第098話 『世界再構築』②
ソルたちは場を貴賓室のひとつへと移している。
そこはもとより最上級の部屋ではあったが、今ではソルとの「御前会議」専用の部屋として、王城の中でも最も贅を尽くされたものに仕上げられている。
まあそのとんでもない調度品類も、元はと言えばソルたちが狩った有翼獅子の毛皮による敷物だの、九頭龍の骨を削りだしての椅子だの、値が付けられないような代物はみな本来のエメリアの国力とは関係ないものばかりではある。
だが今後この部屋での「御前会議」に参加できるようになる者たちへ無言の圧をかける小道具としては、これら以上のものもそうそうはあるまい。
もっとも現在ソルとの「御前会議」に参加できる者は厳選されており、貴族や官僚たちとはいえその議事進行を知らされないことを徹底されている。
知らされるのはその「御前会議」によって決定した内容だけに限られる。
出席を許された者は現在たった12人。
まずは『解放者』ソル・ロック。
その両翼である『全竜』と『妖精王』
幼馴染であり最側近でもあるリィン・フォクナーとジュリア・ミラー。
冒険者ギルドからの代表でもあるスティーヴ・ナイマン。
裏社会を束ねることをソル直々に指示されているエリザ・シャンタール。
表社会を束ねることを期待されているエメリア王家の4人、現国王エゼルウェルド、次代国王フランツ、一冒険者マクシミリア、そしてソルの側近の一人でもあり「御前会議」の議長を兼任しているフレデリカ。
最後の一人は、この場で一番蒼い顔をしているセフィラス・ハワード・ウォールデン――ウォールデン子爵家の後継者かつジュリアの婚約者だ。
栄達には違いないものの、この一ヶ月で身に付けた自身の戦闘能力もさることながら、この「御前会議」に出席している自分が一番理解できていないわりと苦労人寄りの御仁である。
ちなみにフレデリカから打診を受けたバッカス武具店代表ガウェイン・バッカス老は「柄じゃねえ。ソルにもそういっといてくれ」の一言で誰もが欲しがるその権利をあっさり放棄して孫娘と共に工房に籠っており、それをソルも苦笑い一つで承認している。
現在はソルの側近とエメリア王国所属の者だけに限られているその「御前会議」にいずれどうにかして席を確保することが、国家を含めたあらゆる組織が目指す「栄達」の基準、最終目標となるだろう。
大げさではなく世界を左右できる意思決定機関の一席ともなれば、それも当然のことではある。
すでに「ソル・ロック」という個人の神格化は、きちんと本人の許可を取った上で着々と進められているというわけだ。
本人的にはなんだかなあと思わなくもないが、そうすることが最も自分のやりたいことをやりやすくするのであれば、虚像を演じるくらいはそう苦でもないかと割り切っている。
というか、絵面だけで言えばすでに十分それっぽい。
貴賓室の最奥、一段高くなった座に据えられた豪奢な椅子にソルは、魔法使い然としたその身を深く沈めている。
その身を覆う長外套、衣装、装備、そのすべては超がつく希少魔物素材から創りだされた特級のものばかり。
でありながら無手――武器も杖も携えていないことが、『プレイヤー』の神髄をよく知らない者たちから見れば、ソルの絶対者らしさをいや増してみえるのだ。
それだけではない。
その膝には『全竜』がしなだれかかり、豪奢な椅子の肘置きに腰を載せた『妖精王』がソルの首に手を回して美しい細身の躰をぴたりと寄せているのだ。
最初こそ抵抗をみせたソルではあるが、無理に引き離すとアイナノアがぴーぴー泣くので最近は諦めて好きにさせている。
今は最低でもエメリア王国内におけるすべての魔物支配領域の開放と、それに伴う強化を最優先しているので、アイナノアの言語教育や情操教育は後回しにせざるを得ないのだ。
だがその中身がどうあれ、落ち着いた表情を見せていればアイナノアの美貌はとんでもなく、魔力を以て周囲に浮かぶ長いエメラルドグリーンの髪と白磁の肌と相まって、「白碧の女神」とでもいうべき風格と妖艶さを漂わせる。
それに対抗してソルの足元でしなをつくるルーナもまた、その容姿は幼いながらもとんでもなく、その艶やかな褐色の肌と灼眼を以て「黒赫の女神」と呼んでも異議を唱える者は戦力的な意味ではなくともいないだろう。
その左右に呆れ顔で立つリィンとジュリアの美貌や装備もまたとんでもない域にあり、その4人に傅かれているようにしか見えない黒髪黒目の優男の姿は十二分に絵になっている。
まあどちらかと言えば宗教画の神秘性よりも、世の男の子たちが憧れる英雄戯画の艶色の方が強くはあるのだが。
「以上が現在、草案としてまとまっているソル様の興国と、それに伴う各国の取り扱いとなります。ですがあくまでも草案に過ぎません、ソル様のご意向があればそれに従って即座に修正致します」
ソルの国の立ち上げとそれに伴う式典。
ソルの国とエメリア王国の関係、他国との関わり方。
『禁忌領域№09』跡地に建設される新王都にして最初の城塞都市の開発計画も含め、かなり細かい内容をフレデリカが一通り丁寧に説明し終えたところだ。
城塞都市の建設についてはその予算をどこが持つかが各国の奪い合いになっており、現時点ではフレデリカたちが新たに定めた国力に応じて比率分担してもらうことになっている。
この内容がソルの承認を経て各国に通達されれば、元四大大国の首脳陣はひとまず一息つけることもできるだろう。
叩き潰して奪うのではなく、自ら供出させる時点で一定の安全保障にはなるからだ。
負担額が大きいことをはじめとして、無理や無茶を振られる方がまだしも安心できる状況というのはなかなかに皮肉なものではあるのだが。
「フレデリカは――エメリア王国はこの草案で問題ないんだよね?」
「はい。都度修正は必要になるとは思われますが、大筋においては」
ソルのその確認に、フレデリカはとびきりの笑顔を浮かべて答える。
この場にいるのは身内と格上だけと言えるのでその必要性はまだまだ薄いが、これからこの「御前会議」が拡大していけばいくほど、絶対者からの今のような言葉こそが最重要になってくるからだ。
それをよく理解している「御前会議」に出席を許されているフレデリカの身内――現国王エゼルウェルド、次代国王フランツ、一冒険者マクシミリアの三人が、今一度自らが勘違いをしないように肝に銘じているところだ。
ソルはエメリア王国の味方なのではない。
あくまでもフレデリカの味方なのだと。
「だったら僕としてはそれでいいよ。魔物支配領域の開放と迷宮の攻略に結果として最も集中できるようになるのであれば、その都度必要なことは言ってくれれば対応します」
「ありがとうございます」
だがソルがフレデリカの味方をするのは、こういうやっかいな部分を任せられると信頼しているからこそである。
そこをフレデリカが取り違えることはないが、それでも最終確認を取る事はどうしても必要でもある。
面倒くさがらずにこうしてきちんとソルが「御前会議」に付き合ってくれることは、フレデリカにとっては素直にありがたい。
仕えるべき主が協力的なのだ、そうとなればフレデリカとしては任された表の公務を十全に果たすのみである。
「スティーヴさんは、フレデリカが報告してくれた冒険者ギルドの扱いについて問題はない?」
「お、ソ……いえ、一切ございません」
フレデリカからの報告と確認が一段落した時点で、ソルがらしくもなく緊張した面持ちで末席に立ちつくしているスティーヴへと話を振る。
ソルのその表情はあからさまに意地悪気なものであり、それを察したスティーヴがいつもの調子でなにかを返そうとするがすんでのところで噛み殺す。
この一ヶ月で思い知ったソルの実力というかとんでもなさについてはまあ今さらといったところだが、自分が所属する国の王族そろい踏みを前にして「おい」だの「ソルてめえ」などは流石に口にできない。
「普通にしゃべってくださいよ」
「無茶言うなよお前」
もはや笑いを隠そうともせず追撃を入れてくるソルに対して、スティーヴは全面降伏の態を取る。
「今この世界においてソル様に「お前」と言えるスティーヴ様に、無茶などあるのですか?」
「いや、あの……フレデリカ様?」
だがそのやり取りを聞いて、フレデリカがくすくすと笑いながらまさかの追撃をかけてきた。
「スティーヴ殿。この際だからはっきり言うが、すでに冒険者ギルドという組織はすべての国家よりも上位の存在になっているのです。その実質的な長であられるスティーヴ殿は、この席における序列においても我らよりも上なのですよ」
エゼルウェルド王のこの言葉はお世辞でもなんでもない。
実際、今後ソルの力を必要とする各国の魔物支配領域の開放と迷宮の攻略については、そのすべてが冒険者ギルドを通じて「依頼」や「正式任務」の形式を経ることになっている。
またエメリア王国のみを例外として、『プレイヤー』の恩恵を受ける人材は基本的にすべて冒険者ギルド所属の冒険者となることを義務付けられることも決定しているのだ。
その影響力たるや、一国の王程度では到底届かぬほどのものであることは明らかである。
「……はい」
まさかのエメリア王国の現国王エゼルウェルド本人からそうまでいわれて、スティーヴはいよいよえらいことになったなあと嘆息することしかできない。
とはいえまあ、世界を左右するこの場の一員であれることは望むところではあるのだ。
今自身がそうあれるのはソルのおかげであるのは間違いないので、少々弄られるくらいは甘んじて受けるべきなのだろうとも思うスティーヴである。
だがこの状況にあってなお、スティーヴが本心からソルに対して「覚えてろよコノヤロウ」と思える関係性を保てていることこそが、スティーヴの立ち位置を確固たるものにしているのだ。




