってないよね?」
ふわふわとしたモチモチの声に、私はよくわかっていないがとりあえず全力で頷くことにした。
「そうなんすよ!!だから今からメンバーを集めて野球部を作りたいんすよ。わからないことは教えるんで、何なら体験をしてもらって、あわよくば入部も何て……」
ふむ。彼女の考えていることはとりあえず分かった。なら、
「じゃあ、何で野球部がある学校に行かなかったの?」
ふと出てきた疑問を彼女に問いかけると、ふともじもじしたように視線を逸らし顔を赤らめ始めた。
「その…….あの……憧れたんです……」
今までの元気な彼女からは想像できないかすかに聞こえるくらいの小さな声で、恥ずかしがっている様子はまるでくっ殺騎士……いや、まるで居眠り中に指名され何処をやっているか分からず、問題を聞き返す私のようだった。
「聞こえなかったから、もう一回良いかな〜?」
ナイス、モチモチ。何故だかよくわからないが恥ずかしがっている彼女が見られるチャンスがもう一回増えた。
吉田さんはその言葉を聞いて、一回深く深呼吸をし、間を置いた。
「部員集めて大会で優勝する漫画に憧れたんですっ!!」
大声でクラスの注目を集めた彼女は先ほどまでは恥ずかしがっていたのに、何故かやり切ったかのような顔をしていた。
なんだろう……羞恥心を置き去りにでもしたのかな。
「そっか〜。どうかな、ツユリン。見学にでもいってみない?」
まぁ、所詮彼女が夢物語を追いかけるだけの部活になるだろうし、部員も野球経験者みたいなまともな人はほとんど集まらなさそうなエンジョイ部になりそうだから、楽できそうかな。
「そうだね。行くだけなら良いかな。」
そう言っただけなのに、吉田さんはなぜか腕を振り上げガッツポーズをしている。結構動きがオーバーな人だなぁ……
「あ……」
すると、彼女の手元のバランスが崩れ、ダンボールが地面に音を立てて落ちてしまった。
それを教室に戻ってきたばかりの先生に見られ、吉田さんは先生に呼び出されてしまった。
「なんだか、面白そうな人だね〜。」
とモチモチは笑って見ていた。
人の心とか無いんか?コイツ。
スポーツものということでなろうでは全く人気のない本作ですが、おおよそのシナリオはもう出来ています。
あとはそれをなぞるだけなのですが、いつまで集中力が持つかと言ったところです